逢魔が時
あらすじ
深紅の魔女と呼ばれるマギの魔導士ローズ、日々魔獣討伐の任務をこなす彼女はある日、マギの仲間であるエルシドからの依頼で、神託の巫女と呼ばれる少女を保護する為に共にラウル島にあるヨークの町に行くことになる。
だが、ヨークの町に渡るための船が出ているソルトの街で異変が起きていた。
現在情報での人物紹介
ローズ 黒革の手袋と黒い軍服コートを身に纏う女性。深紅の魔女と呼ばれるマギの魔導士。
エルシド マギの魔導士にしてローズの数少ない味方。ボサボサ頭とヨレヨレの服が特徴。
ティティ エルシドの従者にしてマギの魔導士。活発的な女の子で子供と呼ばれると怒る、大きなカバンを掛けているのが特徴。
フレイ ヨークの町に住む活発的な少女。ローズ達からは神託の巫女とも呼ばれている。
フォルティオ大陸南部の海岸沿いに位置する港街ソルト。赤レンガの建物で統一された街並み、その街並みの間を走る赤煉瓦が敷き詰められた大通り、赤茶色に染まるその街の景観から主に「赤の街」と呼ばれ。旅人達からは夕方になるとオレンジの夕日を浴びた赤レンガが炎の色を灯し、街全体の色が陽の色に変わる事から「落日の街」とも呼ばれている。
落日の街の炎を灯した赤煉瓦の街並みから、涼しくなる風と共に色が抜け始め赤の街に姿を戻す夕暮れ時、普段ならばこの時間帯は仕事を切り上げ、家路に帰る人々で大通りは賑わいをみせる。
そんな日常の光景、だが・・今は違う、人々は大通りから姿を消し、街は静寂に包まれていた。
静まり返る大通りの先を行くと、姿を消した人々の姿が見えてくる、彼等は群衆となり、大通りの先にある港、現在は港員達によって封鎖されている港の入り口に集まっていたのだ。港の入り口に集まり、固唾を飲んで見守る人々を他所に、港員達の普段は聞かないような大きな声が、大きな怒号が飛び交い、港は異様な雰囲気に包まれていた。
だが・・その事に対し、集まる人々は誰1人として気にしている余裕はなかった、彼等が見ているのは、意識を奪われているのはそこではない。彼等が見るのはその先に見える対岸の町・・ヨーク。陽が落ち、オレンジ色に染まる世界の中で、先んじて闇が堕ちた町。人々は皆・・不安そうに闇に包まれたその町の姿を静かに見つめていた。
△
ピリピリとした空気に包まれる港の中を忙しそうに走り回る港員達、その中でも1人、他とは違う雰囲気を醸し出す大男がいた、その男は誰よりも立派に蓄えた自慢の髭を擦りながら、闇の落ちた対岸の町を見つめ、静かに立っていた。
男の背中目指して、港を縦横無尽に走り回る港員達が1人、また1人と駆け寄ると、背筋をピンと伸ばすと声を張り報告を始めた。
「港長ッ!、緊急でかき集めてきた船、全4隻・・もう少しで準備ができます!」
「・・わかった、船員は準備ができ次第船に乗って待機。俺の合図を待て!」
「了解です!」
「港長!、街長から許可が出ました。避難民の受け入れ準備完了ですっ!!」
「・・わかった、お前は野次馬達の中から傷の手当てをできる奴を探してこい。それが出来る奴なら誰でもいい、今は少しでも人手が必要だ。入り口を封鎖している奴らには病院までの導線の確保を伝えろ、時間は無いぞ・・急げっ!」
「了解ですっ!」
慌ただしく動き回る港員達から続々と入る報告、それに対し港長と呼ばれたその男はどっしりと構えると、冷静で、的確な指示を出し次々と捌いていく。その動揺することなく、迷わず指示を出す姿、港長の大きな背中に男達は全幅の信頼を寄せ、自信を持って自身の持ち場に散っていくのだった。
そんな慌ただしい現場の中、1人の港員の男が息を切らしながら彼の背中に声を掛けた。
「・・ハア・・ハァ・・こ、・・・・港長!!」
他の港員と同じ報告。だが、背中越しにその男の声を聞くと、今まで何を聞いても微動だにしなかった港長の眉毛がピクリと反応した。どんな報告、言葉でも動かなかった背中が大きく動きだす。振り返る大きな体、それと共に港長の怒りの表情が港員の前に姿を現した。
「この・・馬鹿野郎ッ!!。ロウッ、お前は何故まだここにいるんだ!。王都に連絡しに行けと言っただろうがッ!!」
誰よりも大きい港長の怒号に嫌でも体に力が入る、ロウと呼ばれた港員は生唾をゴクリと飲むと、その威勢に負けじと顔を引き締め声を張り、堂々と答えた。
「その事ですが港長!、王都に向かう途中で運よくマギの魔導士様達の乗る馬車と出会えましたッ!、ですので王都に向かう事よりも最優先で魔導士様達を連れてきましたッ!。その為、王都への書状は彼等、魔導士様達を乗せていた馬車の運転手にやむを得ず持たせると共に、王都に届けるようお願いしました。書状の方は魔導士様達の口添えもありましたので大丈夫なはずです!」
必死に報告をするロウ、そんな彼が取った判断、行動を聞くと、港長は険しい顔を僅かに綻ばせニヤリと笑って見せた。
「・・そうだったか。いい判断だ、・・でかしたぞ、ロウ!。王都の特別部隊だ、彼等が来てくれれば王都への報告は済んだも同然だっ!」
「・・はっ・・ハイィッ!」
港長の男が見せた表情に、ロウの緊張の糸が切れると無意識のうちに力が入っていた体から力が抜けてしまい、自身の声とは思えないような素っ頓狂な声が口から出てしまった。
「馬鹿野郎、偶に褒められたぐらいで海の男がそんな声を出すなっ。それで・・どこだ魔導士様達は?今すぐに会うぞっ」
