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監獄のような世界に生きてる

 俊也は、鏡に佐紀音が映らなくなってしまったことに、たいへん焦った。


「ああ、クソ!なんで映らないんだよ!」



 化粧台を何度見ても、手鏡を何度手に取っても、映っているのは、【俺】だった。


 俊也は、家の外に出た。



 そこには、また、不思議な世界が広がっていた。



 清々しいまでの晴れ。その下を、ビルや家、動物や人間といった、数々の有象無象が、ドスドスと足音を踏み鳴らし、壮大な音楽に合わせて行進していた。



「お、俺は、お前ら他人のことを絶対に……ぜぇぇぇぇぇぇぇっっったいに、信じないぞ!!」


 そんな、行進するビルの屋上に立った男が一人。



 黒淵の眼鏡をしていて、スーツ姿だった。脇には、仕事用と思しきカバンが抱えらえれている。


「お前らを信じるぐらいなら、俺は、この【カバン】の導きを信じる!!」

「ま、待て!」

「待つもんか!!だいたい、人の歴史というのは、数多の星よりも多くの裏切りを伴ってきたんだ!!」


 眼鏡の男は、同僚たちの訴えかけに、頑なに、応じようとしなかった。


 そんな頑固な男に対して、同僚たちの先頭に立っていた長顔の男が、核心を突いた。



「私たちが生きているということは、その裏切りよりも遥かに多くの人々の信頼と協力が歴史上にあったことの裏付けです!!このビルも、その柵も、この地面も、会社も、社会も、国も……すべてが、過去の人々の絆の証なんです!!」

「そうですよ!人と人は、信頼し合えるんです!分かり合えるんです!」


「くっ……」


 同僚たちに、論理的に殴られてしまった眼鏡の男は、じりじりと後退している。――その柵の先は、地獄への改札口である。


「危ないですよ!!柵から離れてください!!」


 柵に足をかけて、今にも転落しそうな眼鏡の男に、長顔の男が、手を伸ばした。



「お前らのような他人に裏切られて破滅する道よりも、俺は、人を信じない衰退の道を選ぶ!!俺は、間違っているだろうけど、この世界は、俺よりももっとずっと、間違ってる!!!!」


 眼鏡の男が、ビルから飛び降りた。



 同僚たちは「岡山さん!!」と、彼の名前を呼びながら、備え付けられている柵から、下を見た。


 眼鏡の男……【岡山】の死体は、そこには無かった。


「ハハハハハ!!俺は自由だ!!!俺は、一足先に神のもとへと行くぞ!!」


 岡山の背中には、黒い翼が生えていて、それで空を翔けながら、雲の向こうに姿をくらませてしまった。


「なんだよ、これ……」


 俊也は、鏡を通り抜けることができなくなって、狂乱が満ちる世界に閉じ込められてしまった。

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