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似ているだけの世界

 私は、初めて鏡を越えた。


 見慣れた鏡、見慣れた歯磨き粉のチューブ、見慣れたお風呂場、見慣れた壁と天井がある。ここは、俊也が存在している世界。景色が、非常によく似ている。


「俊也……?」


 私は、未だにズキズキと痛む左手首を押さえながら、彼の名前を呼んだ。しかし、返事はない。夕日が窓から差し込んでいる。不気味なぐらいの静寂を抱えた洗面所を出た。



 リビングへ向かった。


 そこには、こちらの世界の母と父の姿があった。


「え……」


 絶句したのには、わけがある。


 座っていたのは、確かに父と母だった。けれど、その姿が微妙に異なっており、肌の質感が、鋼鉄のようだった。深紅の夕日を浴びて、輝いていたのだ。


――二人は、人間ではなく、ロボットだった。



「ママ?パパ?」


 恐る恐る、ソファーにぐったりと体を預ける二人に寄った。鳥の歌や車の気配の一片たりとも存在しない、恐ろしいまでの静寂に満ちていた。


 父が、機械的な音声を伝えた。



「どうした、【ツバキ】?」


 父は、心ここに有らずといった具合だった。目線は、テーブルの模様を数えているようだったし、【ツバキ】と名前を呼ぶ声も、どこか他人事のように聞こえた。


 そもそも、二人が顔を知らない私が、部屋を彷徨さまよい歩いていることに、違和感を感じていないようだった。



「しゅ、俊也――いや、ツバキくんは、いますか?」


 震えて、か細い声が、喉に絡まった。



「ここにいるじゃないか」


 ロボットに果てた父の指先は、私のことを指していた。



――私が、俊也?いや、私は、女の子のほうの【赤首ツバキ】だ。


 そうだ、私と俊也は、同じ人間だったんだ。彼は、ある日突然、鏡の向こう側に現れた、もう一人の、性別の違う私だったんだ。


 それを思い出した私は、家の中をくまなく探した。


 トイレの戸をノックしてみても、いない。彼の部屋は、無人だったし、洗面台の鏡、化粧台の鏡、手鏡などなど、あらゆる鏡を見てみても、映っているのは、【私】の世界。


 俊也は、この家のどこにも居なかった。



 私は、「ちょっと出かけてきます」と両親に告げて、玄関口へ。


――ロボットに【変身】してしまった二人は、いつも私に言ってくれる「いってらっしゃい」の一言も言ってくれなかった。


 鍵を開ける。


 開錠のガチャンという音が、とても大きく鳴ったように聞こえた。



「な、なにこれ……」


 そこに広がっていたのは、私が元居た世界とは、似ても似つかない世界だった。



 空に浮かぶ赤い太陽が流血していて、空を、地を、赤黒く染めあげている。その太陽の血と思しき赤黒いドロドロとした液体が、街に溢れていた。人の姿はなく、野鳥やペット、虫などの生き物の気配の一切もない、恐ろしいほどの静けさが広がっている。


 玄関先で、右往左往していた私に、女性の声が飛んできた。



「ツバキさん、乗って行かない?」


 声をかけてきたのは、腰にまで伸びる金髪が美しい女性だ。どこか神々しさを醸す白い衣装を身に纏っており、病的に細く白い腕は、指先から肩までが露出していた。下は、これまた白いスカートを履いている。



――彼女の顔は、狐のお面で隠されていた。


 そして、赤黒い液体の上を、舟に乗って、悠々と行く。


「あなたは一体……この世界って、何なんですか……?」

「まあまあ、この舟に乗って、それからゆっくり話そうじゃないか」

「ええ……」


 狐のお面の女は、舟の船尾に私を手招いている。


 この世界と元の世界とを繋ぐトンネルの役割を果たしている洗面所の鏡から、できるだけ離れたくない。けれど、このおかしな世界のどこかに、俊也がいるかもしれない。さらに、狐のお面の女は、何か知ってる風を吹かせている。



 目を泳がせ、「うーん……」と散々悩んだ末に、私は、ゆっくりと慎重に、女が乗っている舟に乗せてもらった。


 狐のお面の女は「出航~」と、少女然に高い声で言って、オールを漕ぎ出した。

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