生まれて初めてお目にかかるマギの魔導士。港長は失礼が無いよう白い制服を正し、蓄えた髭を軽く整えると緊張の面持ちでロウの方に歩み寄った。
「・・・それで、マギの魔導士様てのは・・・・・お前の後ろに立ってる彼等か?」
「そうです、こちらの方々です」
ロウの後ろに居る三人の姿を見ると疑いの眼差しを向けると、3人に聞こえないよう、低く、小さな声でロウに尋ねた。
「・・・だらしない姿の若い男女が1組に、・・子供が1人。・・・おいロウ、本当にこの3人は・・マギの魔導士なのか・・・?」
初めて見る港長の言う事も無理はない、マギの魔導士は王都特別遊撃部隊と呼ばれている王都の、ひいてはフォルティオ大陸のエリート部隊なのだ。そんな凄い存在がまさか彼等の様な人物だとは微塵も思わなかっただろう。だがロウは堂々と頭を縦に振ると口を開いた。
「確かです、ここら辺の地域から出ない港長がマギの魔導士を分からないのも無理はありません。実際この街の人達も気づいていませんでしたから、ですが見てください、彼女が着ている黒いコートを」
ロウはローズの方をチラリとみると彼女の着る黒の軍服コートに目線を向けた。
「あの服はですね、マギの魔導士の人、それも「魔獣討伐」を専門にする人が来ている服なんですよ。魔獣が出る北部出身の自分は何度かあの服を着たマギの魔導士様を見たことがありますし、彼等の話も聞いたことがあります。ですから間違いはありません」
「・・・・魔獣・・・討伐だとッッ!?」
港長はその言葉を聞くと先程までとは打って変わって表情が変わった。目を細め、睨みつける様にロウの後ろに居る3人を見つめる、そして暫くしてから悔しそうに大きく舌打ちをした。
「・・・・・・・・チィッッ!・・・・そうか。・・・クソ・・クソッ!そういう事かっ・・・!!」
「・・こ、港長・・?」
この事態が理解できずに困惑するロウを尻目に、港長は何かを察したのか、少し間を置くとロウに目を向け指示を出した。
「・・・・ロウ、丁度いい、お前には別の仕事がある。今すぐここに小型船を持ってこい、あの「魔導機」の積んである船だ・・いいな」
「あれですか!?。でもあれは王都の許可が無ければ・・・・・」
「黙って持ってこいっ!、・・責任は全て俺が取る。それにな、あの船じゃなきゃ俺達よりも先に彼等を送れない・・」
「・・魔導士様達を、先に対岸に送るんですか?自分達と一緒に行けば・・」
「つべこべ言わずに、いいからさっさと持ってこいっ!!」
傍で声を荒げる港長に、ロウは驚きの表情を浮かべるとそのまま表情を固めた。
「早く行け。そして船を持ってきたらその足でお前が魔導士様達をヨークに送るんだ、アレの操舵は説明を聞いていた一部の人間、この場では俺とお前しか出来ない。俺は指揮が残っているから此処からはまだ動けない、・・だからロウ、お前しかいないんだ。お前が魔導士様達を連れて安全を確保しないと、先に行かないと俺達は上陸できない、・・俺達も、同類になるわけにはいかないんだ。その意味が・・分かるな?」
「・・ッ!?。りょ・・了解しました・・・っ!」
港長の言葉にロウも察すると逃げるように慌てて走り去っていった。そんなロウの後姿を見送ると、彼の後ろに残った三人の方に近づき帽子を取って見せると、わしゃわしゃと片手で頭を掻いてみせた。
「・・あぁ、くそっ!。マギの魔導士・・しかも魔獣討伐の人間が出張ってくるたあ・・俺の予想していたよりも最悪の事態になっちまってる・・ちくしょうが・・・・ちくしょう・・っ!」
「・・・・港長、僕達は・・」
成り行きに任せ、静観していた3人。その3人の中でエルシドが港長の言葉に何かを言おうとしたが、港長は何も言わなくていいと言いたそうに頭を掻いていた手を力強く伸ばすと、エルシドの前に手を広げて突きつけ、彼の言葉を制止した。
「・・こう見えても、俺は話が早い方でな。ある程度の事は言わなくても察することは出来る。使いに出したロウがこんなに速く戻ってきてあんた達を・・マギの魔導士様達を連れてきたんだ。あんたらの目的地はこの街だったんだろ?」
自身の気持ちの整理の為か、ふうぅっと1つ大きな呼吸を挟み、小さな間を1つ置くと再び話を始めた。
「魔獣なんて出たこともないこの平和な南部に、突如として今まで見たこともないマギの魔導士が現れてよ、しかもそれが魔獣討伐専門の人間ときたもんだ。・・対岸のヨークの異変、魔獣討伐の人間、・・答えは1つだろ?」
片方の手に持っていた帽子を被りなおすと、先程までの大きな声が嘘のように小さい声で言葉を続けた。
「・・ロウの準備が終わるまでそんなに時間は掛からない・・状況を説明しよう。魔導士様達が来る少し前だ、ヨークの町から小さな狼煙の様な黒い煙が上がったんだよ。見つけた最初は大して気にしてなかったさ、煙が上がる事なんてよくある事だからな。・・だけど、俺達は途中からその煙がおかしい事に気付いたんだ」
「おかしい・・ですか?」
ティティの疑問の声に港長は小さく頷いて見せると言葉を続けた。
「・・あぁ。狼煙の様な黒い煙は空に上がらず、まるで町を飲み込む様に・・広がっていったんだよ。あれは煙ではなく、まるで霧だった・・。俺達こちら側の人間がその事実に気付き、騒いだ時にはもう・・黒煙の様な黒い霧が町を飲み込んじまっていた後だったさ。街の人間も、港に居る奴らも、・・・あの奇妙な光景を見て思ったはずだ、・・何かヤバい事が起きてるんじゃないか、下手に近寄るべきではないってな。でも・・・」
