運命線
佐紀音は、黒の一色に染まった意識の中で、夢を見た。救世主が、見せてくれたものだろうか。
それは分からない。けれど、黒い意識が徐々に晴れ上がり、彩に溢れた世界が見えてきた。
それは、あり得たかもしれない運命線を垣間見る、短く、あまりに壮大な旅だった。
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最初に見えてきたのは、音楽家として大成した俊也が生きる運命線だった。
「この音楽に隠されたテーマとは、どのようなものなのでしょうか」
ニュース番組の音楽特集で取り上げられた俊也(24歳)の9作目の楽曲【見せかけのユートピア】に関して、生放送でインタビューを受けている。
彼は、私がよく見慣れた、すまし顔で、回答した。
「社会に対する私たちの疑問の集大成です」
「なるほど。楽曲には、具体的に、どのような社会風刺が込められているのでしょうか?」
「今作は、ビルやら、家やら、人々やら……あらゆる【モノ】が行進する情景で一貫しています。歌詞やMVに登場する一つ一つの存在が、強烈な社会風刺の意味を持っていて、たとえば、【歩くビル群】は、資本主義社会の功罪を表しています」
「おおおお……すごい深い意味合いがあるのですねぇ」
インタビューに淡々と答える彼の回答に、番組のスタジオとインタビュアーが揃って騒めいた。
インタビューは続いているようだったけど、夢の景色は、そこで途絶えた。
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次に見えてきたのは、音楽に殺された俊也が死んだ運命線だった。
「なんで、俺の音楽は伸びないんだよ……」
他の有名アーティストが、軒並み数百万再生を連続して記録するなか、彼の楽曲は、数万再生に留まっていた。
生きること、死ぬこと、どう生きるか、生きることの悲しみ――失われたあなたなど、様々なテーマで楽曲制作を続けた、この世界の俊也は、世界に絶望した。
自分に、価値は無いのだと。
そのまま彼は、天井から吊るされた長いタオルで首を吊った。
先ほどまで彼が音楽制作をしていたパソコンからは【不幸の共食い】という曲が流れていた。……彼が意識を失い、内臓の働きが止まり、体が朽ちてもなお、音楽は、流れ続けた。
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さらにその次に見えてきたのは、音楽から離れた俊也が生きる世界線だった。
「あ、こんにちわ」
「よ、俊也。どう?わたしの服、かわいいっしょ」
「うん。黒が似合ってると思うな」
「ありがと。俊也も、清潔感あって、いいね」
「……照れるな」
この世界の彼は、カフェで、とある女性と落ち合った。彼女は、大学の同じゼミで仲良くなった人だった。
彼女は、小中学校でバイオリンをやっていた人で、小さなコンクールに何度か入選したことがあるらしい。音楽の興味という共通点から始まり、今では、休日に一緒に出かけるほどに仲を深めたらしい。
「俺、前からずっとそうだったんだけどさ……一条さんのこと、めっちゃ、好き」
「今更?わたしも、ずっと、俊也のこと好きだったよ」
いつの間にか、友達から恋人へと関係を発展させて……
「うへへへへへかわいいなぁぁ」
「当たり前じゃん、だって、わたしとアンタの子どもだもん」
いつの間にか、夫婦という関係になって子どもに恵まれて……
「アンタ、薬飲みなさいよ」
「あ、そうだった……」
いつの間にか、二人とも顔に深いシワを刻んで年老いていた。
彼は、運命の人と巡り会ったことで、音楽という芸術の【束縛】から解放されて、顔に深いシワを作りながら、幸せそうに笑って、一生の幕を下ろした。
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まだまだ夢は終わらない。
次に見えてきたのは、この世界とは別のリオンが生きる運命線だった。
この世界の彼女は、歌って踊れるVシンガーに転身して、大成したらしい。
「いえーい!みんな見えてる!?」
【見えてまーす!!】
【今日は何歌うの?】
【アイドル衣装かわいい】
【\20.000:ずっとファンでいたい。これからも素敵な歌をよろしくおねがいします】
「はい、久しぶりの歌枠だねぇ。喉が枯れるまで歌いきるつもり。……まあ、Vシンガーとして、喉を痛めるわけにはいかないんだけど……ふふふ」
彼女がカバーした曲は、軒並み、音楽サイトの急上昇ランキング上位に食い込むほど、人気があった。
ときどき、配信にゲストとして招かれるカメリア・佐紀音も、共にVライバーとして、うまくいっているようだった。登録者は、190万人。
この世界の私、すごい……
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次の世界は、思わず目を背けそうになった。――リオンが、交通事故で死ぬ運命線だった。
雪がしんしんと降る冬の道路の真ん中に、リオンが倒れ込んでいる。
「リオンちゃん!!」
この世界を生きている私が、喉を痛めるぐらいの悲鳴で、友の名前を叫んだ。
交差点の白いラインが、赤黒く染め上がるまで鮮血を垂れ流すリオンが、微動だにせずに倒れている。
車はひしゃげて、後部座席が潰れていた。その後ろには、クラクションを叫び続ける大型トラックが停車している。
――このトラックに、追突されたんだ。
「さきねぇ、マジでごめん……」
「リオンちゃん、死なないよね、まさかね……」
「ご……めん」
ぐったりとしたリオンの手を持った私。その手が、すでに冷たくなっていた。
駆け付けた救急車から救急隊員が飛び降りてきて、道路の真ん中に倒れこんだリオンを【連れ去ろう】とする。
「リオンちゃん!!!」
「すみません、事故があったんですよね?」
「いや……あ、はい……でも、リオンが……」
