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聖者の行進  作者: キリギリス
第一章 運命の出会い
4/6

同類

あらすじ



深紅の魔女、ブラッディー・ローズと呼ばれるマギの魔導士ローズ、日々魔獣討伐の任務をこなす彼女はある日、マギの仲間であるエルシドからの依頼で、神託の巫女と呼ばれる少女を保護する為に共にラウル島にあるヨークの町に行くことになる。


ラウル島に渡るための船に乗るため、ソルトの街に向かうローズ達、だが街に着くと対岸に見えるヨークの町が黒い霧に包まれるという異変が起きていた。


ローズ達は異変に対処するため、船に乗りヨークに向かう。


だがその最中、黒い霧に包まれたヨークの町から1隻の連絡船が出航した。


町から黒い霧を引き連れ進む連絡船、ローズ達は確信する、出航してきたその船に霧の元凶が乗っていると。


ローズ達は、こちらに向かって進行する連絡船を止める為、連絡船に乗り込むと、その船の中には・・一匹の魔獣が座り込んでいた。






現在情報での人物紹介




ローズ  黒革の手袋と黒い軍服コートを身に纏う女性。深紅の魔女ブラッディー・ローズと呼ばれるマギの魔導士。




エルシド  マギの魔導士にしてローズの数少ない味方。ボサボサ頭とヨレヨレの服が特徴。




ティティ  エルシドの従者にしてマギの魔導士。活発的な女の子で子供と呼ばれると怒る、大きなカバンを掛けているのが特徴。




フレイ  ヨークの町に住む活発的な少女。ローズ達からは神託の巫女とも呼ばれている。 









「ひヒヒ・・あな・・たはどンナキレいなお、おとを・・きカセてくれるの・・おにん・・・ぎょ・・さん・・」



ふらふらと体を大きく揺らし立ち上がる女性・・否、「魔獣」。首をもたげ、上目遣いにローズを見つめる。開いた瞳孔、血に塗れた赤い微笑み・・その表情は人では成せない狂気に染まっていた。



「・・ハヒィ、ィィィイイッツヒッヒッヒッ」



顔に着く血をベロリと舌を出し舐めると、魔獣の屈託のない笑みが溢れ落ち歓喜の声が上げる、無機質で不愉快な笑い声。だがそんな声をもローズは表情一つ変えず静かに聞きながら、自身の両手に嵌められた黒革の手袋を外し始める。



手袋の内に隠された、彼女の「武器」が姿を現した。



魔が宿りし青白い双拳。鋭く、ゴツゴツとしたその姿はまるで猛禽類・・否、悪魔が宿っていた。



ローズは剥き出しにされた己が手に力を込め状態の確認をし終えると、殺意を宿した目線を魔獣に向けて、体を半身に構え重心を前に移し戦闘態勢に入った。



今にも飛び掛かりそうな姿勢を見せるローズに対し、魔獣は棒立ちのまま嬉しそうに笑みを浮かべ、手を差し伸べるようにして片腕を前に伸ばす。



「アアッ・・・きレイナ・・おとヲ・・ちょうダイ・・チョウだい・・・」



「・・そんなに聞きたいのか?、なら聞かせてやるよ・・」



ローズは大きく前かがみになると地面を強く踏みこみ魔獣に飛び掛かった。



「お前の音色(悲鳴)をな・・っ」



ローズは距離を詰めると差し出された魔獣の腕を軽く搔い潜り瞬く間に相手の懐に入りこむ、そして間髪入れずに内側からその差し出される腕を片手で掴み、体当たりするように自身の体を力強く魔獣に叩きつけた。



浴びせられる体当たり、その威力大きく、魔獣は体を浮かせ後方に吹き飛ぶ。



・・だが、ローズはそれを許さなかった。



グンッ!。ローズはその場で力強く踏ん張ると掴んでいた腕一本で宙に浮き、後方に吹き飛ぼうとする魔獣を無理やりその場に引き戻す。



「・・・誰が離れて良いと言った?」



バランスが崩れよろめく魔獣に追撃態勢に入る、体を大きく捻り、腕を掴んでいないもう片方の手を後ろに引き構えると。5本の指を真っすぐと伸ばし、力を込めた。



「失せろ・・・っ!」



ブォンッッ!。全力を持って振りぬかれた腕は槍と化し、風を切り裂きながら一直線に突き進むと魔獣目掛けて襲い掛かる。魔獣の現状からでは回避不能の必殺の一撃のはず・・だが。



魔獣は嬉しそうに口を開いた。



「・・オ・・・オド・・ロ・・キヒヒ・・」



魔獣は空いている片方の手でローズに掴まれた自身の腕を勢いよく殴りつける。



「・・ッ!?」



殴られた腕がメキメキと音を立て鳴く。そしてローズの攻撃が直撃する寸前の所で、後ろに跳ねるように魔獣は力強くステップすると自身が殴りつけた個所から腕がメキバキと不愉快な音を立て引きちぎれた。



「こいつ自分の腕を・・!」



振り抜かれたローズの腕は空を切り裂く。その異常な回避方法に僅かに動揺するが直ぐに次の一手を打った。手に残った腕の残骸を放り投げると後ろにステップする魔獣に対し、急いで距離を縮め追撃しようと試みた。



「ヒッ・・ヒッ・・・・」



魔獣は大きく目を見開く。すると突如として船を包む瘴気が2人の周りに吸い寄せられ、聖光により薄まっていた辺りの瘴気の密度が急激に濃くなり始めた。



「この魔獣、瘴気の中に身を隠そうとしている・・!」



魔獣の狙いを悟ったローズは逃がすまいと拳を握る。だが既に魔獣は瘴気の中に溶け込み消えて行こうとしていた。




・・この一撃、間に合うか・・・っ?