港長は拳を握ると声を震わせる、その声からは、彼の感情が伝わって来るようだった。
「俺達はそれでも、ヨークに助けに行くことにした。この港で働く奴らの中にはヨークの出身も多い、家族を残し、こっちの街に働きに来ている奴もいる。そんな俺達がヨークの人間を見捨てれるわけがねえ、例えどんな危険が待っていても・・俺は家族は見捨てられねえ・・っ!」
港長はエルシドの肩に片手を乗せると彼の顔を見た。
2人の視線が交わる。港長の真剣で、何処か悲しそうな目が、エルシドに先程まで大きく見えていた港長の体を不思議と小さく見せた。港長は言葉を紡ぐ・・。
「・・でもよ・・助けに行く前に、あんた達が来てくれてよかった・・。俺は港長として、大きな間違いを犯すところだった・・。自分の感情に負けて・・危うく家族同然のここの奴らも危険な目に遭わせちまうところだった・・っ!。自身の感情を優先させちまった俺は、大馬鹿野郎だっ!」
「・・・港長さん」
「・・・ロウが船を持ってきたら、マギの魔導士さんには俺達よりも先にヨークに上陸して、後に続く俺達の災いを取り除き、安全の確保をしてほしい。幸いこの港には今「魔導機」を使って船を走る「魔導船」のテスト機があってな。それは並の船なんかと違って風を必要とせず、おまけに足が圧倒的に速いんだ、あれなら従来の船よりも先に島に着ける。だから船の準備ができ次第向かってくれ、俺達も直ぐに集めた連絡船で後ろを続く・・っ!」
「・・・・」
港長の見せる目の色に答えるように、エルシドも真剣な眼差しで港長の目を見ると何も余計な事を言わずに、ただ静かに・・小さく頷いて見せた。それが彼の信頼に答える、最良の方法だと思ったからだ。
港長はエルシドの仕草に表情を緩めると、無言で肩をポンポンと二回叩き船員達に指示を与える静かにその場を離れて行った。
港長達が去り、その場に残された3人は互いの方を向く。顔を見合わせる3人、エルシドの顔つきを見ると2人の表情も自然と険しくなった。その中でゆっくりと3人は口を開き言葉を交わした。
「・・・彼女を狙っている敵は只者じゃないね。どうやってかはわからないけど、・・信じられないことに魔獣を使役している」
「・・そうだな、そしてそいつは町を飲み込む程の「瘴気」を放出している。流石にあれ程のは初めてだな・・・相当な奴がいるぞ、あの町には」
「・・エルシド様、彼女は・・無事なんでしょうか?」
「・・・・こうなってしまったんだ、今はもう、無事な事を祈るしかないよ・・ティティ・・」
エルシドは大きくため息を吐くと、何かを考え込むような素振りを見せ、顔を伏せた。
「・・だけどこの騒ぎ、どうしてこんなことをしたんだ?。自分に利する事なんて何も無いのに・・?」
ティティもそんなエルシドに合わせるように考える様な仕草を見せる。
「そうです、この街は王都から近いですからこんな騒ぎを起こしたら直ぐに部隊が派遣されます。そうなったらあの島からの脱出は不可能です!、現に今、港の人達で封鎖されてますし・・あの島からどうやって出る気なんでしょうか?」
「あの島はソルト以外に往復の船は出ていないし近くに手頃な港もない。ここを封鎖されては安易な脱出は不可能だ・・。それなのにこんな騒ぎを起こしたんだ、何か理由があるはずだ・・何か理由が・・・」
「それともう1つ不思議な事がありますよエルシド様!」
「・・わかってるよ、「魔導船」の事だよね?ティティ」
「そうです!、魔導機の使用、製造は国の決まりでごく一部を除き禁止されているはずです。船を動かす「魔導機」なんて以ての外ですっ!、それを王都自らが主導して作っているなんて・・・一体どういう事でしょうか?」
「・・それと同時にそんな高度な「魔導機」をどうやって作ったかだね。そんな途方もない技術、一長一短では得られない。・・・どうやって、どうして・・王都が・・?」
2人の話す姿を静かに見ていたローズは目を細めると、不機嫌そうに口を開いた。
「・・・・・おい、エルシド、ティティ」
ローズの言葉に二人が一斉に顔を上げるとローズを見た。
「ん?・・・・なんだい?ローズ」
「・・・お前等・・」
「・・・・・おーーーい!!。マギの魔導士様達、船の準備が出来ましたよーっ!!」
ローズがエルシドに何かを問いただそうとした時、海の方から大きな声が聞こえてきて3人を呼んだ。その言葉に反応し、3人が声の聞こえてくる海の方向に顔を向けると、海の上を凄い速さで駆ける船がこちらに向けて近づいて来た。
漁船を一回り大きくしたようなサイズ感、矢の先端を彷彿させる先を尖らせた船の形、その初めて見る魔導船の姿、速度に興奮気味にティティが声を上げる。
「エルシド様、あれが魔導船ですか!?。凄いですよ!風も受けてないのに進んでますよ、まるで矢!、いえいえ海ですから、魚みたいです!」
魔導船は3人に一番近い桟橋に止まるとロウが船の上から3人に向かって手を振った。
「魔導士様、早く乗ってくださいっ!。町を救いましょう!」
「・・積もる話は落ち着いてからだね、行こうティティ、ローズ。ヨークに」
魔導船の止めてある桟橋に3人が歩き出すと辺りが急に静かになった。その静けさに気付き辺りを見るエルシドとティティは、その理由を知り驚いた。
「・・・これは・・」
「・・はわ・・エルシド様・・、皆が私達を見てますよ・・」
出航の準備を終え、連絡船の上で待機している港員、そして先程まで忙しなく動いていた港員達までもが足を止め、皆が3人の姿を静かに見ていたのだ。
