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カメリアの花で顧みる

 暗い空間の中心で、俺は、うずくまっていた。


 これといった匂いも、味もない、とにかく黒い空間だ。ただ、週末の夜のような体の怠さと重さを感じる。


 空間の外側から、声が聞こえてくる。


「俊也、俊也!!」


 俺を呼ぶ声の主は……彼女だ。もう一人の【俺】。


「さきねぇ……?」

「そうだよ、ウチだよ!生きてる!?」

「なんとか」


 喋ってるんだから、生きてるだろ、というツッコミを入れる気力が無かった。どこにいるかも分からない彼女の声を探し求めて、その真っ暗な空間を歩き回る。


 いない。


 どこにもいない。


「どこ?」

「ここだよ!目の前!」

「……見えない」

「え!?なんで?」

「見えないものは、見えない」


 佐紀音の声は聞こえる。だが、その姿は俺の眼には映らない。


 諦めて、俺は再びうずくまった。


「起きて、俊也!今、配信してるよ」

「俺なんかが配信に出て、どうするんだよ……」


 勉強はある程度できるが、特別できることはない。音楽の才は、特別優れている訳じゃない。佐紀音と比較して、しゃべりも上手くない。



 こんなにも、過去の自分の死体の山を築いてもなお、輝かしい功績の一つもない人間であることを恥じているし、俺自身、悔しい。


 そんな劣等の人間は、この世界に必要ない。



 だが、そう断言して閉じこもろうとする俺を、引き留める光景が見えた。


「なんだ、これ……?」


 暗闇の中に薄っすらと浮かび上がったのは、この空間の境目を何度も叩く佐紀音。それから、下から浮かび上がって流れる言葉の数々と、空中戦を繰り広げる鳥のような人間と飛行機……?


 飛行機というよりも、戦闘機に近しいものだ。その戦闘機の操縦桿を握っているのは、ケンジさん!?隣には、母さんまで。


「さきねぇ!」

「ああ!反応した!!」

「俺、ここから出たい。外で、何が起こってるの?」

「俊也、これは、全部【冗談】なの!夢みたいなものだって思って!」

「は?冗談……?夢?」


 境界から叫ぶ佐紀音の声の意味が分からなかった。


 だが、困惑の限りの俺に向かって、手が伸びてきた。佐紀音の左手だ。カッターナイフで刻んだ切り傷が手首のあたりにあるから、すぐに分かった。


「こっち来て!」

「え……」


 躊躇した俺に向かって、多くの顔が、闇の中から浮かび上がって、俺を見つめた。



 黒髪の姿の【リアル】な佐紀音は「俊也って、表向きは真面目で優秀な人って感じだけど、本当は甘えん坊で寂しがり屋なところ、ギャップがあって、正直、好き」と言った。


 赤髪のツインテールのカメリア・佐紀音は「ホラーゲームの耐性があるの、羨ましい。あと、勉強できるの、人間として尊敬してる」と言った。


 金髪のリオンは「俊也くんって、お肌綺麗だよね。ぜったい、スキンケアとかしてるでしょ。あと、配信で話してて、ノリを合わせてくれるの、最高」と言った。


 白髪のケンジは、「あなたの音楽性と深い教養、人生の哲学には、感服いたしました。これからも、自分の世界を磨いていってほしいものです」と言った。


 父は「ツバキは、自分のことをしっかりできる人間で、お父さんの自慢の息子だ!」と言った。


 母は「毎朝、しっかり起きられて、しっかり勉強できるのは、すごいことなのよ」と言った。


 名前も顔も知らないリスナーのコメントは「俊也の音楽好き」と綴った。


 さらに別の人は「友達とか家族とか大切にできる人間よな」とコメントした。


 それに重ねて「喧嘩で手を出さなかったの偉いね」と言われ、「配信見てて思うけど、俊也は仕事ができる人間」と続き、「みんなを楽しませようって頑張ってるんだろうな」と、継いでコメントが流れた。



 最後に現れた、金髪で、狐のお面を被った少女は「己を顧みろ」と短く言った。



 己を顧みろ……



 そうか、みんなが言ってくれたことが、俺の――赤首ツバキの内なる素晴らしさなんだ……!


 今まで気が付かなかったこれが、俺の良いところなんだ!


「これが……俺」


 黒い空間に反射して映ったのは、俺の顔だった。黒淵の眼鏡で、ちょっと自信がなさそうな目をしてる。けれど、これが俺なんだ。


 自分自身では気が付かなかった良さを、みんなの声、顔を思い出すことで、気づかされた。



 黒い空間が割れ、踊っていたビルたちは元の場所に戻り、楽器を持った動物たちは自然へと帰り、家具は粗大ごみに出されて、父と母がロボットから人間の姿に戻り、世界から豊穣党と海人の怪異が消え去り、水道管から溢れていた赤黒い水が無色透明の水になって、道路や家屋は元の姿を取り戻し、人々が自転車や車で行き来し始めた。


 人と彩りに満ちた元の世界が、取り戻された。



 この世界が、壊れたのだ。


 俺たちによって、破壊されたのだった。



 気が付けば、入道雲の迫る青い大空に投げられた。

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