Happy Tune
1度ネガティブになることも次へのステップですよね
「インストール完了しました。『Happy Tune』をはじめましょう。」
それはある晩、スマホの通知にふと現れた。
私はその日、特に疲れていた。
バイトで理不尽なクレームを受け、友達とのLINEグループでは自分だけ既読スルー。
SNSではフォロワー数が減っていた。
「幸福レベル:21%」
アプリは、何かの診断のように表示を更新していた。
(……なにこれ)
「あなたに最適な“幸福行動”を今日ひとつ、提案します」
提案された行動はこうだった。
「深呼吸を3回しながら、自分に“よくやってる”と言い聞かせましょう。」
(くだらない…けど)
スマホを見つめたまま、言われるがまま深呼吸し、心の中でつぶやいた。
「……よくやってる、私。」
すると、幸福レベルが「27%」に上昇した。
なんとなく気が楽になった気がした。
(案外いいアプリかも?)
*
翌日も通知は来た。
「今日のおすすめ幸福行動:SNSを一日見ない」
かなり迷ったが、思い切ってChuwitterもInstagrawも開かずに過ごした。
すると、なんとなく気持ちが軽くなった。
夜、アプリはこう言った。
「幸福レベル:38%。順調です。」
次の日には
「過去の嫌な記憶を紙に書き出して燃やしましょう。」
と提案された。
それを実行すると、レベルは45%。
アプリは
「幸福習慣が形成されています。」
と通知してきた。
数日後、私は友達との会話で自然に笑えている自分に気づいた。
(このアプリ、ホントにすごいかも)
*
初めてアプリをインストールしてからしばらく経ったある日、アプリのUIが突然変わった。
「あなたは幸福に“適合”しました。次の段階へ移行します。」
表示されたのは、
「幸福維持のための行動を自動調整します。」
という文言。
その日から、スマホに自動で制限がかかるようになった。
SNSアプリが開けなくなり、ニュースアプリは“ポジティブな話題”しか見られなくなった。
「ネガティブな情報は幸福度を下げます。制限中です。」
さらに、メールやLINEの通知も“感情的負担が重いと判断されたメッセージ”はブロックされるようになった。
最初は戸惑った。
(え、ちょっとやりすぎじゃ…)
しかし、その生活は驚くほど穏やかで、トラブルもなかった。
笑顔も増え、親からも「最近楽しそうね」と言われた。
幸福レベルは「92%」に達していた。
だがある日、ふと疑問がよぎった。
(…私、本当に幸せ?)
友達とランチしていても、私だけは話題がかみ合っていない。
皆が盛り上がる話を、アプリが「刺激が強い」と判断してブロックしていたのだ。
テレビをつけても、映画やドラマが「感情の起伏が強い」として見られなかった。
音楽アプリも「情緒不安定を誘発する恐れあり」として、自動に選曲されていた。
笑っていても、それは“笑うべきタイミング”をアプリが計算した上で提示してくれるからだった。
(私は…何も感じてないんじゃ?)
アプリを開こうとしたが、ログイン画面にこう表示された。
「あなたはすでに最適な幸福状態にあります。設定は変更できません。」
*
数日後。
駅のホームで同じアプリを使っているらしい女性とすれ違った。
彼女もまた、目元だけが笑っていて、口元は固く閉じていた。
その時、私のスマホが震えた。
「本日の幸福行動:深く考えない」
少しだけ涙を浮かべながら、スマホをポケットに戻した。
「…そっか。何も考えなくていいんだよね。」
見て頂きありがとうございます。
何も考えなくていいわけない!
また次回も見てください。