2人が戸惑っていると、港長の大きな声が港に鳴り響いた。
「マギの魔導士に、敬礼!!」
次の瞬間、静かに見ていた彼等港員が一斉に背筋をピンと伸ばすと3人に向け敬礼をした。彼等の熱い瞳、想いが3人に降り注がれるとエルシドとティティの足が止まった。
「・・・・こういう見送られ方も、偶には悪くない」
2人の後ろを歩いていたローズが周りを見ながら足を止める2人を追い越す。
「・・止まるな、行くぞ」
「あ、・・あぁ、そうだね・・」
ローズに促され、彼女を追いかけるように速足で歩く2人、そして3人は船の上で皆と一緒に敬礼するロウの元に行くとそのまま船に乗船した。ローズはおもむろに船べりに腰を掛けるとロウに合図する。
「・・準備は出来てる、出していい」
「・・了解!、それでは行きます。この船はスピードが出ますんで気を付けてくださいね、魔導士様!」
ロウの合図と共に船はゴゴゴゴゴと地鳴りのような音を立てると徐々にスピードを上げ動き出した。見る見るうちに桟橋から遠ざかる魔導船、その背を直立不動の敬礼で見送る港員達が小さくなると、エルシドが思い出したかのようにローズに尋ねた。
「・・・ローズ」
「・・なんだ?」
「・・さっき僕達に言おうとしていた言葉があるだろ?何だったんだい?」
「・・・・あれか、あれはもういい・・・私の中である程度・・解決した」
「えぇ?気になるから教えてよ、ローズ」
「・・うるさい、既に終わった話だ。今は違う事を考えてるんだ・・町に近づくまでは静かにしていろ」
2人のやり取りを聞いていたティティが興味を持ち、訪ねてきた。
「へぇ~、ローズは今、何を考えてるんですかぁ~?」
「・・一番うるさいのが来たか。・・・なぁに、簡単だ」
海風を感じながら、静かにヨークを見つめるローズは言葉を吐き捨てた。
「こんな騒ぎを起こしたろくでもないクソ野郎を・・どうぶっ殺すか・・・だ・・」
△
オレンジ色の空に、夜を告げる闇が薄っすらと差し込み始める黄昏時、暗い青色とオレンジの色が交じり合う海の上を4隻の連絡船が隊列を組み進んでいく。その陣形を先導するは、一隻の小さな船・・3人を乗せる魔導船だった。
連絡船の速度よりも圧倒的に早く、突き放す様にどんどんと走って行く魔導船。その速さにティティは興奮気味にロウに話しかけた。
「凄いです!魔導船ってこんなに速いんですか!?連絡船がどんどんちっちゃくなっていきますよ!?」
「そうでしょ?自分もまだ驚いてますよ。風も受けず自力で海の上を進むだけでも大変な事なのにこの速度ですよ?、まるで海鳥になったような気分ですよ。本当に凄いですよね、魔導機って。」
ロウの言葉にエルシドがチラリと船の後方に取り付けてある大きな銀色の魔導機を見つめると小さく呟いた。
「本当・・凄いよね、これでまだ試作機とは驚くばかりだよ。ちなみにこの船はどういう原理で動いているのかな?」
「魔導士様、気になりますか?。なんでもこれは船体の下に取り付けられたスクリューで動いてるらしいですよ、そのスクリューを動かすための核がそのデカい魔導機らしいです。そして見てください、この操舵官を!」
ロウの言葉にティティが反応して身を乗り出してロウの手元を見た。
「わあ、何ですかその棒は!わっかじゃないですよ!?」
「そうなんですよ、俺達が普段操るのは操舵輪て言うのなんですけどこいつは棒!操舵棒とでも言いましょうか。こいつで操作するんですがまあ扱いが繊細で難しくて・・、港長は直ぐに扱えるようになってましたが自分はこれに慣れるまで結構苦労しました」
ロウが話す簡単な船の説明を聞きながら、見たことのない位大きく、複雑な構造をした魔導機、そして操舵棒に目を向ける2人。そんな静かな時間を過ごしていると、突如として海の上にカランカランと鐘の鳴る音が響いてきた。それは後ろにいる連絡船からのものであり、何かあった時に送られる合図だった。静かな海に鳴り響くその甲高い音にエルシドとティティが驚き、後ろの連絡船に視線を移す中、前を見ていたロウが緊迫した声を上げた。
「・・あれは・・・!?魔導士様見てください、ヨークを包み込む黒い霧を・・っ!」
「・・・・瘴気が・・生き物の様に動いている・・」
「エルシド様、瘴気の動きを見てください!瘴気の中から・・何かが出てきますよ!?」
町を包み込み、静かに漂っているだけだった瘴気、それが突然大きなうねりを上げ動き出すと、瘴気の中から一隻の大きな船が町を包む闇を突き破り、その姿を現した。
その船体を見たロウが声を上げる。
「・・間違いない、連絡船だ!。あれはヨークに行ったまま戻って来なかった連絡船ですよ!。・・やった・・やったぞ、町の人が島から脱出してきたんだ!!」
突如として姿を現した連絡船に嬉々として両手を手を上げ喜びを見せるロウ。だがそんな彼の姿と打って変わって後ろに居る3人の表情は険しかった。エルシドはティティに指示を出す。
「・・ティティ、結界の準備だよ。」
「ハイですっ、皆の安全は私達が守りますよ!」
後ろから聞こえてくる不穏な声、そして物々しい雰囲気にロウが気付き振り返ると、後ろで準備を始めているエルシド達に恐る恐る声を掛けた。
「あ・・あのお。一体何をしているんですか?」
男の問いにローズは重い腰を上げると準備をするエルシド達に代わり、めんどくさそうに口を開いた。
「・・お前、後ろにいる連絡船の奴らに合図を送って進行を止めさせろ、近くにいると・・戦いに巻き込まれるぞ」
