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狂気と夢の舞踏会配信

 大通りを駆け抜ける佐紀音、リオン、ケンジと母……


「ふぅ……はぁ……まさか、69になってから全力疾走をすることになるとは……」


 この4人の中で最年長のケンジは、すぐに息が上がってしまい、佐紀音とリオンの若者コンビの先導に追いつけなくなっていた。


「ケンジさん、大丈夫ですか?無理をなさらず……」


 佐紀音の母が、ケンジの肩を隣で支えた。


「今、無理をしないでどうするのですか?わたしの残り短いであろう命で、若い人たちの末永い未来を救えるならば、安いものです……ごほっ」

「ケンジさん!?」


 息切れが激しく、ケンジは、地面に膝を突いてしまった。


 佐紀音が「ケンジ!」と名前を叫んで振り返った。しかし、そんな佐紀音に、ケンジは顔を上げて、凛とした表情を見せた。


「先に行ってください、佐紀音さん!!わたしは、飛行機でも描いて、それに乗って後から追いつきます」

「う……うん」


 佐紀音は、何度か背後のケンジと母に振り返りながら、リオンとともに、焼け焦げた車が多く放置されている大通りを走った。背後の方角からは、恐ろしく大きな入道雲が迫っている。


……だが、いくら若いといっても、佐紀音とリオンの本業は、Vライバー。日頃の運動不足が仇となって、すぐにペースが落ちてしまった。



「はぁ、ふう、おぇ……きつい……」

「あああああああ膝が痛いかも……」

「リオン、おんぶしようか?」

「んん……バカ言わないでよ。さきねぇの細い体じゃあ、私の重さは支えられないでしょ」


 息が切れ切れになった佐紀音とリオンは、走る先の道端に、とある異物を発見する。


 それは、天を突く山だった。


 その頂点には、黒色の檻がある。


「なに、あれ……」

「わかんない。近くに行ってみよう」


 二人が、その山に近づくと、どこか様子がおかしい、山の凄絶なる正体が明らかになった。



――死体みたいだ。遠方から見た時に見えた山は、真っ黒になった人が何層と積み重なってできた山だったのだ。


 そして、積み重なっている人間は、すべて、同じ顔をしていた。


――凛々しいが、どこか幼げの残るその顔は、俊也の顔だった。


「俊也っ!?」


 散々走って、ようやく不気味な山の麓に辿り着いた佐紀音は、【俊也だったもの】に近寄って、動かない手を握った。


 その隣に横たわっているのも、俊也。その上に積み上がっている人影すべてが、俊也。そして……山のてっぺんの牢獄に囚われているのも、俊也だった。


「俊也っ!!聞こえる!?ウチだよ、佐紀音!!ここ!!」

「ちょっとさきねぇ!危ないよ!?」



 山のてっぺんの牢に囚われている彼の名前を連呼して叫びながら、佐紀音は、俊也の影の山をよじ登り始めた。動かない彼の腕を、脚を掴んで、ボルダリングの如く登る。


「俊也ぁ!!俊也ぁ!!聞こえてないの!?」


 彼の名前を、再三再四と呼ぶのだが、檻の中の彼は、膝を抱えて座ったまま、微動だにしない。


 佐紀音が山を登っている姿を仰ぎ見ていたリオンは、その異変にいち早く気が付いた。



 雨ニモマケテ 微風に押し戻され 大雪に埋もれて 酷暑で堕落して……


 雨ニモマケテ 微風に押し戻され 大雪に埋もれて 酷暑で堕落して……


「さきねぇ!!やつらが来た!!」

「え……」


 佐紀音が眼下を見下ろしたときには、リオンの体に白い野兎がたかっていた。兎たちは、リオンの金髪を口に咥えて引っ張ったり、舌で頬を舐めたり、セーターの間に入りこんだりしていた。


「うひゃははははあははははは!!やめて、やめて、くすぐったいから!このエロ兎め!!」

「リオン!大丈夫!?」

「うへへへ……くすぐったいだけだから、大丈夫……ひひひひひ」


 だが、兎に囲まれているリオンのもとに、狂気の行進の集団を為していた【有象無象】どもが近づいていた。


 全身鎧の大槍を持った男は「ユートピアの裏切者め!!」と叫んで、日本豊穣党の印である黒いカラスののぼりを持つおばさんは「逃げる気よ!捕まえなさい!」と鬼気迫り、ラッパを吹く二足歩行猫は「あの小娘をひっ捕らえろ!」と眼を尖らせた。


