第八章
「このガキが! 俺たち憲兵様に言いたいことを言いやがって!」と二人に余裕が戻る。
ルナを殴り飛ばしたからだろう。
「へ、ならこの娘に俺たちの損害を肩代わりしてもらおうぜ、ツラはまあまあだからな」
「そりゃあいい」
憲兵たちの笑顔が下卑たものになるが、マリアの勇気を振り絞った声が割り込んだ。
「待ちなさい! わたしたちはアイリス姫様付きの侍女です。わたしたちに手を挙げるなら、アイリス姫様に無礼を働いたのと同等です!」
二人の憲兵の顔が固まる。
「わたしはコルティ男爵家に縁のあるマリアです。この狼藉を男爵家は許しませんよ」
そう声を震わすマリアの侍女用の衣服の仕立ては良く、彼女が本当のことを言っていると分かるのだろう。
「何だ? まだなのか?」
面倒くさそうな声が上がり、街角からチュイとコトフより大柄な、年かさの男が現れた。
石畳から起き上がろうとしていたルナの作った笑顔が消え、流れる血が水銀のように変わった。
ルナは身震いする。
あの『男』だった。
忘れもしない、『あの時』嘘八百を並べた男だ。
ルナの脳裏に、かつての光景が蘇る。
被告人席で昂然と胸を張る誇り高い『あの人』。
集まった人々は当たり前のように『彼』を罵倒し、軽蔑にあざ笑う。
彼の無実をただ一人知る『彼女』の前で。
その男、ヘルトランドはその時、四年前はただの一憲兵だった。
「はい、この男です」ヘルトランドはぺらぺらと嘘を並べ立てる。
「この男が女性を強引に引っ張っていました」
彼女は見逃さない、ヘルトランドは証言してからにんまりと顔を笑みに歪めた。
一つの判決が下された。
何も出来なかった少女は、『あの人』が決定的に、徹底的に貶められる一部始終を、裁判という茶番の中で、目に焼きつけた。
最悪の判決に皆がせせら笑う。
嘘をついた者たちが満足げに肩を張る。
だが『あの人』はそれでも最後まで、視線を下げず胸を張り続けた。
「一体何をしている? 随分てこずるじゃねえか」
ヘルトランドの不機嫌な問いに、チュイたちが阿るように口を開いた。
「すんません、憲兵隊長……アイリス姫の侍女とやらが邪魔しまして」
──憲兵隊長? 随分な出世だな。裁判での偽証の功績か?
ルナの内心を知らず、ヘルトランドは太い眉をしかめる。
「アイリス姫? 侍女? 馬鹿野郎! 何のためにこんな人目のないところに連れ込んだんだ! ちっとは頭使えっ!」
ヘルトランドは剣の柄を撫でた。
──なるど。
ルナはそっと右手を、髪を纏めてある太い円筒形のかんざしへと伸ばした。
──ここでやる気なのか? 良いだろう。報いを受けるが良い。
ルナの笑顔はもう作ったものではない。圧倒的に有利な戦士のどう猛な笑みだ。
エンディミオン市街の裏路地に、ガラスのような緊張感が張り詰める。