第六十一章
アイリス姫の眉間に、稲妻のような皺が刻まれた。
「それで、ルナに甘えるの? ルナに慰めてもらうの? ええ、彼女なら、あなたが望めばそうしてくれるでしょう。あなたが望むだけ、甘やかしてくれるでしょう。でも、どうしてそれを私に断るの? あなたなら無理矢理それを決められるわ。あなたはだって国さえも欲しがったら与えられる立場なのだから……トルヴァドールのウィル……いいえ、ウィルフレッド兄様」
アイリス姫は椅子から立ち上がり、ウィルの、王太子ウィルフレッドの髪にそっと手を伸ばす。
「あなたは、私の誕生日に、この縫いぐるみをプレゼントして下さったウィルフレッド兄様は、こんな軽薄な髪色に染める人ではなかった。あなたは、私たちの憧れだった。なのに……」
ウィルフレッドはアイリス姫から視線を逸らした。
「僕は……私は一度たりとも、国を欲しがったことはないよ」
かつてウィルフレッドは親善大使として、ある国に赴いた。
アルカンド王国……立派な赤毛の王子と、大陸一と讃えられる美しいその妹が、彼を出迎えてくれた。
すっかり赤毛の王子、アレクシスに陶酔したウィルフレッドは、帰国後、つい誤った感想を漏らしてしまう。
「羨ましいほど美しい国でした」
それがどのように変質して伝わっていったのか、もう彼には分からない。
だが気が付けば、アルカンド王国侵略の軍が動き出していた。
ウィルフレッドは止めようとした。
だがその頃まだ成人していなかった彼には、その発言には力がなかった。
そして誕生する『英雄』。
『英雄』は不利な戦況を覆し、エリディス王国軍を全面撤退まで追いつめた。
だが彼の祖国エリディスは、『英雄』を和平会談の場に誘い出し、屈辱的な罪状で捕らえ、正義をなすと嘯き、処刑した。
『英雄』亡き国に再侵攻し、アルカンド王国を降伏させた。
ウィルフレッドは立場を捨てる。
彼は髪を染め、トルヴァドールのウィルとして、エンディミオン宮殿を放浪するようになった。
「あなたにルナは渡さないわ。ブッフバルト夫人なんて、何でもない」
アイリス姫の決意に満ちた眼差しを受け、ウイルフレッドはたじろぐだけだった。
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