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孤独のドク、寂寥の氾濫

『話したい』というメッセージを目にしたリオンは、『どうした?』というメッセージを返したが、いっこうに返事が返ってこなかった。いつもなら、1時間以内に、返信が来るのだが……



 心配になったリオンは、赤首家を訪ねた。


 合鍵を持っているので、リオンは、静かに赤首家の玄関へと足を踏み入れた。


「お邪魔しまーす……」



 リビングには、誰もいなかった。佐紀音の父も母も、とっくに仕事に出た後だった。



「ちょ……佐紀音!?」


 佐紀音の部屋は、惨憺さんさんたる有様だった。



 鼻腔を突く異臭が立ち込め、その臭いは、リオンのめまいを誘うほどだった。コンビニ弁当の袋や食べ終えた容器、中身が残ったまま放置されたペットボトルの山が築かれており、紙袋や書類、ゴミの散乱と相まって、足の踏み場が少ない状態だ。


 当の佐紀音は、ベッドの上で、まるでしかばねのように眠っており、布団の中で、尿を垂れ流しにしていた。



「さきねぇ!!起きて!!」


「……ぁ」


「さきねぇが『話したい』って言ったまま返信こないから、心配だから来たんだけど……」



 言葉を失ったリオン。ひと月前、ステージで一緒に踊って歌ったVライバー友達が、こんな悲惨な状況に置かれていることに衝撃を受けて、言葉を紡ぎだせなかった。


「さきねぇ、どうした?私でよければ、話してごらん」


「……起きるのツラい」


「そっか。ツラくなっちゃったか」


 ゴミ袋を足で退けたリオンは、佐紀音が横になるベッドの隣に座った。すると、高校のときのジャージ姿の佐紀音が、芋虫のようにゆっくり這って、彼女の豊かな胸に顔をうずめた。


 荒んだ佐紀音の心情を、まさに具現化した部屋の中、リオンは、弱った友をぎゅっと抱きしめてやった。


「久しぶりに、一緒にお風呂入ろっか」


「うん……」


「コンビニで、何か買ってきてあげるよ。それか、私が何か作ってあげようか?」


「唐揚げ食べたい……あと、頭痛薬、持ってきて……」


「わかった」


 佐紀音は、リオンの肩を借りながら、ゆらゆらと部屋を出て、階段を降りた。


 ケンジに簡単に説明をした2人は、揃って脱衣所へと向かった。


****



 佐紀音とリオンが入浴している間に、赤首家の庭に車が停車して、玄関の戸のカギが開錠されるガチャンという音が鳴った。


「おや、佐紀音さんのご両親が帰宅されたのでしょうか……?」


 リビングのソファで待機していたケンジは立ち上がって、玄関へと向かった。



 玄関の戸が開かれて、ついに、ケンジと、ツバキの両親が初対面を果たした。


「すみません、お邪魔させてもらってます。ツバキさんのイラストを担当させていただいております、鬼灯ほおずきケンジと申します」

「ああ、こんにちわ!あなたがケンジさんですか。初めまして。娘がお世話になってます」

「こんにちわ。娘から色々聞かせてもらってます~」


 ケンジとツバキの両親は、カバンやスーツを片付けた後に、リビングへと移動した。


 ケンジが、重々しく口を開いた。


「実は、お二人の娘さんに関してなのですが……」



 ケンジとツバキの両親は、リビングのテーブルを挟んでソファーに座り、向かい合って、今に至るまでの経緯を説明、確認し合った。


 ケンジが、旅行のお土産を届けに赤首家を訪ねたところ、佐紀音とリオンと会ったこと。二人は、現在、入浴中であるということ。佐紀音が精神をたいへん病んでいること。現状の家庭環境などなど……


 会話の流れで、両親には、佐紀音の自室の状況を確認してもらった。


「あ、あれ……この前までは、綺麗に片付いていたのに……」

「酷い臭いね……」

「わたくしは、ツバキさん本人から、掃除と片付けが苦手であると聞いておりましたが、これでは、心配ですね」


 階下のリビングへと戻った3人は、再び、テーブルを挟んで向き合った。


「仕事が忙しくて気にしてあげられなかったのが悪かったわ……」


 父の隣に座った母は、自らの肩を寄せて、手で顔を覆っている。父が「母さんだけの責任じゃないよ、僕も悪かった」と、励ますように背中をさすった。彼らの顔は、自責の念に苛まれ、悲痛に歪んでいた。


 二人が多忙であることを理解していたケンジは、言葉を吟味しながら、開口した。


「お母さま、お父さま、どうか気を落とされず。今回の件は、あなた方だけが原因ではありません。複数の因子が複雑に絡まり合って起こったことです。この機会に、お話を丁寧に聞いてあげることが、娘さんにとって、最も良いことかと思います」



 ケンジの進言に、母は「すみません……ご迷惑をおかけしました……」と、繰り返し頭を下げた。


「いえいえ。わたしにとってツバキさんは、【アーティスト仲間】であり、大切な存在ですから。わたしにお手伝いできることがあれば、お申し付けください」


 母は、何度も何度も、頭をテーブルに擦り付けるようにして「申し訳ありません……ありがとうございます」と、謝意と感謝とを繰り返した。


 ケンジと父母が電話番号やら、メールアドレスやらを交換していると、入浴を終えた佐紀音とリオンがリビングへやってきた。


「あ、おかえり、ママ、パパ……」

「あ、こんにちわ。今日もお邪魔させてもらってます、リオンでーす」


 黒いパジャマ姿になった佐紀音に、父と母が飛びついた。


「ああああ!!ツバキぃぃぃぃぃごめんよおおおおお!!!」

「え、え……何、どうしたの、パパ……?」

「私、お母さん失格ね」

「ちょっと、ママまで……」


 父は、大きく広い腕で我が娘を抱きしめて、母は、我が娘の左手首を、真綿を扱うように優しく撫でている。その腕には、リストカットの傷跡が残されている。


 父は、涙で顔を歪ませながら、顔を上げて、佐紀音と向き直った。


「ツバキ……今日は、好きなものを食べさせてやるぞ!何食べたい?デザートにはイチゴのショートケーキだよな!お父さんが買ってきてやるぞ!!」

「え、えっと……唐揚げと、すき焼き食べたい……」

「よしっ!!買ってくる!!」


 父は、スーツ姿のまま、玄関へと飛び出そうとした。


 その背後から、ケンジが渋い声を飛ばした。


「わたしもご一緒させていてだいても?」

「ええ、ケンジさんもぜひ!」



 父とケンジは、車を出して、買い出しに出かけて行った。

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