ローズは微かに見える魔獣の顔目掛けて拳を振るう。だが拳が当たる前に魔獣は瘴気の中に完全に姿を消すと、ローズの拳は再度空を切った。



「・・・・逃がしたか」



「・・ギヒィ・・ヒヒィ・・・」



空振りの余力から体勢を崩すローズの姿をあざ笑うかのように、不気味な笑い声だけを残し瘴気の中に消えて行った魔獣。濃度を増す瘴気は遂に魔法石の欠片から放出される聖光さえも飲み込みローズの視界を奪っていった。



「・・・・不利と見て隠れたか、・・こいつ、悪知恵が働くな。この瘴気の濃さでは・・床に散った聖光程度では浄化が間に合わない・・」



瘴気に包まれ、少し先さえも見えない闇の中、魔獣の狂気に満ちた途切れ途切れの笑い声だけが聞こえてくる。緊迫した空気の中、ローズは足元に僅かに見えた魔法石の欠片を拾い上げ、手の平に乗せて顔の前に突き出す、すると少しだが、目の前の瘴気が欠片から溢れ出る聖光に浄化され視界が広がった。



「・・・多少だが視界は広がるか、・・これでやるしかないな・・」



「イヒ・・イヒヒ・・、ア・・・アソボ?・・・・オドロ・・?、オ・・オド・・レェ・・?」



魔獣の不気味な声と共に、ガリガリガリと重い何かを引きずる不快な音が聞こえてくる。・・だがそれらの音が一体どこから聞こえてくるのか・・何を引きずっているのかまでは瘴気に視界を奪われるローズにはわからなかった。だがそれでもわかることは1つあった、その引きずる音は・・狂気を引き連れ、確実にこちらに近づいてきているという事だった。



ガリガリガリガリ・・・ドスンッ!。



・・・・近いっ!、ローズはその音に反応しその場で身構えた。



・・・・トッ・・トッ・・トッ・・。



雑音が消えた静寂の中を、1つの歩く音だけが聞こえてくる。慌てず、ゆっくりと歩むその音が、視界を奪われたローズの神経を研ぎ澄ましていく。



ローズの握る拳に段々と力が込められる。



・・・・トッ・・トッ・・トッ・・・・・・・・・・・・。



歩む音が止まった、・・そして、何処からともなく。



「・・・・オドリマショ」



耳元で囁くような小さな声が聞こえた。




・・・・ッ!?




次の瞬間、右側面の瘴気が大きく動くと中から魔獣が姿を現しローズに向かって腕を振り抜いた。魔獣の奇襲攻撃、だが攻撃に備えていたローズはそれをギリギリの所で躱すと力を込めた腕を振り抜き反撃する。だが反射的に放たれた甘い攻撃は魔獣に触れることはなく、難なく躱させると魔獣はまた瘴気の中に消えていった。



「ちぃっ、駄目か。こんな甘い攻撃じゃ当たらない、それに例え命中したとしても、これでは間違いなく仕留められない・・!」



視界不良の中で四方から繰り出される魔獣の矢継ぎ早な攻撃。だがローズはその猛攻に冷静に対処する。横から伸びる手には上半身をのけ反らせ躱し、後ろから来る蹴り足には手に乗せる欠片を落とさぬよう手首をうまく使い、片足を軸に体を回し攻撃を受け流した。



「・・・・ヒィアアァァアァァ・・・ジョ・・ウズゥゥウウ・・」




予想以上に速いな、右から来たと思ったらすぐに左から攻撃が来る。・・・もし奴が「本気」で来ていたら・・・何発かは喰らっていたな。




絶え間なく続く魔獣の熾烈な攻撃を見定めるように慎重に捌いていくローズ、この激しい攻撃の最中で何かを掴んだのか。今までギリギリで魔獣の攻撃を躱していたのが少しずつ前で、段々と余裕を持って躱すようになっていた。




・・・・こいつ(魔獣)の動きが教えてくれる、繰り出される攻撃の鋭さが・・踏み込みの浅さをな。



今繰り出されている攻撃は見せかけ、本気で仕留めようとしていない。こいつはこの優位な状況を楽しんでいる。生殺与奪の権利を自分が握っていると考え・・・私で、遊んでやがる・・。



・・・舐めたその代償・・償わせてやるよ・・すぐにな・・。




ローズが攻撃を躱すと目に見えないはずの先・・「瘴気の先」を睨みつける、その視線に何かを感じ取ったのか、魔獣の攻撃が一瞬止まった。そしてその僅かな間を境に、今までの動きよりも早く、鋭い攻撃が瘴気の中より繰り出される。




私の視線で気付いたか、だが・・今更もう遅い。お前は私に見せすぎた、お前が攻撃に動いた時の瘴気の流れ、空気の動きをな。



・・・聖光で生まれたこの小さな空間、この僅かに瘴気が薄まっている空間のおかげで「流れ」を計ることが出来た、瘴気の流れをな。



今なら見ずともお前の動き、おおよその居場所が分かる。次に相応な攻撃が来たら・・確実に仕留める。




幾重にも繰り出される攻撃をローズが捌いていると、正面から顔目掛けて今までよりも勢いよく、飛んで来るように腕が伸びてきた。



「・・・我慢できなかったようだな」



ローズはこの攻撃を待っていた、この攻撃の鋭さは奴が今まで以上に踏み込んで攻撃している証、奴は回避する姿勢になっていない。ならばこの攻撃に私の渾身の一撃をカウンターで合わせれば・・殺れる。



ローズは迫りくる攻撃を引きつけ寸前の所で躱すと、右腕に力を込め歯を食いしばった。



「・・死にやがれ・・・ッ!」



伸びてくる魔獣の腕と自分の右腕を交差するようにして拳を放つ。



全体重を乗せ、前のめりに打ち込まれるカウンターの一撃。「捉えたっ」、確信と共に瘴気に消える右腕、だが・・拳の先から伝わるはずの魔獣の感触が・・伝わってはこなかった。