「・・た・・た、戦いぃぃ!?。・・・・ど・・どういう事なんですかそれ!?」
突然知らされる戦いの知らせ、その言葉に不意を突かれたロウは上ずった声で反応すると見開いた目でローズを見た。
「・・・めんどくさい奴だな、お前も。・・簡単な話だ、見ろ・・あの船を」
ローズが前を見ろと促す様に顎をクイッと動かした、その行動にロウがこちらに向かって来る連絡船に再度目を向けると、先程までとは違うその船の姿に声を上げた。
「・・あ、あれは・・・!船が黒い煙に包まれている!?。それじゃ町は・・・・ああっ!!」
ロウはその光景に目を疑った。先程まで町を飲み込んでいた黒い霧が今では町の姿が確認できるまでに晴れ渡っていたのだ。驚きの余り唖然としているとローズが気だるそうにしながら話を進めた。
「・・これでわかったか?、どういう訳かは知らないが瘴気を放出している魔獣が船に乗ってこっちに向かって来ている」
ローズの言葉にロウはビクリと反応し怯えた表情を見せると声を震わせた。
「・・・悪いんですが、その瘴気ってのは・・あの黒い霧の事ですか?。それに魔獣って・・・・・まさか魔獣が!?」
「・・なんだ、お前は気づいていなかったのか。アイツは直ぐに気づいていたぞ。だからこそ私達を先に行かせるんだ、言ってたろ、「安全の確保」、「同類にはならない」と。大した奴だ・・」
「・・そんな、じ・・自分は、偵察の為の先行部隊なんだと・・そう思って・・、でも同類って・・どういうことなんだ・・?」
「そんなことはどうでもいい、いいからさっさと止まるように後ろの奴らに合図しろ、お前・・仲間を危険に晒したいのか?」
「・・・・わっ、・・わかりました・・っ!」
会話の節々でローズが見せる嫌悪感を感じ取ると、ロウはそれ以上言葉を返すことが出来ずに渋々従った。操舵を一旦止め、船の後方に備え付けてあった鐘をカランカランと間を置きながら数度鳴らすと、連絡船からも鐘の音が帰って来た。
「・・合図しました、これで後ろの船はこちらの合図があるまで停止します」
「それでいい、エルシド、ティティ、そっちはどうだ」
「こっちも今から始めるですよ、ローズ」
そういうとティティは体に掛けているデカいカバンから透明な石を取り出した、その石は彼女の小さい手にも収まるぐらいの小さく透明な石であり、それを強く握りしめると急いで船の中心に立ち声を上げた。
「それじゃあティティ、よろしくね」
「ハイです!、それじゃあ・・始めます・・・・」
目を閉じ静かに集中するティティ。すると徐々にだが、両手に握り込められた透明な石の中から白い光が溢れ始める。白い光は手の隙間から漏れだし薄暗闇に染まる周辺を照らした。
静かにその光景を見守っていたロウが驚きの声を上げる。
「・・この白い光、この今まで見たことのない白い光が。・・・これが、・・魔法ですか!?」
ロウの言葉にエルシドが小さく頷くと嬉しそうに口を開いた。
「その通り・・魔法さ。でも魔法と言ってもいくつか種類があってね、これは錬金術師が使う魔法なんだ」
「・・錬金術師が使う魔法?」
「そう、ティティの手に握られているのは僕が作った「結晶石」でね。それに今、彼女が魔力を込めているんだ・・ちなみに結晶石ってのは「魔晶石」を精製して純度を上げたものでね、主に・・・」
「・・結晶石?、・・魔晶石・・?」
「ハハハッ、ごめんごめん。あんまり小難しい事を言われても困るよね、簡単に言うとティティは今、瘴気に対抗する結界魔法を結晶石を媒体に「錬成」しているんだよ。あの手から溢れてる白い光がまさにそれさ」
「・・な・・なるほど・・・・なるほど・・・」
そうこうしているうちに手の隙間から溢れんばかりに発していた白い光はゆっくりと徐々に収束していき、やがて辺りを照らす光は手の中に消えて行った。
「・・ふいぃ~、疲れました・・。でもそのおかげで出来ましたよ、その名も「魔法石」!」
ティティはゆっくりと目を開けると一息つき、どうだと言わんばかりに手を広げ、やり切った顔を見せた。
「・・・これが、魔法石っていうのですか?凄い・・綺麗ですね」
ロウは近づくと彼女の掌に目線を移し声を漏らした。
ティティの掌には先程まで透明だった結晶石はなく、白い霧の様な光を中に宿す魔法石が握られていた。ロウはそれを不思議そうに見つめながら、自身の抱いた疑問を尋ねた。
「・・・それで、魔導士様。これで結界と言うのは済んだんですか?この石以外、特に何かが変わったような気がしないのですが」
その言葉を聞いたティティはロウに人差し指を立てると「ちっちっ」と舌打ちをしながら指を振り、目を細めて意地悪く答えた。
「ふっふっふ・・慌てないでください、今は魔法を「錬成」しただけです。結界魔法は今から施すのです!括目して見ていてください・・ロウさん!」
ティティはそう言うと、その場で魔法石をこれでもかと高く掲げ停止すると2度、3度と大きく深呼吸し奇声にも似た大きな声を高らかにこの海上に響かせた。
「ちょりゃりゃああああああああああ!!」
高く掲げられた手を大きく振り降ろすと、魔法石を足元めがけて投げつけた。勢いよく地面に衝突した魔法石は、カシャーンッ!というガラスの割れるような音を上げ粉々に砕け散る。せっかく作り上げた魔法石を破壊するという愚行、そして耳障りなこの音と共に散らばる破片を恐れ、ロウは体を逸らし悲鳴にも似た、驚きの声を上げた。
