第四章
ウィルは頬を叩かれたことが理解できないように、ぽかんとした顔をしている。
「これを『お礼』とさせて頂きます」
「ルナっ!」かなり驚いたのだろう、マリアの声が高い。
「ウィル様、でしたね? あまり他人を試すようなことをなさらないで下さい、では」
ルナは立ちつくすトルヴァドールに丁寧に挨拶すると歩き出す。
「びっくりしたー」背に続いていたマリアが大きな息を吐く。
「ウィル様にあんなことをしたのはあなたが初めてよ」
「では、随分甘い場所だったんですね」
「ふーん、ルナって変わっているのね」
マリアは妙に感心し、ルナを宮殿の外に誘った。
広大な芝と人工池、噴水の庭が広がっていた。
エンディミオン宮殿は、四季に応じて庭の様相を変えるのでも有名で、その度に何人もの庭師が作業する。
ルナに言わせれば、贅沢なだけの出費だが。
「こっち」マリアが示した先には、馬車が待っていた。
バルーシュと呼ばれる二人用の馬車で、御者の老紳士が帽子を取って歓迎してくれる。
「ファンニ様から馬車の使用を許可されているの」
心底楽しいという風に、マリアが言う。
馬車は二人が乗ると走り出し、庭園を横断し、たどり着いた門を門兵に開けてもらって、二人は場所とエンディミオン宮殿の敷地から出る。
途端に客寄せのための大声が聞こえた。
エンディミオン宮殿の門の外には、沢山の露天が並んでいる。
宮殿は必然的に貴族や使用人たちが集まる場所になるので、商魂逞しい商売人が、いつの頃からか集まるようになったのだ。
「すごいでしょ」マリアは何故か自慢げだ。
「ここらでは大抵のものが手にはいるのよ。美味しいお菓子もあるし」
お菓子は良いなあ、とぼんやり考えながら、ルナは木と粗末な布で形成されている露店のいくつかを見回した。
──甘いものは、チョコレートはないのかな? あったら寄ってくれるのかな?
だが今回はこの場所には関係ないらしく、馬車は止まらず素通りして、そのままエンディミオンの街へと駆けた。