「・・なにッ!?」




あり得ない、この攻撃の鋭さ・・奴は間違いなく踏み込んでいるはず、何故奴はこの瘴気の先にいない・・・っ!?。




突如として突きつけられた謎に困惑するローズだったがその答えは以外にもすぐに判明した、交差する怪物の腕がローズの顔の横を信じられないことにそのまま通り過ぎたのだ。



「・・これは、この腕は・・っ!?」



一瞬の驚きの後、ローズは理解する。魔獣は踏み込んではいない、戦いの最初にちぎれた腕を、私を釣るための餌として投げたのだと。



「・・ギ、ヒィッ」



魔獣の歪んだ声が僅かに聞こえた次の瞬間、瘴気に飲み込まれた拳の下から強烈な蹴り足が飛んできた。



「ガァッッ!!」



魔獣の蹴りが突き上げるようにしてローズの腹部に突き刺さる。強烈な衝撃と共に骨の軋む音が体を駆け巡るとくぐもった声と共に口から血を吐いた。



「・・グゥ・・・アァッ・・・」



無防備の状態に撃ち込まれた強烈な一撃。突き刺さる足が腹部から抜けるとくの字に曲がったローズの体がふわりと宙を舞い、その後地面に落ちるようにして倒れこんだ。



カラン、カラン・・・。



倒れた際の衝撃でその手に乗せていた魔法石の欠片はローズの手から離れ甲板を転がり、瘴気の中に消える。



「・・・クソォ・・野郎ッ・・・・!」



欠片を失ってしまい状況は悪化する、ローズの目の前の瘴気が濃くなると視界を奪ったのだ。先程まで同様の戦いはもうできない・・、だがその事を憂う暇もなく、間髪入れずに倒れこむローズに対しある感覚が襲う、その感覚は「魔獣」相手ならば絶対に感じることのない、ありえない感覚だった。




・・・・この波動(魔力)の高鳴りッ・・!。まさか、魔力を溜めているのか!?、「魔力を完全に操れるのか」・・こいつは・・ッ!。




その事実に気付き朦朧としていた意識が急速に覚醒する。魔力を溜める者が次に取る行動は1つしかない。ローズは高まる魔力に対抗するべく急いで立ち上がろうと体を動かした次の瞬間、視界を覆う瘴気を切り裂き、巨大な鉄塊がローズの眼前に出現した。



「キヒヒヒヒヒヒッ!!」



「さっき引きずってたのはこれか!?」




鉄塊は倒れこむローズ目掛けて無慈悲にも振り下ろされる。突如としてその迫る脅威に、ローズは咄嗟に防ごうと反射的に手を前に出し鉄塊を掴んだ。




・・この鉄の塊は・・・錨ッ?、それにこの威力・・やはり魔力が錨に込められて・・・・!。




迫りくる鉄塊の正体に気付いた次の瞬間、振り降ろされた錨は抵抗するローズを圧し潰した、そして次の瞬間・・衝撃と共に大きな爆発を起こし船の甲板に突き刺さったのだった。









甲板を破壊する轟音は船は疎か海上まで響き渡り、発した衝撃波は船を包む瘴気をも吹き飛ばした。破壊された船の甲板上で、足場を失いバキバキと大きな音を立て倒れる帆柱。その光景は・・魔獣の力を雄弁に語っていた。



魔獣が突き刺した錨は固い甲板を容易に貫き吹き飛ばすと、船は衝撃箇所を中心にくり抜かれたように抉れ、無数の残骸と共に魔獣共々船内に落ちて行った。



「コワェタ・・コワレタ・・ニンギョ・・・ウ?・・エヒヒヒヒ!」



船内に落ちた魔獣は顔を大きく上下させ辺りを見渡す。上を見れば破壊された甲板の光景、下を見れば大量の残骸と船に浸水する海水。



満足げに笑みを浮かべると、魔獣はクルリと何度も回りながら足に掛かる海水を飛び跳ねパシャパシャと鳴らす。



「キヒィ!イヒッ・・ィィィイイイイ”イ”!!」



言葉では表現しきれない喜びを体で表現する魔獣。その様子はまるで無邪気な子供の様に、何度も何度も飛び跳ねては不気味な笑い声を船に響かせた・・・その時だった。



「・・・・・・・まだだ、・・まだ私は、死んでない・・」



何処からともなく聞こえてくる声、その声に魔獣の動きが・・そして笑い声がピタリと止んだ。ゆっくりと、嬉しそうな顔で崩壊し、残骸の積み上げられた場所を見る。



「・・・まさか魔獣の癖して完全に魔力を操れるとはな。危なかった・・もし振るわれたのが「普通の鋼鉄」でなければ・・致命的な一撃になっていた」



積み上げられた船の残骸が爆発し吹き飛ぶと、その中心からローズの姿が現れた。



「・・・残念だがこんな「柔らかい」のでは・・私は壊せないぞ」



彼女が目線を右手に移す、その手にはひしゃげた錨が無造作に握られていた、錨を地面に落とすと重い音が鳴り響く。



「それにしても・・何処までも驚かしてくれるよ・・お前は。人の姿をし、不快だが言葉も話す、そして極めつけは自身の魔力を操るんだ、「魔獣」ではそんな事は出来ない・・こんなことが出来るのは一部の「人間」。・・そう、形姿と言動がもう少し真面ならお前は「魔導士」・・・「人」だ、お前は・・「魔獣」ではない。」



魔獣の攻撃で破損した自身の服に目線を落とすと、埃を払う様に何度も服を手で叩きながら更に言葉を紡いでいく。



「・・・だが、「瘴気を操れる人間」はこの世に存在しない、その事からお前は間違いなく人間ではない。「人」でもなければ「魔獣」でもない、・・どちらにもなり切れてない中途半端で異質な存在。そういうモノをなんていうか知っているか?、・・・・・「化け物」、だよ」



何処か嬉しそうに言葉を口にするローズ、血交じりの唾をペッと吐き出すと綺麗にした服の袖で口から垂れる血を拭い、「魔獣」ではなく、「化け物」と呼んだモノに対し視線を向ける。



