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自由の行進再び

 光輝いた鏡を通り抜けた佐紀音は、家の中をくまなく探した。


 俊也の部屋も、トイレも、浴室も、両親の部屋も、リビングも、ソファーの下も……余すところなく探した。


「いない……やっぱり、外なの?」


 俊也の姿は無かった。そういえば、ロボットになった父と母の姿もない。


 では、外出しているということか。


 以前、俊也の世界に足を踏み入れたときの景色を、佐紀音は思い出した。赤い太陽が血の涙を流し、それで街が洪水状態になっていて、お菓子の家のクッキーの壁が倒れていて、狐のお面を被った【救世主】を名乗る女の子が、舟に乗ってやってきて、彼の過去の夢を見せてくれた……あの記憶が脳裏から蘇って、頭がずきーんと痛んだ。


 玄関から外へと出た。


 清々しいまでの晴れで、赤い太陽の姿はない。


 背後からは、恐ろしいまでに育った入道雲が迫っている。……もう冬だというのに、入道雲!?


「また来たのか、女の子のほうの【赤首ツバキ】よ」

「その声は……え、どこどこ?」


 聞いたことのある、鈴の音のように美しい声が聞こえて、あたりをキョロキョロと見た。


「ここだよ!屋根の上だ!」


 見上げると、赤首家のワインの色の屋根に、狐のお面を被った、金髪で、白いドレスみたいな衣装を着た女の子が座っていた。いつの日か会った【救世主】だ。足をぶらぶらさせて、呑気に日向ぼっこをしていたようだ。


「救世主さん!俊也はどこ!?」

「だから、前に言っただろう、『彼は、君を写す鏡。君は、彼を写す鏡なんだよ』とか『彼を知り、そして、己を顧みるのだ』とか……」

「分かんないよ、もっとちゃんと、説明してよ!」

「はぁ……命に限りがあるから、人間たちは、自分で考えずに、すぐに答えを聞こうとするのかな……」


 「ダメだこりゃ」と言わんばかりに手のひらを天に向けた救世主。彼女の深いため息が、目下の佐紀音の耳にまで届いた。


 しかし、世話焼きな性格なのか、渋った末に、こと細かに種明かしをしてくれた。


「彼を助けるということは、君自身を助けるということと同義。彼を知ることすなわち、君自身を知るということ……要は、【己を顧みろ】ということだ」

「己を、顧みる……?」

「そうだ。君たち人間は、他者を羨むばかりで、己のすばらしさを忘れているんだよ!」

「ああ……」

「ようやく分かったか?そういうことだ」


 佐紀音が、何かを悟ったような顔をして、救世主に背中を向けた。その背中に、救世主は、最後のアドバイスを届けた。


「このおかしな世界を【冗談だ】と笑ってやりな。何でもアリだ」


 腕組んで、再びお日様の方向を向いた救世主。



 佐紀音は、たった今、彼女が告げたことの鋭さに、胸を貫かれていた。


 もしかすれば、救世主の言っていることは……そういうことなのかもしれない。



 定まらない心をそのままに、街の中を走り出した。



****



 街並みは、すぐに異変を示した。


 ビルや家が踊り、地面を歩いている。原理は分からないが、とにかく、動くはずのない建造物の数々が、大通りを行進していたのだ。



 雨ニモマケテ 微風に押し戻され 大雪に埋もれて 酷暑で堕落して


 貧弱で 強欲で 唐突に怒り いつも虚ろな目をしている


 東にポセイドンの荒波騒げば


 つまらぬから止めろと言い


 西に人の争乱有れば


 神に祈れり「救済」を


 南の貧しき子ども飢えれば


 かねの音で虚空に手を差し伸べ


 北に冷たき【母】の怒りあれば


 自ら熱を引き受けて


 日照りのときは死神の鎌を首にかけ


 寒さのときはコドクの毒を醸成し


 皆に「つまらぬ人」と呼ばれ



 人を愛せず


 人に愛されず


 そんな私を



 神は、愛してくださるのでしょうか



 Amenアーメン



 Amen...


「なんか、聞いたことある……『雨にも負けず』だっけ……?」


 宮沢賢治、という文豪の名前が咄嗟に頭に思い浮かばなかったが、なんとなく、中学校で勉強した詩『雨ニモマケズ』にどことなく似ていることは分かった。


 踊るビル、家屋などと一緒に行進しているのは……


 椅子、車、トラック、大樹、巨人族、風船人間、シンバルを打ち鳴らす、アリス、赤ずきんちゃん、十字架を掲げた鳥居、空飛ぶ絨毯に乗る仏像、シャンデリア、乳母車を押す母、サングラスをかけた外国人、フルートを吹く猫、ラッパを吹く巨大なイチゴのショートケーキ、花びらをまき散らす戦車、頬にアザのある幼稚園児、小人になったスーツのおじさんたち、雄叫びを叫ぶティラノサウルス、杖を突くおばあさん、目にクマを飼った医者、「ウホウホ」と言って楽しそうな原始人、車いすに乗った人……


 古今東西、あらゆる世界の住人たちが、狂気の詩を叫んで、列を成して行進していた。


「なに、これ……」


 佐紀音は、絶句した。


 おかしい。こんな世界、絶対におかしい。俊也は、こんな世界で、20年も生きてきたの?


 いや、落ち着いて、私。


 救世主の言葉を信じるなら……


「あれは、全部、【冗談】」



 行進の音は、どんどん大きくなる。ラッパやシンバルの音が轟き、行進の先頭で有象無象の集団を導く翼の生えたスーツ姿の男が「ユートピアはいかがですかー!!」と、拡声器で叫んでいる。


 だが、救世主さんに言わせれば【冗談】なのだ。


 あれは、全部、冗談。そういうもんなのだ。


「そこをどいてくださーい、お嬢さーん!!あれ、聞こえてないのかなー!!?」



 先頭の、黒い翼の生えた男が、拡声器で叫び散らしている。佐紀音は、耳を両手で塞いで、男の声には耳を貸そうとしなかった。


「おい、どけよ!!」

「邪魔だろ、進めないだろ!!」

「押しつぶされても知らねぇぞ!!」


 イチゴのショートケーキが怒鳴って、ビルがガラスを割って怒号を飛ばす。戦闘機が、佐紀音の突っ立っている道路の周辺に対地ミサイルを発射した。爆発の轟音が鼓膜をつんざき、爆風が黒い髪をまくし上げた。


 しかし、佐紀音に、ケガの一切が無かった。


 堂々たる立ち姿の佐紀音にしびれを切らしたのか、行進する集団は、そのまま進み始めた。


「お前ら、このまま行進するぞ!!」



 拡声器がキンと鳴ると、集団が再び、ズサズサと行進を始めた。ビル群が巨大な砂嵐を立てながら、佐紀音に迫った。……このままでは、ビルに対して小人みたいなサイズの彼女は、圧し潰されるだろう。


 しかし、佐紀音は、まったく動じなかった。



 そのまま、ビルに圧し潰されて、意識を闇に葬った。

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