第六章
「オータンの店は他の貴族も贔屓にしている腕利きだから、きっとルナにも素敵な服を作って下さるわ」
素敵な服……マリアと同じデザインの侍女の制服だろう、と野暮な台詞をルナは口にしなかった。
ただマリアに続いて、何となく石畳を歩いていて、気づいた。
「マリア……どこに行くの? 馬車に乗って宮殿に帰るんじゃないの?」
馬車が停車している方向と反対に、彼女は進んでいるのだ。
「うふふふ」とマリアは笑う。
「せっかく街に来ているのにこれで帰るなんて詰まらないでしょ? わたし、とっておきの情報を仕入れているの。他の侍女たちから」
「……情報?」
「そう、シュークリームって知っている?」
「シュー……クリーム?」
「そ、パイのような生地でクリームを包んであるお菓子らしいの。最近この街で流行っているんですって……大丈夫!」
ぐっとマリアは両手で拳を作る。
「御者のおじさんには話をつけてあるから、少しの自由時間はあるわ」
ルナはマリアのきらきらした目に呆れた。
何か話していると思っていたが、マリアは御者とさぼりについての計画をしていたのだ。
ただ……、
──シュークリーム……どんなお菓子だろう……甘ければいいな。
それを思うと、作り笑顔でなく、本当の笑顔になりそうだ。
「聞いたお店はこっちだよ!」
小鳥のように跳びはねるマリアを、ルナは黙って追った。
「この裏通りを通った方が早道らしいの」
迷い無く建物の間をすり抜けるマリアに、ルナは少し心配になる。
裏通りは人の姿もなく、表通りより少し荒れている。乙女としてそんな道を選ぶのは自衛的に良くない。
「マリア……」ルナはこの闊達で無謀な少女に忠告しようとした。
「キャン!」と悲しそうな犬の鳴き声が聞こえたのはその時だった。