「ならばお前は・・・私と同じ、「同類」。後れを取るのも当然だ・・対魔獣の戦い方をしていたんだからな・・私は」



「・・・ヒヒ・・ウレシイ・・・・・・ギヒヒ・・」



「・・同意見だ。・・・さあ化け物本気で来い・・ここからは私も・・・本気で行く。・・始めるぞ・・「化け物同士」の戦いを・・今からな」



「ギャハハハハハ!ゴワスッ!コワスウゥッッ!!」



化け物が雄叫びにも声を上げると、先程の衝撃で吹き飛んだ瘴気が再度2人の周りに集まり、漂い始めた。



「ギヒ・・・・ヒヒヒッ」



2人を包む瘴気の濃度が上がると先程までと同様に化け物の姿が消えていく。瘴気に支配される船内、薄れゆく化け物に対しローズはまたかと言いたそうに口を開いた。



「・・・私をガッカリさせるなよ、勿論・・・違うよな?」



ローズの声に呼応するかのようにして、辺りを漂う瘴気が大きなうねりとなり動き出すと瘴気は蛇の様な姿に形を変え、瘴気の奥にいる化け物に勢いよく吸い込まれていく。



「・・・そうだ、それでいい、そうでなければ・・化け物は務まらない」



大量の瘴気が化け物の体に流れ込むと、黒いオーラが体から噴き上がる。増幅する自身の力に喜び打ち震えているのか、体を大きく震わせると焦点の合わない目を大きく見開き、声にもならない狂気の叫びを高らかに荒げ、欠損した片腕を空に突き上げた。



・・・・ブ、・・・・ブブ・・・ブブブブ・・ブブ・・・



突き上げられた腕から虫の羽音の様な不快な音が聞こえてくると無くなった腕の断面から体に取り込んだ大量の瘴気が溢れ出す、溢れた瘴気は段々と腕を形作り遂には化け物の意志の元動き始める黒腕となったのだ。



ローズはその化け物の挙動を見て拳を握りしめると体に力を込めた。



「・・この「力」を使うのも、「あの時」以来か・・・・・いくぞ」



ローズはゆっくりと瞼を閉じると、意識を自身の奥底に眠る魔力に集中させる。




・・・・大丈夫だ、信じろ。やれることはしてきた、あの時の私とは・・違うんだ、今の私ならば「アイツ」のようにはならない・・必ず・・制御できるっ!!。




ローズの瞼が決意と共に開かれた時、姿を現した瞳が深紅の色を宿す。体内の奥底より湧き上がる魔力に呼応し、体に刻み込まれた「力」は深紅の光を放つと魔力は体内で爆発し体から噴出する。



体を染める光、美しくも恐ろしい深紅の光が彼女の来訪を告げた。




深紅の魔女(ブラッディー・ローズ)と呼ばれる化け物の戦いが、今始まる。









「・・ぐうッ!、・・・ガハッ・・・ガァァアアア”ア”ッ!!」



深紅の光が片目(左目)に宿り、今まで見えずにいた「刻印()」が体に浮かび上がると苦しみの表情を浮かべ、空に向かい咆哮する。



刻印は顔にも刻まれており、破れる服の隙間からさえも見える。その様子から刻印は腕、背中、足、と彼女の全身に刻み込まれているのが分かった。



刻印の光は彼女の体を徐々に深紅に染め上げる。苦しみ上げるうめき声、だがその声も・・彼女の全身が深紅に染まるに比例して段々と熱を帯びた吐息だけに変わっていくのだった。




・・・・・・熱い・・・体の中も・・外も・・炎に・・・。・・燃え盛る・・・駄目だ・・・・・業炎が・・私の意識を・・・・・・・・・私を飲み込んで・・い・・・く・・・・。




刻印の赤い光、それは彼女の魔力。刻印から噴出する赤い魔力の波動(オーラ)が次第に落ち着きを見せると、噴き上がるオーラは次第に無数の赤い茨に形を変化させ具現化した。そしてその赤い茨はローズの体をなぞりながらローズに纏わりついた。



力の解放による想像以上の疲労感、体を走る衝動にローズは苦しそうに胸を抑えると体を丸めた。




・・・・・・この昂る気持ち、燃え滾るこの感情・・私は・・・・・アイツとは・・・・・違う・・・・のに・・・・・・・・。




自身の心を燃やし尽くさんとする感情に抗うローズ。胸を抑え、俯きながらもなんとか重い足取りで一歩前に踏み出した・・だがその瞬間、化け物は機先を制し動き出した。



「ギャハァァアアァァアアアッ!!」



高らかに上げた瘴気の黒腕を大きく振り降ろす、すると黒腕は鞭の様に波打ちながら勢いよく弧を描き伸びるとローズ目掛けて襲い掛かった。



風を切り裂きうなりを上げ、頭上から襲い来る瘴気の腕。だが、下を向いたローズにはその攻撃が見えておらず、ただ無防備なまま・・ゆっくりと前に歩を進めていた。



迫る化け物の黒腕、死を告げる一撃がローズの頭上に振り降ろされようとした・・まさにその時だった。



・・ッ!。ビシュンッッ!!



ローズの体に巻き付いていた赤い茨が、まるで己が意志があるかのように突如として動き出すと、迫りくる腕に向かって素早く飛びつき、直撃する寸前の所で絡みつき攻撃を止めたのだ。



「・・ハヒッ・・?」



攻撃を防ぐ赤い茨はそのまま黒腕に喰いこむと、黒腕の形が変形する程に絞り上げる、そして限界を迎えた瘴気の腕は赤い茨に切り裂かれ、バシュン!と音を上げ消滅した。



消え去る瘴気の黒腕、化け物は動きを止め、消えた腕を不思議そうに見つめる、その表情からは先程の笑顔は既に消えていた。



「・・アアァァアアアアッ・・ナイッ!・・・・ィィィイイ!!」



化け物は怒りの声を上げるとその場で残された片腕を高らかに上げた。すると・・・。



・・ゥウウウゥゥ・・ウウウ”ウ”ウ”・・・ゥゥウウアアア・・・



何処からともなく小さなうめき声の様な声が聞こえてくる、苦しみ悶えるその声が徐々に大きくなるにつれ、化け物の足元から煙の様に黒い瘴気が立ち昇る。



声の正体は化け物の発する瘴気の音。瘴気はうめき声にも似た音を発し、掲げられる掌に向かって体を伝い昇っていった、化け物は掌に自身の魔力である瘴気を集めていたのだ。



「・・・ヒッ・・ヒヒヒヒ・・・」



掌に生まれた大きな魔力の塊、化け物はその掌に出来た球体を握りつぶす様に握ると、球体から鳴るうめき声は甲高い悲鳴へと変わり急速に圧縮される。そして大きかった球体は、遂には手の中に収まるほど小さくなった。



