第七章
「キャンっ! キャンっ!」と悲鳴は何度も上げる。
「え?」とさすがのマリアも立ちどまり、きゃろきゃろと辺りを見回す。
もうルナの足取りに迷いはなかった。
その場所にたどり着いた時、その光景を見た時、ルナの血は冷たく燃えた。
二人の革鎧を纏って武器を持つ兵士の前で、犬を連れた男が跪いていた。
「おらっ、こんな程度で住まされると思っているか?」
兵士の一人が、ひげ面を歪ませて男を蹴る。
「申し訳ありません。私のアインが」
まだ二十代だろう男は、犬を抱くようにして庇った。
若い男は貴族ではなさそうだが、それなりに良い身なりをしていた。
──だから目を付けられた。
ルナは当たりをつける。
「申し訳ないで済むかよ、このクソ犬は俺たち憲兵様に吠えたんだ、なあコトフ」
コトフと呼ばれた体格の良い方の兵士……憲兵は、大仰に頷く。
「ああ、チュイの言うとおりだ。俺たちは日がな一日この街の平和のために働いているんだ。なのに犬っころが吠えやがって」
「そ、それはあなた方が、この犬を蹴ったから……」
「んだと?」ひげ面のチュイの手が剣の柄に伸び、若い男は慌てる。
「い、いえ何でもありません。私のしつけがなっておりませんでした」
「ああそうだ、俺達がしつけてやる」
ひげ面のチュイと大柄のコトフの脚が、容赦なく跪く男に打ち下ろされる。
「キャンっ!」主人の窮地を悟ってか、犬が悲しそうな声を出した。
マリアが背後で息を呑むが、ルナは進み出ていた。
「辞めなさい!」
彼女は躊躇なく、二人の武装した男に声をかける。
「ああ?」チュイは近づいてくるルナに眉をしかめるが、彼女には関係なかった。
「憲兵、と言うのは悪事を行った悪人を裁いて街の平和を守る、勇敢なものだと思っていました」
「何だ? この娘」
コトフが訝しがる。
まだルナは作り笑顔を作っている。だがそれは彼らには侮蔑と写っているはずだ。
「でも違ったようね。犬に吠えられただけで驚いて、無為な暴力を振るう……何てか弱い人たちなんでしょう」
「何だと!」ルナの挑発に、易々と二人は乗り、気色ばむ。
「だ、ダメよ、ルナ!」
マリアが後ろから制してくるが、構わないルナは、跪く男と憲兵たちの間、男たちの目の前まで歩を進める。
怒りで赤くなっている二人の憲兵の顔を、眼鏡のガラス越しにルナは見つめた。
「そんなに犬が恐くてたまらないなら、犬よけの香料でも塗っておきなさい」
止めの言葉に、ひげ面のチュイが遂に手を挙げた。
ばちり、とルナは頬を叩かれ、眼鏡が外れ彼女の身体も石畳に吹っ飛ばされる。
「いてっ」とその瞬間、チュイの顔が険しくなるが、彼は腕でも捻ったと思いこんでいるはずだ。