「うわあああっ!あっぶないッ!!。何てことするんですか、魔導士様ッ!?」
「ええい狼狽えるなです!一流の船乗りはそれしきのことで狼狽えるものではないのです!、百聞は一見に如かず!・・見てください、足元を」
ティティはロウに人差し指を突きつけるとそのまま足元に指を落とす、ロウはその指の動きに釣られ、足元に視線を落とすと食器を落として割った時と同じように、白く輝く魔法石の欠片は自分達を中心に散乱していた。
「・・・これが何か、・・あっ・・!」
砕け散った魔法石、その破片から淡く白い光が立ち昇り始める、それは対岸のヨークで見た瘴気と同じだった。白い光は天に昇らず地面を這うように船の周りを包み、船を飲み込むとそのまま動きを止めた。
「・・なんだこの光は?。まるで・・・魔導士様達の言っていた霧、瘴気とかいうのにそっくりだ・・」
静かに事の成り行きを見ていたエルシドが先の続きと言わんばかりにロウに説明する。
「これは光の結界。僕達、錬金術師の間では「聖光」と呼ばれるものでね、魔法名では聖なる衣とも呼ばれているよ。穢れた空気、瘴気を祓う効果のある魔法さ、瘴気を闇と定義するならこの聖光は光。瘴気と対を成す聖光がこの船を、しいては僕達を瘴気から暫くの間守ってくれるよ」
ティティは腕を組むと得意げに体をのけ反らせ、エルシドの話の続きを進めた。
「エッヘンッ!そうなのです、この聖光は錬金術師が使う魔法!!。パーフェクト錬金術師のエルシド様が錬成し作った「結晶石」と、従者兼弟子である見習い錬金術師の私の「魔力」とが生んだ。「・ア・イ・」の!錬金魔法なのです。ねえ~、エルシド様♪」
「ハ、ハハ・・アイの魔法・・かなぁ?、ティティ・・」
ロウは彼らの話を聞きながらも目線をキョロキョロと辺りに移していた。外が見える程の薄い膜の様な白く、淡い光が船を包むように展開している。その不思議で神秘的な光景・・足元から立ち昇る淡く儚い光を放つ光聖に見惚れて自然と声が漏れた。
「・・これが魔法、聖なる衣・・、聖光て言うんですか。・・なんか・・・この光を見ていると不思議と体だけでなく気持ちまで温かくなりますね・・」
「・・・・だが、その温かい光すら、瘴気の冷たい闇は飲み込むんだ。・・あまり時間はない、急ぐぞ」
周りの事が目に入っていなかったため突如として近くで聞こえるその声にドキッとする。そして声の方に向くと聖光に照らされた青白い彼女の横顔が知らない間に近くにあった。いつの間にか隣に立っていた彼女に驚きと動揺から心音が高まるとそれを隠すかの様に慌てて声を発した。
「え、・・いっ・・急ぐ、ですか?」
「・・そうだ、お前はこの船をできるだけあの連絡船に近づけろ、瘴気を恐れる必要はもうない・・ある程度近づいたら私が向こうに飛び移る。それが済んだらお前達は急いで離れて待機してろ。いいな、船から瘴気が消えさり、静かになるまでは何があっても動くな」
「・・お前達は船で待機って・・・、まさか、1人で乗り込むつもりですか?。あの2人は行かないんですか!?」
ロウはローズの言葉に驚くと慌てて瘴気に包まれた連絡船に向けて指を差した、闇に包まれ全貌すら見えないでいるその船に、魔獣が待ち受けているその船の中に彼女は1人で飛び込むというのだ。ロウは正気の沙汰とも思えない事を平然と言う彼女に驚きと共に幾ばくかの恐怖を感じていた。
だがローズは、そんなロウの声を聞いても顔色一つ変えずに、当たり前の事かのように淡々と答えた。
「そうだ、錬金術師は戦いが本業ではない、あの2人はこういう補助は出来るが戦いは無理だ。・・・戦いは、私の仕事だ。私が戻るまでは聖光とあの2人が船とお前を守ってくれる、安心しろ」
「・・・ここに残る2人は本当にそれでいいんですか!?。本当に1人で行かせてしまっていいんですか?あの闇の中に!?、心配じゃないんですか2人は!?」
あの2人も自分と同じ様な感情を持っているはず、1人であの闇の中に行くのを止めるはず。ロウは不安そうな表情で2人を見ると彼の予想は裏切られた。
2人は今まで同様、平然とした態度でロウを見ると。彼を安心させるように軽い口調で答えた。
「海の男がなんて情けない顔してるんですか、ローズならぜ~んぜん大丈夫なのですよ♪」
「そうだね、ローズの心配より僕達は自分達の心配をしていればいいよ。彼女はマギの中でも魔獣狩りに関してはプロ中のプロだ、魔獣が相手なら絶対に負けないよ。僕が、いや・・マギが保証するよ」
「私も保証しますよ、貴方が港長を信じているように。私達もローズを信じてますから・・ねっ、エルシド様♪」
エルシド達の言葉にロウは恐る恐る目線をローズの方に戻すと再度「本当にいいんですね?」と確認の声を掛ける。だが・・ローズはさっさと行けと言わんばかりに彼を睨みつけるだけで終わり、その事に対しての返事は二度と返って来なかった。
そして船は、こちらに悠然と進んでくる連絡船に向けて、まるで吸い込まれるようにして進んでいった。
△
「皆さん、このまま船に近づきますからね!」
「ロウさん、瘴気を恐がらなくて大丈夫です、こっちは聖光で守られているんですからジャンジャン突き進んじゃってください・・・!」
「・・わかりましたっ!」
4人を乗せた船は速度を上げ連絡船に向けて突き進むと連絡船を包み込む瘴気の中に侵入する。
するとその異物の存在を感じたのか・・、連絡船を包む瘴気はまるで意志を持っているかのようにゆっくりと船から零れ落ち海面に落ちると、4人を乗せる魔導船を飲み込もうとした。