「・・シネ、・・シネッ、・・シネッッ!」



化け物は勝ち誇ったかのように笑みを浮かべると見せびらかす様に魔力の球体を握った手をローズに突きつけた。それはこの攻撃に対する自信から来るものだろう。・・体を纏う瘴気、辺りを漂う瘴気は既になく、化け物の全魔力は、手の中に握られた魔力の球体、「魔球」に集まっていた。



自身に突きつけられた強力な魔力を感じ取ったのか、ローズはピタリと歩みを止めると胸を抑えていた手を外し、そのまま力なく両手を垂らした。何も言わず静かに肩を震わせながら俯き、熱を帯びた白い吐息がローズの顔を撫でる。



「コワレロォォオオオ!!」



化け物は狂気の眼差しを向けると声を荒げ、ローズに向けて魔球を放った。手を離れた魔球は耳障りな音と共に風を巻き上げ、埃、船の残骸をその闇に吸い込みながらローズに迫る。




・・もう・・・・・・・我慢・・・出来ない・・・。




魔球の影響を受け船体がバキバキと大きな破壊音を鳴らし震え出す。だがそれでも・・ローズは動かない。



「ギヒヒヒッ!!」




・・・・・・・見たい・・・・・・・。



化け物が遠くから手を力強く握りしめると魔球は更に圧縮を始める。その限界を超える圧力に、鳴り響く悲鳴は慟哭へと変わる。



そして遂に限界を迎え・・魔球は圧縮を止めた、掌に収まる程度の大きさだったのが今では小さなガラス玉サイズにまで小さくなっている。魔球は風を巻き上げるのを止め、慟哭は止んだ。一瞬生まれた静寂、心も凍らすほどのその恐怖に満ちた静寂の中で・・化け物は静かに呟いた。



「・・・シネェェ・・・・」



化け物が閉じた手を勢いよくパッと開くと、魔球は叫び鈍く光ると爆発的に膨張する。化け物から掛けれていた圧力、その力から解放されたのだ。



勝ち誇る化け物、臨界点を超えた魔球が眩いばかりの光を放ち今、爆発する。ローズは疎か船諸共吹き飛ばさんとする一撃。この戦いの終わるその瞬間を逃さず見ようと化け物が目を向けたその時だった。



・・見せろ・・・・私に見せてくれ・・。



遂にローズはその俯いた顔を上げ化け物に表情を見せる、そのローズの見せる表情に、化け物の表情が・・狂気が消えた。




「・・・・・お前の・・顔を・・・」




爆発しようと急激に膨張する魔球に素早く左腕を伸ばし掴みかかると、そのまま手に力を込め膨張する魔球を握りしめた。



「・・・・ッ・・ック・・ク・・クク・・アッハッハッハッハッ!、・・愛おしいなぁ・・この感触!!」



握り潰そうと込められる力、それに対し膨張し爆発しようとする魔球の力、両方の想像を絶する力が激しくぶつかり合う。



「伝わるよお前の気持ちが、勝負を決めようとしたんだろ?この一撃で・・この練り上げられた魔力に触れれば分かるよ・・・本気さを感じる、この必死に練り上げられた・・・脆弱な魔力に触れたらなあっ・・!」



膨張しようと抵抗する魔力の球体に指が喰いこみ、球体の形が徐々に歪な形に変わっていく。



「なぁ・・なあっ!・・そんな顔しないでくれよ、さっきみたくさ・・笑えよ・・同類・・・・・・・・ほらっ、さっきのお前みたいに、そして今の私のようにさ・・・」



突如として豹変したローズの態度、そして彼女の言葉通り勝負を決める為に放たれた必殺の魔法が片手で防がれているその光景、何が起こっているのかわからないのか呆然と立ち尽くす化け物とは対照的に、ローズは冷淡な笑みを浮かべた。



「懸命に抗う虫を容赦なく踏みつぶす時の様に、勝てないと悟り血反吐を吐きながら逃げようとする魔獣を見ている時の様にっ!。・・・自分が化け物なんだと、奪う側なんだと自負して笑えッッ!!、・・・・・あははははははははははは」



「・・・・・・ヒ・・ヒッヒ・・・・・・・ヒ・・・」



ローズの手がゆっくりと、愛おしいものを握りしめるように優しく・・段々と閉じていく、膨張していた魔力の球体はローズの力により放たれた時よりも小さく圧縮され・・・そして・・。



ウ”ア”ア”ァァァアアアアァァァッ!!・・・・バアンッ!!



魔力の球体はローズの手の中で握り潰されると鳴り響く慟哭は煙と共に消えさった。ローズは口角を上げ立ち尽くす化け物に視線を向けると、魔球を握り潰した手を広げて顔の前に持ってくるとペロリと掌を舐めて見せた。



「ハハハハッ・・・・・ハァ、この瞬間が・・・・・何よりも気持ちがいい。真正面から全力で向かって来る相手を力でねじ伏せた時に感じるこの感覚、自分が絶対強者なんだと再認識するこの瞬間が・・・・そしてなによりも・・・」



「・・ヒッ・・ヒヒ・・・」



「・・・その顔だ、よかった、同じ化け物でも・・見せてくれるんだな」



ローズは嬉しそうに、優しく化け物に声を掛けた。



「死を突きつけられ恐怖に引きつった顔・・絶望した顔・・その表情を見ると背筋がゾクゾクして止まらない、全身に鳥肌が立つ程・・・・興奮する」



1歩、2歩と後ずさりをする化け物、その姿にローズは両腕を広げると無防備に歩み寄った。



「・・・恐がらなくていい、ほら、こっちにおいで・・お前も最初見せてくれただろ?・・それと同じく私もお前を人形の様にして・・大切に遊んで・・可愛がってやるよ・・・・・」



