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終幕 鏡に映った私、可愛すぎでしょ

 朝目覚めて、顔を洗いに洗面所に行くことが億劫だ。


 なぜなら、鏡にうつった自分の顔を見なければならないから。


 寝起きで視界がぼやけていて、目尻が垂れている。口は力なく、飴玉を咥えているみたいにぽかんと開いている。寝ぐせが外側にぴょんぴょん立っていて、頬が乾燥している。


 顔立ちが整っていて、イケメンで、優しくて、勉強ができて、資格もいっぱい持ってて、目に光がある人が、鏡の向こうで待っていてくれたらなぁと思う。


 けれど、そんなことはありえない。


――鏡は、あの日以来、【彼】を映し出すことはなかった。



 けれど、今は、鏡に映った私のことが、ちょっと好きだった。


 頬を指で突くと、むにっと柔らかくすべすべな感触が得られる。鼻は、母の血のゆずりで高く、シュッとしたラインが綺麗だ。自信なさげな黒い瞳の裏側には、確かな自信の炎を宿している。


 私は、頬を上げて微笑んでいた。


「ふふ、ちょっとかわいい?」


 私は、さらに自己肯定感をアゲアゲにするために、シャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かし、ヘアアイロンをかけて、黒を基調とした、フリルの踊るファッションに身を包み、洗面所の鏡の前でメイクを始めた。


 普段使いの化粧水をちょっとつけて保湿して、ペンで眉毛の形と濃さを整え、下地を敷いて、ファンデで人形のような陶器っぽい質感を演出。赤のアイシャドウで涙袋を飾り、暗めの赤のリップを塗って……最近のお気に入り、地雷系の私が完成する。


……ケンジも、メイクをするみたいに、何度も線と色と影とを重ねて塗って、イラストを描いているのかな?



「できた!」


 私は、さらに増して笑みを浮かべていた。


 すっぴんの私は、自然でかわいい。着飾って、時間をかけてメイクした私は、普段に増して盛れてかわいい。Vライバー【カメリア・佐紀音】としての私も、最高にかわいい。つまり……どの見た目の私も、超絶最高最強にかわいいということ!


「ヤバ、何でも上手くいきそうな気がする!」


 ウキウキでポーズを決めながら、スマホで写真をパシャリ、パシャリ。洗面所を出て、さっそく、仕事の用意であくせくとするパパとママに自慢した。


「おお!すごいな!」

「お化粧って、上手にできるようになると、楽しいよねー」


「ねー」


 パパは、目を輝かせ、ママは何度も頷いて、女の子の楽しさに共感してくれた。


 スマホの画面の反射で、もう一度前髪を整えた私に、パパが尋ねてきた。


「今日は、何しに、どこに行くんだ?」

「リオンちゃんと、会社の人と、イベントの主催の人と会議するために、渋谷のビル行ってきまーす」

「お、どんなイベントなんだ?お父さんも、行けるなら行ってみたいぞ」

「8月のロックフェスに、リオンちゃんと一緒に出るの。来たければ、来れば?」

「ああ、もちろん!!」


 私は、パパとママよりも一足先に玄関へと赴いて、厚底の黒いブーツを履いた。戸を開け放った私に、二人は「「いってらっしゃーい」」と、玄関まで出て来て、送り出してくれた。


「いってきまーす」と返して、桜の絨毯が広がるアスファルトの地面を踏みしめた。


 今日は平日、しかも、通勤通学の時間帯なので、駅はけっこう混雑していた。会社に向かうんだろうなっていうスーツ姿の人が多数で、高校生がちらほら。


 つり革に掴まりながら、私はSNSを更新した。


===============


 カメリア・佐紀音


今日の配信は20時から、初見でドラクエします!どんな仲間たちが待っているのかな~お楽しみに!配信の待機はこちらからどうぞ~↓




===============


 今日も楽しく配信ができるといいなと願いつつ、SNSを閉じると同時に、今度はチャットアプリの着信があった。



――――――チャット―――――


リオン:さきねぇ、準備できた?


さきねぇ:もう電車乗ってるよ


リオン:早


リオン:朝起きられないさきねぇにしては、めずらしい


さきねぇ:大事な会議のときはちゃんと起きるよ!


ケンジ:わたしはこれから就寝です


ケンジ:お疲れ様です


さきねぇ:@ケンジ、おやすみ~


リオン:おやすみなさーい、お疲れ様です~


さきねぇ:見て見て!


(朝、鏡の前で撮った写真)


リオン:うわ、かわよ!


リオン:今、この恰好なの?


さきねぇ:そう!


さきねぇ:めっちゃ盛れてかわいくできた


リオン:化粧上手になったね


リオン:会うの楽しみにしてるわ


さきねぇ:中央東京公社前駅着いた


さきねぇ:じゃ


―――――――――――――――


 リオンとケンジとメッセージでやり取りをしているだけでも、楽しくて、幸せだ。私が、もし、配信やネット、Vライバーに興味を持っていなかったら、こんなに素敵な人たちと出会うこともなかったと思うと、胸がじーんと熱くなる。



 ふと、チャットのメンバーを見る。


――そこには、未だに【彼】の名前が残っている。



 メッセージが来ることはない。なぜなら、彼は、どこか別の世界で生きているから。


 スマホをカバンにしまうときに、とあるものが目に入った。


 それは、ケンジと【彼】と行った草津温泉の旅行の際に、【彼】とお揃いで買ってもらった、ぐんまちゃんストラップだ。


 そのストラップを指で撫でると、私たち以外が忘れてしまった【彼】との記憶が蘇ってくる。



「まもなく、中央東京公社前駅、中央東京公社前駅~お出口は左側です。お忘れ物、落とし物なさいませんよう、ご注意ください」


 脳内の思い出の深堀りは、車内アナウンスによって遮られた。


 目的の駅に到着して、電車のドアが開く。春の花の香りを運ぶ風が流れ込んできた。


 人々は一斉に、ドアから出る。私も、その流れに沿って、電車を降りた。


 さんさんと照り付ける温かい陽の光を仰ぎ見て、青空を臨む。



 そして、思い出の代弁者である、カバンに付いたストラップを撫でながら、思う……






「いつか、また、会えるかな?」



ツバキ

学名はカメリア。花言葉は【控えめな素晴らしさ、誇り、気取らない優美さ】




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