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その剣の音は鍵盤の音色のように

 活気に満ちた街だ。

 露店では客引きの一生懸命な声が聞こえる。


 その声に負けないようにと、レナはバーでピアノを弾く。

 鍵盤から奏でられるこの音が、レナの心臓の鼓動を早くする。


 自前のピアノ。持ち歩いている、いつものピアノ。

 と言われても、キーボードなのだが。とはいえ、機械が衰退したこの時代では、今では博物館に送られるような代物だ。


 一曲、弾き終えた。

 レナのポニーテールにした金の髪が、宙で弧を描く。

 その段階で放心状態になった。

 たまらない高揚感と共に、拍手喝采が巻き起こる。

 それがたまらなく、レナの心臓を刺激する。


 放心状態から回復して、立ち上がったあと、一度観客に礼をした。

 更に拍手が沸き起こると同時に、おひねりがかなりの数飛んできた。


 レナはおひねりを拾い上げ、キーボードを片付けてから、バーのスタッフルームへと入った。


「おう、お疲れ」


 眼の前に、屈強な男が一人立っていた。


「客の入りは上々。まぁまぁの儲け、といったところね、マッシュ」


 おひねりで入ったコインを、レナはマッシュに渡した。

 マッシュがレナの売り込みを行っている。バーに行ってはキーボードを用いてのピアノ演奏を売り込み、店と儲けを折半する。

 その代わり毎回宿の費用はタダになるのだから、この男の手腕は侮れない。


 流れのピアノ弾きとして各地をマッシュと転々としながらの旅路は存外に楽しいものだ。

 ちなみに、マッシュとレナは親子ほど年が離れているが、実際の親子ではない。

 年の離れた相棒同士だ。


「いやはや、素晴らしい演奏でした。噂は本当だったんですね。超絶技巧の流れのピアノ弾きがいるって」


 バーの店主は感動しきっているような表情で言った。


「いやー、そんなに知れ渡ってるとちょっと嬉しいナァ」


 褒められて、少しだけ有頂天になっている自分がいることを、もう一方の冷静なレナは呆れながら見ていた。


「本当に専属にしたいくらいですよ。そうすればうちのバーは間違いなく客が大量に入るし!」


 店主は目を輝かせているが。マッシュがそこに入った。


「悪いな。俺達は流れだ。流石に定住は出来ねぇさ」

「あー……やっぱり無理、ですか?」

「おう、無理だな。俺達は世界中の人にピアノ演奏を届けたいからな」

「す、すごい目標ですね……。僕には無理だな……。最近、怖い噂があるし……」


 気弱そうな店員がそう言った。

 見るからに貧弱そうな体つきをしており、目が怯えていた。


「怖い噂?」


 レナが聞き返すと、店主はため息を吐いた。


「ああ、与太話みたいなものですよ。ほら、最近いろんな街で人が消えたり街ごと消えたりとか、そういう噂があるっていうんで、人は恐怖の中にいるみたいなんです。もっとも、この街はそういうこと起こってないし、平和そのものでいいですけどね」