先程までの威勢は消え怯える声でロウが声を上げる。
「き、霧・・いやっ!、瘴気てのが船に向かって落ちて来ますよ!?やばくないですか・・これっ!?」
「心配性ですね、大丈夫なのですよ。まあ見ててくださいロウさん」
瘴気が船に触れ、闇に飲み込もうとしたその時、船から発する聖光が侵入を防ぐようにして瘴気を掻き消した。瘴気を打ち消すその光景を見て、ロウはホッとしながらも安堵の声は出なかった。得意げに言っていたティティもそうだ。聖光に守られてはいるが、肌で感じる瘴気の圧迫感と、重い空気とが・・彼らの緊張を嫌でも高めていたのである。
そんな重苦しい空気の中、沈黙を破りローズは声を発する。
「・・この距離なら十分だ、ロウ、お前達は離れる準備をしろ、・・行ってくる」
ローズは脇目も振らずに前方にいた皆の方を離れ船の後方に1人向かう、今までと何ら変わりのないローズのその態度が、今のロウ達には心強かった、彼女の後姿にティティとエルシドは声をかける。
「ローズ!持ってくです」
ティティは白く光る小さな魔法石をローズに軽く投げると、ローズはそれをキャッチし、彼女の方に目を向けた。
「船を寄せるまでの間に聖光を錬成しといたです、これを持っていけば視界の悪い瘴気の中も大丈夫なのですよっ!」
「・・・悪いな」
そんなティティとのやり取りを見届けたエルシドがローズに近寄ると声を掛ける。その声は小さく、耳を澄ましてなければ聞き逃す程だった。
「・・ローズ。僕の言いたいことが、分かるかい?」
「魔獣相手に「力」を使うな、だろ?、私も使う気は無い、「前座」でギャンブルはしたくないからな。」
「正解、この船は何者かの意志によって出航された。もしその意思が敵によるものならば・・囮の可能性が高いよ」
「・・囮か、それは違うだろうな、それでは騒ぎを起こす理由にならない。」
「・・・そうか、そうだったね」
「前提を思い出したか?、何かを囮にするという事はそれに目を向けさせ、他の重要な目的を邪魔されず、静かに遂行する事にある。だが・・今回の場合なら敵はそんな事すらする必要はなかったんだ。なんせ選べたんだからな、最初から誰にも気づかれず、邪魔もされずに静かに事を起こすことをな。それを拒否してこんなことをしたんだ、狙いはこれではない、別のところにある」
「・・・なら、この行動は・・」
「この船の意志が敵によるものなら・・自身の目的を果たす為の足止めが一番濃厚・・だが、それでは船を出航させる意味はない、それよりも町に魔獣を放っておいた方が良いはずだ、その方が時間を間違いなく稼げる。・・そう考えるとこの船は・・敵ではない者の意志の可能性が高い」
「・・町の人が・・船を・・っ」
「・・町の生き残りの人間が、魔獣を船に乗せて隔離した。これが一番この状況下で納得できる、・・そうだろ?」
ローズは自身の手に付けた黒革の手袋を引っ張り、嵌めなおすと天を仰いだ。
「だが・・先に言っておくぞエルシド、船の中にいる魔獣は相当な奴だ。・・「力」の不使用、約束はできない」
「・・分かってるさ、でもね、意識だけはしておいて欲しいんだ、それを意識するのとしないのとでは全然違うからね」
「・・そうだな、意識はしておこう」
離れた場所で行われる2人のやり取りを他所に、ロウはこちらに戻ってきていたティティに不思議そうに声をかける。
「・・・近くに寄ったのはいいですが、一体どうやって船に乗り込むんですか?さっきはそこまで気が回りませんでしたが・・連絡船と魔導船のサイズ差では、ロープでも掛けなきゃ登れませんよ?、こんな事態になるなんて予想もしてなかったからこの船にロープなんか積んでありませんし・・・」
「何言ってるですか、あれぐらいローズならぴょーんて普通に行くですよ」
「・・・いや、ぴょーんて・・それは流石に無理では、この高さ・・まるで壁・・」
ロウがティティの言葉を半信半疑で聞いていると、その言葉通りに彼女は船の後方部で大きくジャンプをする。そのジャンプ力は凄まじくローズはあっと言う間に瘴気の中に消えると連絡船の横腹に取りついた。
「なっ!?ええぇっ!?」
ローズのジャンプにより大きく揺れる船の上で這いつくばって驚きの声をあげるロウ、その様子を尻目に彼女は船の横腹を力強く蹴るとその反動でさらに跳躍、そのまま船を駆け上がるかのように瘴気の中に消えていった。
「・・う、・・嘘だろ、あ、あっと言う間に・・、き・・・消えた・・」
ロウは唖然となりながらローズの消えて行った場所を一点に見つめていると、ティティがロウの足をペチンと軽く叩いた。
「ね、言ったとおりでしょ?。・・さぁっ!、出来る仕事も終わりましたし、ローズの言う通り船を離すですよ、ここにいつまでもいたら流石の聖光でも長くは持たないです!」
「そ、そうでしたね。それじゃあ魔導士様、安全な場所まで急いで離れましょう、座っていてください!」
そう言うとロウは船を急いで発進させる、船は纏わりつく瘴気の闇を引きちぎるように振りほどきながら、どんどん連絡船から離れて行った。
△
瘴気の闇の中、連絡船の横腹を2歩、3歩と蹴り上げ昇り、最後に大きく踏み抜くと勢いよく宙を舞い甲板の真上に出た。上から甲板を見下ろすローズ、だが濃霧の様な瘴気を前にすると船の甲板は自身の眼下の一部分しか見えず、その先は見えないでいた。
「見えないが感じる・・、近くにいるな・・瘴気を放出している元凶が・・!」