「リオンちゃん、逃げて!!」


 佐紀音が叫ぶ。しかし、リオンは「うへへへへへへへ……」と、狂ったように笑い続けて、聞こえていないようだった。



……おかしい。明らかにおかしい。


 まるで、リオンは、お酒に酔っているみたいに、笑い続けている。いくら兎にくすぐられているからといって、こんなに狂ったように笑い続けるのは、明らかに異常だ。


「リオン!!」


 笑う彼女の首元に、全身鎧の男の槍の先端が突きつけられている。


 誰か、助けてと、佐紀音は心から思った。


 この高さから飛び降りれば、どんくさい私の脚は骨ごと折れて、リオンを助けるどころの状態じゃないだろうなと思う。



 だから、助けが欲しかった。



「任せてください、さきねぇ軍曹!!」

「姉御のピンチには、俺たちが駆けつけますよ!!」


 ――スマホの画面が光り輝いて、その中から、銃を持った兵士たちが複数、飛び出してきた。


 この兵士たちの恰好は……大人気FPSゲーム【バトル・エリア・フォートレス】の兵士たちだ。俊也との初めての配信でやったゲームの兵士たちが、画面の中から飛び出してきたのだった。


 やっぱり、この世界は、何でもアリだ。


「あなたたちは……」

「配信、いつも、楽しく見させてもらってます!」

「今日もかわいいですね、さきねぇさん!」

「っ――!!」


 彼らは、なんと、普段配信を見てくれているリスナーたちだった。短いやり取りの内容から、佐紀音は、それを察して、自らの力を理解した。



 この世界における父の特殊能力は、体を大きくできること。


 ケンジの特殊能力は、描いた絵を本物にすること。



――私の特殊能力は、Vライバー【カメリア・佐紀音】としての魔法だ……!


 たった今発動したこれは、リスナーたちを兵士として世界に召喚する魔法なんだと、察した。


「みんな、リオン様を助けて!」


「お任せください!」

「あとでスパチャ送っておきますね」

「さきねぇ、『頑張って♡』の応援のお言葉をください!」


「が、頑張って……♡」


「うひょー!!!」

「きたあああああああさきねぇの応援ボイス!」

「やる気出てきたぜええええ!!」


 佐紀音は、微妙そうな声で兵士たちを鼓舞したが、彼らにとって【推し】のライバーからの応援の言葉は、闘志を燃やすに十分であった。



「うおおおおおお突撃ぃぃぃ!!」

「さきねぇ万歳ぃぃぃ!!」


 兵士の姿をしたリスナーたちは、手にした小銃(三八式歩兵銃)をバンバンと発砲しながら、リオンに危害を加えようとしていた有象無象たちを蹴散らした。


 鎧の兵士も、リオンにたかっていた兎たちも、歩いていた家具たちも、ラッパを吹いていた猫も……兵士となったリスナーたちの弾幕を浴びて倒れ、体すべてを色とりどりの花に変えて、消え去った。


 さらに、佐紀音が登る俊也の死骸の山の周囲に、様々なコメントが文字になって、縦横無尽に流れ始めた。


――今度は、コメントの文字が可視化される魔法!?