 確かに最近そういう噂は耳にする。

 もっとも、ピアノを弾いている間はそういうことは忘れられるのだが。


「しかしまぁ、彼の言う通り壮大な目標ですねぇ……。でも、残念ですがそれでしたらしょうがないですね」


 がっくりと、店主は肩を落とした。


「悪いわね。まぁ何日間かは滞在する予定だけど、私達は自由を愛してるからね。専属は、というわけで無理なんでそこんとこよろしくぅ」

「その期間にはぜひ!」

「じゃ、私達は休ませてもらうわよ」


 それだけ言ってから、レナはキーボードを背負って部屋へと向かった。

 マッシュが店主に儲けの分をいくらか渡したあと、レナに追従する。


「で、『目標』は?」


 階段でマッシュが言ったあと、レナは振り向いた。

 マッシュの先程まで店主に向けていた愛想の良さは鳴りを潜め、目が、少し鋭くなった。


「それもボチボチ。ただ、おおよその目途は付いた」


 レナの部屋のドアに、紙が一枚挟まっていた。

 それをひと目見て、言った。


「今夜の月は赤い、だそうよ」


 そう言って、マッシュにも紙を渡す。


「やはり情報通りか」

「そういうことね。というわけで、後でよろしく」

「分かってるさ」


 マッシュが言うと同時に、挟まっていた紙が一瞬で燃えて消えた。

 証拠は隠滅する。それもいつものことだ。


 レナはシャワーを浴びたあと、改めてキーボードに触った。


「今夜はお疲れ様ね。でも、あんたの本番はここからよ」


 そう言ったあと、ベッドに横たわった。

 金髪が軽やかに宙を舞う。この軽い感覚も嫌いではない。


 そして、夜も更けた。

 周囲は静まり返っている。声は何も聞こえない。


 レナとマッシュの姿は、街の路地裏近くにあった。

 レナはキーボードを布にくるんで背負ったままで、マッシュは手ぶらだ。


「うーん、酔ったかなぁ」

「お前が散歩したいと言ったからだろ。それにお前、酒飲める年齢じゃないだろ」

「しょうがないでしょ、あれだけ興奮するピアノ弾いたんだもの。眠れないよ」


 他愛のない会話に聞こえるが、全部暗号だ。


 酔ったは敵が近くにいるということ。散歩は仲間が偵察を終えたということ。

 そして眠れないは、いつでも戦闘に入れる、ということだ。


 すると、そそくさと物陰に入っていく存在がいる。

 数は、ざっと十。そこまで多くはない。


 すぐにその影を追った。

 路地裏にその影は入っていくと、周囲の影に隠れたのが分かった。


 レナもマッシュも、気を集中させた。


 いる。

 近い。


 マッシュが、手で合図した。

 瞬間、レナが駆けた。


 同時に、相手も駆けてくる。

 狼のような姿をした、何か。

 真っ黒。それでありながら目は赤く、全身を影が包みこんで、それが尾を引いていた。


 眷属。人はその存在をそう呼ぶ。

 魔王によって生み出された、化け物共だ。


 レナの心音が高まると同時にキーボードから、柄が生えてきた。

 まるで大剣の柄のようなそれを、片手で握る。


「甘い!」


 言うと同時に、布が燃えた。

 そして、狼型の眷属を一閃。

 左右に別れた眷属が、闇夜に溶けていく。


 同時に現れるのは、紅蓮の炎に包まれたキーボードのような何か。

 剣の柄が付き、大型の刃先を持つそのキーボードは、レナの身長に匹敵する。

 そして普通の剣と違い、刃先は燃え盛っていた。


「はぁい、こんばんは、眷属の皆さん」


 レナは人差し指を、路地裏にいる眷属たちに対して向けた。

 唸り声が聞こえる。

 挑発は思ったより効果があったらしい。


 すぐさま、何匹もこちらへやってきた。

 一匹目を横薙ぎに切り捨て、二匹目は上段から叩き斬った。


 何匹かがマッシュの方へと向かっていく。


「向かったよ」

「あいよ」


 マッシュが言うと、マッシュの手に炎が宿り、そしてその腕で、思いっきり眷属を殴りつけた。

 すぐさま眷属がふっ飛ばされ分解される。

 格闘術の達人。それがマッシュの戦闘スタイルだ。


「ちぃ、やはりお前らだったか」


 人が、そこにいた。

 ただし、目は赤い。


「あ、やっぱり眷属だったね。店主」


 路地裏からは、あのバーの店主が出てきた。


「いつから気づいていた? 俺が眷属だと」

「最初からだ」

「何?」


 マッシュの言葉に、店主は目を丸くしていた。


「流れのピアノ弾きがいると噂で聞いたと言っていたな、お前。それ、普通の人間は知らねぇんだよ」

「ていうかさ、あんた少し考えてみなよ。うちらこんなに大騒ぎしてるのに、なんで住人誰も起きないと思う?」


 レナが言った瞬間、店主の目が愕然とした表情になった。

 そう、人間の記憶は全部消えているのだ。

 流れのピアノ弾きも存在しない。

 記憶が消えないのは眷属だけだ。


 そして人が起きてこないのも当然だ。

 今自分たちは時を止めている。

 だから人も起きてこない。


 こうして暗闘を、眷属との間でずっと繰り広げている。

 それが自分たちの役目だ。