ティティから受け取り、そのまま手に握りこんでいた魔法石に目を移すと、ローズは体を捻り腕を振りかぶった。
「・・姿を見せてもらおうか、・・その姿を・・っ!」
ローズは先の見えない甲板目掛けてティティから受けとった魔法石を勢いよく投げつけた。手から離れた魔法石は鋭く飛翔すると瘴気の中に飲み込まれた。そして少しすると甲板に叩きつけられたのか、静かな船上にガラスの割れるような音が鳴る。
そして、その音に続く様にしてローズも甲板に膝を着き着地をした。
「・・少しはお利口なようだな。降りた瞬間、飛び掛かってくると思ったが、・・動かないか」
着地の衝撃で一瞬切った視線を前に戻すと静かに立ち上がり瘴気の中を進んでいく。自分がどっちに進んでいるのかすらわからない程の濃霧の中、感じる力を手掛かりに歩みを進める。
・・・おかしい、感じる力が動いていない、私が近づいているのは感じているはず、魔法石の放つ聖光の力を近くで感じているはず。それなのに・・・なぜ動かない?、・・それにこの臭いは・・・。
深まる疑念とは正反対に、進めば進む程に段々と瘴気は薄くなっていく。瘴気の薄まる辺りには、ローズの投げた魔晶石の欠片が聖光を放っているのが見えた。
・・・動いていない、お陰で戦いやすくなった。魔法石の側でなら視界も確保できる、流石にこの瘴気を消し去るには小さすぎるが、これだけ光で視界が開けていれば十分だ。
「・・・それにしても随分と余裕だな、まだ・・座り込んでいやがる」
薄暗い中に薄っすらとだが、聖光に照らされ何かが座り込んでいるのが見える。ローズはその瘴気の先に見える影法師の正体を見ようと、急かす様に歩みを速める。
トッ、トッ、トッ、トッ、・・ピチャッ。
静かな甲板に聞こえる足音が変わった。ローズは先程までとは違う水溜りの上を歩いた音に自然と足が止まった。視界が悪いこの静寂の中にして、その音はとても大きく感じた。ローズは音を鳴らした足元に目線を落とす。
・・水・・・・?、・・いや、これは・・。
ローズの片足は流れる水端を踏んでいた。聖光により、見えるその赤い水の色に、ローズの目の色が変わる。
「・・・船に漂う腐臭、そしてこの生臭い臭い・・・この船を出航させた奴は・・やはり町の人間か・・・そしてそいつらは・・もう・・」
自身の足元から先に向かって目線を滑らすとこちらに流れる血が血溜まりから伝って来ていたのがわかる。そしてその血溜まりの中心で座り込んでいる人影を見るローズの目のからは警戒心が見て取れた。
流れる血をパシャ、パシャ、とわざと大きな音をたてながら進み、座り込んだ者に近づくローズ。その後姿は女性だろうか?血だまりの中何かを抱きかかえ不快な音をさせながら言葉を呟いている。
・・・どういうことだ。何故、魔獣の他にも敵が乗っている?、町の人間が船を出したのではないのか?一体何が狙いだ・・こいつは・・。
「・・・・ミ・・ンナ・・・みぃぃん・・な、・・こわちゃッタ・・・」
メキ、ボキ、バキッ!
・・・・どういうことだ、これは?。
「・・・にんぎょあ・・ソビがす・・すきだったの・・・ふたりでアソブに・・ニンぎょあそ・・び・・サン・・からきこれるオトガ、ガぁ・・・すきだったノ・・きれいな・・こえ、ヒヒ・・」
バキッ、ボキッ。
血だまりの真ん中、側に堕ちる魔法石の欠片に照らされた1人の座り込む女性の横顔は生気なく、肌の色は黒紫に変色し、血塗れになりながら抱えた何かを一生懸命に直そうとしている。
「ダケどね・・あそんだラ・・おとガトマっちゃうの・・・、お、・・にんぎょさんがコワレちゃうの・・・イウノ、だから・・とりにいこうネッテ・・おフネに・・オモチャ・・バコいっ・・ぱいあるカラ・・とりにイ・・コウネッテ・・・」
ゴキッ、メキッ
「・・・クヒヒ・・・ゼンブ・・うゴかなくなっちゃった・・こわれチャッタ・・もどそうとした・・けド・・うごかない・・・ワタシノ・ニンギョ・・・オキニいりノ・・ヒげの・・ニンギョ・・・ひひひ・・ヒイッ・・ヒヒヒ・・・ッ!!」
・・こいつ・・・瘴気を放っている・・っ!。人間のこいつが・・魔獣だけが放つ闇の魔力・・瘴気をッ!?。・・・・まさかこいつが・・・こいつが魔獣なのか・・・っ!!。
驚きから足が止まるローズ、彼女の足音が止まると、泣き笑いにも似た声を発しながら女性は立ち上がると、大事そうに抱えていたその大きな何かをローズ目掛けて放り投げてきた。勢いなく、弧を描き飛来するその何かをローズは体を横に反らすと最小限の動きで躱した。
ドサァッツ!、大きな音を立てローズのすぐ横に落ちる物体、その物体に向け静かに視線を動かし確認すると、ローズは静かに呟いた。
「・・・・・なるほどな、・・よくわかったよ。お前は「人間」ではない・・間違いなく「魔獣」だ」
「い・・ラナ・・イ、ヒ、ゲのニンギョ・・コワレタにんぎょ・・アタらしイの・・キタカラ・・いら・・ナイ・・」
低い声で呟くローズの声からは怒りを感じた。視線を上げ、睨みつける様に魔獣を見つめると、その低い声のままに、吐き捨てるように言葉を発した。
「・・・おい、魔獣、・・お前、楽に死ねると思うなよ・・」
ローズの傍らに倒れこむ者、それはまるで糸の切れたマリオネットのように地面に倒れこむ、血塗れのひしゃげた男性の亡骸だった。
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