【こんさきねぇ!!】


【実写配信か?】


【さきねぇがコスプレしてる!?】


【これ顔出し配信?】


【さきねぇ顔出し?】


【顔かわいくね?】


【さきねぇかわいい】


【こっち向いて】


【なんだあの山?】


 まるで、この世界全体で配信が始まったかのようだった。


「あ……こんさきねぇ!今、緊急で配信してるんですけど……俊也を助けたいの!!」


 リスナーたちに、どこから見られているのか分からないが、佐紀音は、とりあえず、どこまでも晴れ渡った空を見上げて、枯れそうな声を張った。


「あの上に、俊也が閉じ込められてるの!!だから、みんなの力を借りたい!」


【さきねぇが助けを求めている】


【監禁事件?】


【¥30,000:顔出し記念お小遣い】


【どうすればいい?】


【なにこれ、映画の撮影?】


 スーパーチャットの文面が空から落ちてくると、巨大な紙幣が三枚、遥か天空から舞い降りて、街に覆い被さった。



「えっと……みんな、こっちの世界に来れる?」


【どういうこと?】


「この山を登り切る手助けをしてほしいの。ウチの力だけじゃ、この高さは登り切れそうにない」


【登山してるの?】


「色々事情があってね……俊也を助けなきゃいけないの」


【110番電話する?】


「ええと、そういうことじゃないんだよね……」



 奮闘する佐紀音とリスナーとのやり取りの最中、またも邪魔が入った。


 黒い翼を持ったスーツ姿の男と、鳥と人間が融合したような姿の化け物が、空を滑空して佐紀音を奇襲したのだ。


「ユートピアの裏切り者、死ねぇぇぇぇぇ!!」

「世界の破壊者は地獄に落ちろ!!」


 翼の生えた男と鳥人間は、ナイフを手にして、山をよじ登る佐紀音に飛び掛かってきた。



「わっ……」


 佐紀音は、小さな悲鳴を上げる他の猶予を与えられなかった。


 だが、ここでも、佐紀音リスナーたちが活躍した。


【さきねぇを守れ】


【コメントで覆っちゃえ!!】


【あああああああああああああああああああああああああああああ】


【ええええええええええええええええええええええええええええ】


【さきねぇ頑張れ!】


【文字でバリア張れ!!】


【誰かマクロ組んで】


【がんばれええええええええええええええええ】


【ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ】


【ああああああああああああああああ】


【aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa】


 リスナーたちがスマホやタブレット、パソコンなどから打ち込んだ大量の文字やコメント、スタンプ、絵文字の数々が、地面から発生して、気球のように浮いて空を昇り、佐紀音の姿を覆い尽くした。


「なんだこれ……」

「ふふふ……これが、佐紀音チャンネル登録者90万人の力!」

「おかしいだろ!こんなの!」

「おかしいのは、あなたたちだよ!なんで翼生えてるの?何で空飛んでるの?なんで、鳥人間なんかが普通にいるの?なんで、家具とか動物とかビルが歩いてるの!?」


 文字に邪魔をされて、飛びつくことができなかった翼の男と、鳥人間たちは、佐紀音を覆って流れる文字を殴りつけた。



 【さきねぇかわいい】の『か』の文字は、コンクリートが砕けるような音を立てて消滅した。しかし、すぐに別の文字が浮かんでくるので、大量の文字の壁を破ること容易ではない。


 突如始まった配信の同時接続数は、16万を超えていた。


「う……よっと……うわ!?」



 ときどき滑り落ちそうになりながら、俊也の黒い影の死骸の腕や脚を掴んで登る佐紀音。ふと、こんなコメントを見つける。



【俺たちのコメントにつかまって】


「っ、届け!!」


 思い切って佐紀音は、山のすれすれを流れて昇る【さきねぇの可愛さは世界一ィィィィィ】というコメントの『愛』という文字に飛びついた。



【うおおおおおおおお】


【さきねぇが空飛んでる!!】


【しっかり掴まって】


【いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ】


【昇れ!】


【あああああああああああああああああああああああああああああああ】


【¥6,000:さきねぇと俊ちゃんが、また一緒に配信できるようになりますように】


【今来たけど、ナニコレ?】


【とにかくコメント打ちまくれ】


【画数が多い漢字で守ろう】


【鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱】


【鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱】


【草】


【wwww】


【さきねぇがまた病むぞ】


【笑笑笑】


【鬱配信になってて大草原】


 コメントの嵐のバリアに囲まれながら、佐紀音は「ふん!」と言って、掴まっていた『愛』の文字から飛び降りた。


 ついに、佐紀音は、俊也が囚われている黒色の檻……つまり、俊也の死骸の山の頂上に到着した。



「俊也!俊也!!」


 額に汗を浮かべた佐紀音は、黒い檻の格子を掴んで揺らして叩いて、中の俊也を振り向かせようと、彼の名前を叫んだ。



――お願い、気が付いて、俊也……!!


 この狂った世界のことを【冗談】だって笑って、自分の内なる光に気が付いて……!!

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