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スタイル

作者: 豆苗4

 ここではないどこかへ行きたいと願う時、全く新しいやり方で別のスタイルを模倣すればすればどこかへ行けるようになると、そう考えるかもしれない。多くの場合、逆説的なことに、どこか他の場所へ行きたい時は、もうどこにも行く必要などないのだ。変遷に頭が追いついていないだけなのだ。既に別の場所へ到達しているのだから。飛翔。飛翔。それもうんと空高く。我々の住む町が点になってしまうぐらいに。


 物理的以外の方法でどこかへ行くには2種類の方法がある。正確に言えば、歩いたり電車に乗ったりするなどの物理的な手法を介さずにどこかへ行くための、エネルギーを得るための手法は2種類ある。いわゆる動機やモチベーションと言われるようなものだ。一つ目は、スタイルの否定だ。現在の自分を否定し、過去や未来など理想の姿を肯定する事により、エネルギーを得る方法。夢や理想に向かって努力することがこの典型的な例だ。ある特定のどこかへ行こうとしてどこかしらへ行き着くパターンだ。行き先が思い通りであることもあればそうでないこともある。そうでないことの方が多いだろう。二つ目は、スタイルを守ることだ。守るというと保守的なイメージを思い浮かべるかもしれないが、必ずしもそうとは限らない。大事なのは、「スタイルを守る」ことであってスタイルを「保守」することではない。違いが分かるだろうか? どこかへ向かうことはしないが、結果的にどこかへ行き着くパターンだ。どこかへ向かうことなしにどこかに帰着する? 本当にそんな事が可能なのだろうか? 手段と目的の倒錯を、神話の形骸化を、人間性の疏外を断固として退ける事が? 


 無理に新しいスタイルを導入するよりも、既存のスタイルをアレンジした方がずっと良い。生のリズムとはそれらの単調な繰り返しなのだ。その方が負荷も少ない。自身のスタイルを否定する事は思っているよりもずっと過酷だ。否定とは見るもの全てに逐一バツをつけに行く事だ。あれもダメ、これもダメ。どれもこれもダメだ。惰性で転がり落ちる大きな金属の玉。だったらスタイルの否定とスタイルを守ることは似ている? とんでもない。守る側に選択の余地などありはしない。スタイルを守るとは風雪に耐えうる事だ。マルであるならマルを、バツであるならバツを愚直に踏襲するのだ。それが何であろうと大した問題ではない。例え守るべきものが何も無かったとしても。それでも守るのだ。えっ? 守るべきものが何もないのにそれでも何かを守るのか? そうだ。なぜ?  空白の卵を割ることに、あるいは割らないことに何か特別な理由でも必要なのか? 強いて言うなら、否定の対極であることを示すが為に。愚鈍な亀から知恵を授かったのではなかったのか? 勇み足を嗜められたのではなかったか? 足の遅さはさしたる問題にならないということを。問われるべきはコロコロと簡単に手のひらを返し、空回りを繰り返し、自身の影に怯えるように過ごすその姿勢そのものだということを。ぐるぐると円を描くように回り続ける金属の玉。

 

 スタイルを否定する事は難しい。しかし、否定する事が簡単に思えるぐらいスタイルを守る事は難しい。毛色の違う難しさだ。前者は、あり得る物事から離別する痛みやそれを癒す時間を表すと言えるが、後者は離別そのものだ。文字通り何でもしなくちゃならない。何でもだ。それでいて何とも言えない程とっ散らかっていなくちゃならない。調和なんて何のその。ありもしないスタイルをあると信じ込むには生半可な覚悟ではあり得ない。砂浜に小さく灯された火。人っ子一人出歩かない真夜中に、風がびゅうびゅうと吹き荒れている。月明かりと二三の星々が分厚い雲の影に隠れてしまった。それでも今にも消えそうな火を細々と灯し続けるのだ。別に火自体消えてしまっても構わない。それが自身の様式に相応しいと幸か不幸か思い為しているのならば。


 ここを否定し、ここではないどこかを肯定し、道中の枯れ葉を蹴散らし、美しく散りばめられた星の花に一瞥もくれる事なくむざむざと消費し、今のスタイルを足蹴にして前へ前へと進み続けるよりかは、ここがどこかを知ってか知らずか、何かに導かれることもなく当てもなくぼんやりと彷徨い、ここがどこであるかなんて問題ではないと、知ったこっちゃないと腹を括っている方が幾許かましである事に変わりはないだろう。蛙、ただ蛙たれ!


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