「落ち着いてください、状況の説明できますか?」
「ごめんなさい、無理……ほんとに、無理……」
私は、現場に到着した警察官に事情を説明できず、息を詰まらせた。
リオンは、サイレンを叫ぶ救急車によって運ばれて、その場を去った――永遠に。
「リオン……りおん……」
心に穴が開いた私は、壊れたレコードを演じるように、大好きな親友の名前を繰り返し、呼び続け、棒立ちになっていた。周囲の人々の目線が彼女の横顔に突き刺さり、警察の人数が増えてきて、彼女と周辺を囲んだ。
これも【ありえたかもしれない】運命を辿った世界の一つだった。
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最悪の夢で見た景色は、幼年のケンジが、第三次世界大戦という核戦争が勃発した世界を絶望のうちに生きてしまう世界だった。
1962年、アメリカとソ連は、キューバでのミサイル問題に端を発した武力衝突の収拾をつけられず、局所的な戦闘は、世界を巻き込んだ全面核戦争へと発展した。
「お母さん、僕たちは死ぬの?」
「……分からない」
核シェルターの中、冷たい鋼鉄の地面に尻を付き、ケンジと、その母が座っている。母の腕には、全身にガラス片を浴びて血だらけとなったケンジの兄、【健三】が抱かれている。
地球は、核の冬を迎えて、食料が底をつき、世界全体で数億人という単位での飢餓が発生した。
ケンジたちが生きる日本が、その後どうなったのかは、見せてもらえなかった。
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次は、ケンジが天命を全うした運命線を垣間見た。
病院のベットの上で、寝たきりの状態のケンジ。しかし、シワの少ない顔に浮かべる表情は、どこか柔らかだった。
「すみません、お忙しいところ。わたしのカバンを取っていただけますか?」
ケンジは、ベットの上から看護師さんに、そう伝えた。
彼の腹部に繋がったチューブのセットをしていた看護師は「これ、何が入っているんですか?」と彼に訊きながら、病室の隅に置かれていた彼のカバンをベットの脇に置いた。
ケンジは、その中を取り出して、ベットの脇のひじ掛けに置いて並べた。
「これは、わたしがデザインを手掛けたライバーさんたちのフィギュアです」
「わあ、凄いですね。ケンジさん、前は、イラストレーターをしていたんですよね」
「はい。そのときの思い出の品、ですね」
「このかわいいお洋服のデザインも、ケンジさんが?」
「そうです」
「おお……見せてもらってもいいですか?」
「ええ」
看護師は、業務の合間に、ケンジのフィギュアを手に持って、まじまじと見ていた。
様々な種類のフィギュアが並んでおり、その中には、赤髪のツインテールが印象的なVライバー【カメリア・佐紀音】の7周年記念ライブの記念品のフィギュアがあった。
ケンジは、液晶タブレットを広げた。目的は、Vライバー佐紀音の配信を見るためであった。
「さて、今日はどんなライブ配信なんでしょうか……」
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最後に見た夢は、真っ暗な世界を浮遊している【私】の夢だった。
どこまでも闇が広がっていて、身動きも取れない。
そんな夢の中の私に様々な運命線を生きた【私】が群がってきた。まるで、池に投げられた餌に寄ってたかる鯉のようだった。
「私は、赤首ツバキ。人生に絶望して、配信でリスナーにボロクソ言われて、夢を諦めて、ホームにやってきた電車に飛び込んだの。私は狂ってるかもしれないけど、世の中はもっと狂ってると思うよ」
「私は、赤首ツバキ!配信活動が絶好調で、アイドル事務所にスカウトされて、今では、二次元、三次元の両方でチヤホヤされるパーフェクトアイドルでえ~す★世の中、余裕ですわ!!」
「私は、赤首ツバキ。マイクの前で一人で喋ってるのが恥ずかしくなってVライバーを辞めて、頑張って勉強して、大学に通っています。何事も、努力は大事だよ!」
「私は、里道ツバキ。ママとパパが喧嘩して離婚して、ママが再婚して苗字が変わった運命線を生きてます。再婚のお相手(新しいパパ)が優しい人で、よかった!けっこう幸せです!」
「私は、赤首ツバキ。病気で倒れて、車いす生活中です。普通に過ごすだけでも大変。助けて」
「私は、36歳の西園寺ツバキ。27で素敵な人と巡り会えて、二人の子どもにも恵まれました。配信活動は、続けてます。若い私へ……焦らなくて大丈夫だよ。道は、きっと開ける!」
それは、ありえたかもしれない……あるいは、これから訪れるかもしれない世界線を生きる【私】たちだった。赤子のような姿の私もいれば、車いすに座った私もいる。
首にロープを巻いた私もいるし、スーツ姿の私は、背中から抱き着いてきて、かわいいアイドル衣装の私は、色とりどりのライトを浴びて踊っている。
子どもを片腕に抱いている私が頭を撫でてくれて、セーラー服姿の私は、左手をぎゅっと握ってくれた。
「私は……」
息を深く吸った。
「私は、赤首ツバキ。どうしようもなく勉強が嫌いで、でも、ゲームとか、歌とか、配信が大好き。将来は、まだまだ不安だけど、いつか、みんなを、リスナーさんを、もっともっと楽しませられるライバーになりたいな」
十人十色の【私】に向けて自己紹介をした私。
そのとき、世界が光に満ちて、その光の中へと、私の体が吸い込まれていった。
たくさんの私が、声援を送ってくれた。
「がんばれ、私!」
「配信で大成功してやりな!!」
「未来は、分からないからこそ不安にもなるし、楽しみにもなるんだよ」
「辛いときは、【鏡】を見て!きっと、かわいい私なら大丈夫って思えるから」
「彼氏作りな。ぜったい楽しいから」
「またね~」
意識が、急速に浮上する。夢から覚める感覚は、水面から顔を出す感覚に近かった。