「ちぃ、バレようがなんだろうが知ったことか! お前らを消してこの街の住人全員を眷属にしてしまえば!」

「悪いけど、それも無理なんだなー」


 レナが言った瞬間、マッシュがレナに魔法を掛けた。

 心音が高鳴る。一方で、レナの心は落ち着いている。


 覚醒。

 人の、いや、自分たちだけが持つ特殊能力付与。

 体の奥底から力が溢れるのを感じる。


 レナの髪の毛が、金から青へと変色したのを感じた。

 その青い髪の毛は、炎が燃え盛っている。

 それが、自分の戦闘形態にして、ある種の真の姿だ。


 そして駆ける。

 他の眷属を切り捨てながら、店主へと突き進む。

 店主は次々に眷属を召喚するが、片っ端から薙ぎ払い、斬り、穿ち、そして、店主と零距離。


「うわああああ!」


 店主が叫ぶと同時に手刀が来る。

 だが、すぐさま下段から腕をぶった切り、そして、そのまま横に一閃。


「き、貴様、なにも、の……」


 その言葉と同時に、店主だった眷属は闇に消えた。

 レナがキーボードを振り払うと同時に、剣先の炎が消え、キーボードのような剣は各所から冷却口がむき出しになり放熱を始めた。


 同時に、レナの髪の毛も金に戻る。


「ミッションコンプリート」


 そういったあと、キーボードを再度布にくるみ、レナとマッシュは街から人知れず去っていった。


 街から数キロ離れた原野でマッシュと野宿をしていると、また別の男が一人、肉を片手に持ってきた。


「近くにいた野鳥だ」


 男はぶっきらぼうに言って座った。

 よく見ると、あの気弱な店員だ。


 だが、気弱さは全く感じない。

 逆に身の毛もよだつような恐怖心を、少し感じてしまう。

 この男は闇に慣れすぎていると、時々レナは思うのだ。


 だが、この男もまた、自分たちと同様に闇に生きている。

 眷属の情報を片っ端から集める間諜として、結構長くあちこちを移動している。

 今回も最初に店主がおかしいと睨んだのはこの男だったし、レナの部屋に挟まっていたあの手紙もこの男からのものだ。


 マッシュは鳥の羽をむしったあと、その鳥を焼いた。

 その後、持っていたハーブを少しだけかける。

 この男意外に回復術も扱うから、この手の薬草も常備しているため、こうしたことが出来るのだ。

 そそるいい匂いが漂ってくる。


「いい匂いなんだけどさぁ、朝から肉かぁ。女子には重いわねぇ」

「食べ盛りだろ、食っておけ」

「はいはい」


 この男二人にはデリカシーはないのかと、レナは呆れながら肩をすくめ、ため息を一つこぼした。

 ある程度の時間が経つと、肉が焼けたので三人で食べる。

 驚くほど肉自体はそれほどしつこくなくシンプルな味付けだった。


「しかし、今回もお前の情報通りだったな」

「相変わらず思うけどよく分かったわね」

「いくらなんでも、『何も起きてなさすぎた』んだ、あの街は。各地で人が消えたりしてるのに何も無い地点でおかしいだろ。辺鄙な場所でもないのに平和すぎた」


 そう、眷属の影響は徐々に広がっている。

 人が知らないだけで、いつの間にか街ごと消えたりしていることがよくあるようになった。


 それを食い止めるために、レナは組織に所属している。

 眷属を崩壊させるための秘密結社『炎雷(えんらい)』に。

 そこで育てられた戦闘のためのエース戦闘員、それが本当のレナの顔だ。

 マッシュはその護衛兼情報窓口である。


 肉を食い終えて人心地ついた直後、もうあの男はいなくなっていた。

 他のところに情報を収集しに行ったのだろう。

 いつの間にか消えていつの間にか現れる。それの繰り返しだし、間諜の組織は忙しいことこの上ないのは、レナも十分にわかっていた。


 ただ一つ、座っていた場所に石を重しにして手紙が置いてあった。

 レナはそれを手に取って、読んだ。


『またピアノを聞かせろ。それと、肉を楽しみにしている』


 一つだけ、ため息を吐いた。


「意外に人間らしいところ、あるじゃん」

「ん?」

「ああ、これのこと」


 そう言って苦笑しながら、マッシュに手紙を渡した直後だった。

 マッシュの持っていた通信機が鳴った。

 数秒沈黙してから、今度はマッシュが小さくため息を吐いた。


「アハツェンの街で人の消失があったそうだ。俺達に出動の命令だ」

「やれやれ、またか。なら」


 そう言って、レナは布からキーボードを取り出した。

 今はもう、ただのキーボードだ。炎を出す大剣ではない、ただの博物館ものの楽器。


「少し、弾きますか。次も生き残れることと、自由を感じるために」


 マッシュがそれを見て、少しだけ微笑んだ気がした。

 そして、観客が一人だけの即興を弾く。


 いや、観客はもっといる。

 風。この草原の中にいる無数の風、そして朝日が、観客だ。

 その風に乗せられて、レナの金髪と、ピアノの音色が舞う。


 自由を愛する者のために、レナは戦い、そして、ピアノを弾く。


 ああ、自由だ。


 そう感じる朝日と風だと、レナには感じられた。


(了)


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