「・・・・ヒ・・・ヒヒ・ィ・・ィィ!!」



ドンッ!、化け物は勢いよく地面を蹴り上げると甲板に向かってジャンプをした。それは体勢を立て直すためではなく、明らかに目の前の危機から逃げるための本能の行動だった。



・・・・だが、地を離れた瞬間、化け物は二度と地面に足を着くことは無かった。



・・・・ボタ・・ボタ・・ボタ・・・



「・・・・・逃がすわけないだろ」



ローズの左腕を黒い液体が伝い地面にしたたり落ちる。液体が伝う腕の先を見るとその先には化け物の胸元がくっついていた。



ローズの腕が、逃げようと地を離れた瞬間の化け物の体を貫いていたのだ。貫かれた腕に支えられ、化け物の体が宙を浮く。



「ギ・・・ガア・・アアァァァア”ア”ア”ア”!!」



何処までも続く断末魔、その醜い声を聞きながらにローズは淡々と呟いた。



「・・・私からのアドバイスだ、死ぬ前に聞いておくといい。化け物は化け物らしく・・最後まで演じろ・・・」



貫いた腕を伝いローズの赤い茨が化け物の体内に侵入していく。



「ギ・・アッ・・アアァ・・グギ・・ッ・・!」



「・・咲け、魔力の花」



ローズが腕に力を込めると自身の魔力を化け物の体内に流した。



「ギャ・・ァアアアアアア”ア”ア”ッ!!!」



化け物が断末魔を上げると、その体を突き破り無数の魔力の茨が姿を現す。そして体内に流された魔力が化け物の体内で爆発すると、爆発したローズの魔力が体外に噴出した。



舞い上がるローズの魔力と化け物の血。その光景はまるで咲き乱れる薔薇。化け物は自身を媒体に赤黒い薔薇を咲かせると、強張ったその体からはガクリと力が、そのままローズの腕に崩れ落ちた。



化け物の返り血で染まるローズ、化け物の遺体を悠然と見つめながら小さく呟いた。



「・・・・醜い花だ・・」



化け物がぶら下がる腕を大きく振るい、腕から体を引き抜き投げ捨てる。ピクリとも動かず地面にぶつかると終わりの時を迎えたその体は足元から段々と灰の様に崩れ去り・・この世界から姿を消し始めた。



「・・魔力の負荷に耐えきれていないのか?。・・・まあいい、考えるだけ無駄だ・・今の私には・・・」



・・・全てが終わった。ローズはゆっくりと瞼を閉じると大きく深呼吸をした、すると体を纏う茨は消え、体を赤く染めた刻印も光を失っていく。そして重い瞼を開くと瞳の色も、体に刻まれた刻印も全てが消え、元通りに戻っていた。



「・・・グッ・・ウゥ・・ッ!」



ローズが力を解いた瞬間、全身を疲労感が襲う。その尋常ではない疲労感、鉛の様に重い体にローズは立っていることさえままならず、その場で膝を折り片足を着いた。



「・・・ハア・・ハァ・・・・。・・この・・疲労感は変わらないか・・。・・だが、激痛には・・襲われない、これが・・「刻んだ」効果なのか、・・・・・これなら・・多少は使い物になる・・・だが・・っ!」



下唇をギュッとかみしめ声を震わすと、ローズは手を握りしめ地面を叩いた。



「意識していても・・また抑えられなかった・・・私は・・・ッ!。体の底から湧き上がるあの熱さ・・殺意の衝動に・・・逆らえなかったっ!。それどころか・・・私は・・・ッッ!!。クソッ!クソッ!!、これじゃあアイツと同じだ・・あの時のアイツと・・・なにもかも・・。・・クソッ!・・クソォッ!」



その血で湿った拳を何度も、何度も叩きつけた・・。



「・・イ・・・・タィ・・・」



自身に対する怒りを露わにするローズ、その最中で僅かにだが声が聞こえた、その声に気付くとローズの叩く腕が止まった。



「・・・あいつ・・あれを喰らってまだ生きていたのか・・」



小さく聞こえてくるその声に驚くと、重い体を持ち上げ倒れこむ化け物に目を向けた。



「・・だが・・時間の問題だな」



ローズは化け物の姿を見て確信する、その体は遠目から見てもわかる程に崩れていたのだ。腕と足は既に灰となり、既に体の一部と顔しかない。もう何もできはしないだろう、構うまでもない。



ローズは視線を切ると小さく息を吐いた。



「・・そういう私も、余り時間はない・・か」



先程から聞こえる船の叫び音、浸水が勢いを増し今では足首まで海水が浸かっている。この船にもう時間は無い、早く脱出しなくては・・。・・ローズは化け物に背を向けると瘴気が晴れ星々が見える空を見上げ、甲板に目を移す。



「・・・この体では、あそこまでは飛び上がれない。・・どうするか・・」



「・・ア・・・ぁりがとう・・とめて・・くれて・・・・」



その声に、ローズの体が反応する。



「・・・ごめんな・・さい・・・ごめんなさい・・」



小さく、何度も聞こえてくる苦しそうに謝る声、どういう事だ・・これは?。ローズは振り返ると自身の重い体を引きずるようにして、慌てて声の方に近づいた。



「・・おい、・・・・お前・・・ッ」



・・・・・これは、・・その光景に目を疑った。



「ご・・ごめんなさい・・・みんな・・ごめんなさい・・あぁアリア・・うう・・私の・・アリア・・」



化け物が涙を流しながら謝っていたのだ、苦しみながらにアリアという名前を声に出しながら・・何度も何度も・・・。



その姿にローズの体が静かに震える。



「・・・・おまえ、人間・・?、魔獣じゃない・・・のか・・・・?」



ひび割れ、崩れ去る化け物に手を添え、震える声で口を開いた。



「・・・お・・・おい・・?」



ローズの触れた個所が粉となり崩れ去るのを見て、咄嗟に手を離した。まさか・・そんな事が、ありえない事態にローズの気持ちが昂ると問いかける声は自然と大きくなっていた。



「・・クソッ!、・・おい、こっちを見ろ・・おい!誰がお前をこんな風にした?教えろ!」



「・・ごめんなさい・・アリア・・傷つけてしまって・・ごめん・・な・・さい」



「おい、聞こえているか?おい」



「・・いたい・・・逢いた・・・い・・・・」



「返事をしろ・・おいっ・・・ッ!?」



ローズが問いかけた時、大きな音と共に船がガクンと大きく傾いた。そしてその際の衝撃で・・化け物の体は完全に崩れ去った。



「・・・私は・・・・一体、何を殺したんだ・・・・・」



ローズは化け物が残した灰を見つめながら小さく呟くと、海水が化け物の灰を攫って行く。すると灰があったその中から今まで見たことも無い、黒い光を宿す魔法石が現れた。魔法石の中に小さく揺らめく黒い炎、初めて見るその光に目を奪われていると。魔法石は海水に攫われそうになる。



「・・・チッ!」



海水に持っていかれる寸前の所でローズの腕が動いた。エルシドにならこれが分かるかもしれないと思ったからだ。ローズは魔法石を急いで拾い上げると手に握りこみ辺りを見回した。



「・・・・感傷に浸っている場合じゃないな、この状況・・・どうするか。この体では、出来る事に限りがある・・・」



辺りを見回していたその時、ローズの視界にあるモノが入り込んだ、それを見るや否やローズの目の色が変わった。



「・・・そうだな、昇るのが無理なら・・」



ローズは海水に浸かるひしゃげた鉄の塊に近づき掴み上げた、それは魔獣が振り下ろした錨だった。



「いっそのこと・・沈めるか」



ローズは錨に近寄り片手で握ると、そのまま錨を引きづりながら運び船側に立った。そして錨を両手で持ち上げ上で構えると息を大きく吸った。



「・・フウッ・・・・ハッ!」



体を捻り錨を振りかぶる、そして大きく息を吐くと船側目掛けて錨を全力で1回、2回と叩きつけた。



「・・・ハアァッ!」



鋼鉄の錨が幾度か固い木の壁を叩きつけられると、遂にはメキメキと大きな破壊音を立て壁に突き刺さった。



「・・・よし」



ローズはそれを確認すると腰を落とし、両手で突き刺さる錨を引っ張り引き抜いた、引き抜かれた箇所にできた亀裂は水圧によって破壊され穴となり、大量の海水が鉄砲水となり船内に侵入した。



「・・これでいい、後は船内にある程度海水が満ちたら、ここから出るだけだ」



ローズは侵入する水圧に流されないよう、錨を背に立てかけそのまま寄りかかると肩の力を抜き目を瞑る、そして静かに時が経つのを待った。




・・・久しぶりだ、こんなムカつく感情を味合わされたのは。誰だかは知らないが・・高くついたぞ・・・。




船に侵入する海水が遂に胸元付近までくるとローズは目を開けた、空けた穴から流れ込む鉄砲水の勢いは船内に水が満たされたことにより弱まっている。



ローズはそれを確認すると暗い水中に潜り、錨を壁にし強く蹴り込むと穴から船外に脱出するのだった。









時は少し遡り・・瘴気が覆う前のラウル島。





「はぁ・・はぁ・・、・・あ、足元には気を付けてくださいねっ、・・「ディアナ」さん」



「ふふっ、お気遣いありがとうございます」



フレイは自分の後ろを歩く女性の方に振り返ると声をかけた、その疲れた表情を必死に隠し、頑張って明るい表情を見せようとするフレイの姿に自然と女性も笑顔がこぼれた。



葉の間から差し込む陽の光を浴びながら鬱蒼とした雑木林の中にできた獣道を、フレイはディアナと呼んだ女性を先導するようにして、一列になり前を歩いていた。そこはヨークの村から離れた場所にある島の人も最近では近寄らなくなった自然豊かな森、島の人間からは「合唱の森」と呼ばれている場所である。



「・・ふうぅ・・ディアナさん大丈夫ですか?疲れたら言ってくださいね・・」



フレイは歩みを少し進めては止まり、また少し歩いては後ろを振り返りディアナに話しかける。そんなフレイの姿を見て察したのだろう、ディアナは優しく答えた。



「・・そうですね、それでは疲れてきたんで・・少し休みましょうか?」



「そ・・、そうですよね!やっぱり疲れましたよね!、それじゃあ・・・あ、あそこの切り株の所で休みましょう!」



そういうとフレイは先程までの重い足取りが嘘のように飛び跳ねるように少し先に見える切り株の所まで走って行く。そしてあっと言う間に切り株の所にたどり着くと振り返りぴょんぴょん飛び跳ねながら手招きするのだった。



「ディアナさーん!はやくはやくー!」



その無邪気な姿にディアナの声が漏れた。



「ふふっ、可愛い子・・・・」



切り株に座り休む2人、そんな彼女達を雑木林に響く色んな虫や鳥の鳴く声、そして優しく流れる涼しい風が疲れた体を癒してくれた。



「合唱の森・・名前の通りここは美しい自然の歌声を聞かせてくれますね、心が安らぎます」



「・・そうですよね、私もこの森が大好きです、この森に生きる生き物達の合唱()を聞いていると、えへへ・・気持ちいいんですよね・・」



フレイは恥ずかしそうに笑うと体を伸ばし大きく深呼吸をした。



2人の間に言葉はなく静かな時間だけが流れる、動きのないこの状況に手持無沙汰になったフレイは足をパタパタさせながら思いをはせる。




・・・不思議だな、さっき出会ったばかりなのに・・何故かディアナさんとは初めて会った気がしない。長い間ずっと傍にいたかのような親近感・・、なんでだろ?この気持ち・・。ずっと傍に居たいと思う・・この気持ち・・・。




隣で物静かに空を見上げるディアナの方をチラリと覗き込むと彼女から目が離せなくなった。時折風で揺れる長い白髪、そんな髪色にも負けない綺麗で抜ける様な白い肌、風を受け気持ちよさそうに微笑んではいるがその蒼瞳からはどこか悲しげな雰囲気を感じる。



その美しくも儚い彼女の姿に自然と声が漏れる。



「・・・綺麗だなぁ・・」



ぼそりと呟いた言葉にディアナが反応し横に顔を振る、するとフレイと目が合った。



「・・どうしましたか?」



「い、いえっ!な、何でもないです、何でも!・・あ、・・あぅ・・そ・・・そのぉ・・」



フレイは慌てふためきながら急いで眼を逸らすと、気恥ずかしさを隠す様に顔を伏せ表情を隠し、急いで言葉を紡ぐ。



「・・さ、最初ディアナさんが家に来た時ビックリしましたよっ!。急にお兄さんが女性の人連れてくるから、・・・失礼な態度取っちゃってすみません・・・」



「気にしてないから大丈夫ですよ、事前に連絡もなく来たのです、多少の動揺はあるとは思っていましたから。・・ですがまさか初対面で、あそこまでお二方に怯えられるとは想像もしてませんでした、お二人共に地面に倒れこみ、フレイさんに至ってはまさかあそこまでの涙を見せられるなんて・・フフッ、案内してくれたあの人も頭を抱えてましたね」




・・・あぁぁああっ!・・・・墓穴を掘ったーッ!?




「・・うぅっ、・・親子共々恥ずかしい限りです・・・」



咄嗟に思いつき、何も考えず振った話が悪かった。あの時の事を思い出すと顔は赤く染まり、恥ずかしさの余り顔を上げられなかった。



「で、でも勘違いしないでくださいっ!・・あ、あれはディアナさんのせいじゃなくて・・、あのお兄さんがディアナさんを連れてきたことに二人で驚いちゃって・・そうして起きた事件でして・・・」



小さな体を更に小さく丸め、ボソボソと小さな声で釈明する。



「・・ふふふ、そうでしたか。・・私を案内してくれたあの漁師の人とはフレイさん達親子は仲がよろしいようでしたから・・何か思うところがあったのでしょうね」



「・・はい。あの漁師のお兄さん、レオさんって言うんですけど。普段から周りには漁師仲間の男の人達しかいなくて、女性の人が側にいるのなんて私もお母さんも、それどころか町の人達だって一度も見たことないですよ。そんなお兄さんがディアナさんを連れて来るから、それがもう・・絶対にありえない光景でして・・とんでもない事でして・・・」



「そうでしたか、だからフレイさんの家に行くまでの間、皆さん私達を見て声を上げられていたのですね。「なにか事件が起きるぞ」とか、「空から魚が降るぞ」とか、それはもう酷い言われようでしたから・・ですが・・ふふっ・・」



クスクスと笑うディアナは恥ずかしそうに顔を伏せるフレイを横目で確認した。



「一番はやっぱりフレイさん達親子の驚き方です。・・ふふふっ・・来るまでの間に何を言われても平然としていたレオさんが、あんなにも困惑してましたから・・・」



「・・もう、意地悪言わないでください・・、ディアナさん」



「ふふふっ、ごめんさない・・可愛くて・・つい」



「・・・もうっ!」



顔どころか体まで熱くなるのを感じる、照れながらもディアナの笑みに釣られ顔を上げると、恥ずかしそうな笑顔をフレイは彼女に見せた。



2人でひとしきり笑った後、フレイは一息入れると青空を見つめた。




・・・嘘だ、本当は違う。




確かにレオのお兄さんが私の家に女性を連れてきたことに驚いたのは間違いない、お母さんはその事で本当に腰を抜かして驚いてたし。



でも・・私は違った、そんな事・・後にお母さんが言うまで考えもしてなかった。私は・・お兄さんの隣に立つディアナさんの姿を見て地面に崩れ落ちたんだ。



ディアナさんの優しい笑みに突然心が悲鳴をあげて、呼吸が出来なくて・・苦しくて・・それで立っていられなくなって、心配して駆け寄るディアナさんに名前を呼ばれたら、不思議と涙が溢れて、・・止まらなくなって・・・・。



・・でも、こんな事言えないよ、お母さんやディアナさんに・・。変な目で見られたら嫌だし。それにディアナさんはお父さんの友達の人だもん、もしディアナさんからこんなことがお父さんに伝わったら何言われるか・・うぅ・・考えるだけで・・また恥ずかしくなってきたぁぁ・・・・!。




フレイがそんな事を考えていると、ディアナから声が掛かった。



「・・・フレイさん、そろそろ行きましょうか、あまり時間を掛けて帰りが遅れては、待っているお母様が心配しますからね」



ディアナは静かに立ち上がるとフレイの方を向いた。そして彼女はフレイの頭を愛おしそうに優しく撫でると、ゆっくりと口を開いた。



「フレイさんとお父さんが見つけたという「遺跡」に早く行って、用事を済ませましょう・・」



「・・・そうですね、お父さんの用事を済ませて家に帰ったら、向こうでのお父さんの話、聞かせてくださいね♪」



「・・・・・・えぇ、あの人の話なら沢山あります、戻ったら。いっぱいお話ししましょうね・・ふふっ」



嬉しそうに、悪戯っぽい笑みを浮かべるディアナ、その様子を見て嬉しそうにフレイも笑顔を返した。一体どんなお父さんの話をしてくれるんだろう?、自分の知らない向こうでの父の姿を今すぐにでも聞きたい気持ちはあったが。彼女の見せるその楽しそうな顔を見ると今はこれ以上聞くのが野暮な感じがした。




顔を見合い笑い合う2人、その最中、フレイはディアナに手を差し出す。



「そういう事なら早く行きましょう、ディアナさん!」



「・・・ええ」



繋がる2人の手、彼女達は歩みを再開する、目指すは合唱の森の中にある遺跡。父の頼みを果たす為、2人は遺跡に向かって並び歩く。



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