転生付与術師の漂流人生
とってもふわふわした話。
自分が転生している事に気づいたのは、神殿で自分が何の職業にむいてるかを調べてもらった時だった。
「貴方は……付与術師ですね。冒険者としてやっていくなら縁の下の力持ち的な存在です。
まぁ日常でも応用すれば農作業とかそういうのにも使えるとは思いますよ」
にこにこと微笑む神官のお兄さんは、本心からそう言っているのだろう。
メインアタッカーは花形みたいな扱いで人気も高いけれど、メインアタッカーだけでやっていけるほど世の中は甘くない。
基本的に補佐というのは重要である。
まぁでも世間的にはメインアタッカーが何か一番偉いみたいな風潮あるけどね。
自分も最初にそれ聞いて、サポートの方かぁ……とは思ったものの。
同時にふと前世の記憶が蘇って、あれこれって……と今自分がいるこの世界にちょっと心当たりがあったので。
平静を装ってその場を立ち去り、神殿を出る。
そのまま少し歩いて広場と言えるような場所に出て。
ベンチに腰掛け空を見上げた。
「これあれじゃん、追放されてからの戻ってきてくれ? もう遅い! とかいう感じのあの話じゃん」
前世のウェブ小説でしこたま読んだ感じの話。
能力的にパッとしないけれど、それでも自分にできる事をやってたサポーターがメインアタッカーにお前みたいな役立たず、俺らのパーティには必要ねぇんだよ、とか言われて追い出された後、思わぬ形で才能が進化して……っていうある種の王道もの。
そこからはご都合主義もかくやとばかりにトントン拍子に名声を高めていって、自分の事を見下す事もないどころか凄いと実力をちゃんと見てくれるいい仲間たちと出会い、快進撃を続けていく。
一方で追放した側の元仲間たちは実は密かに追い出した奴の助けでどうにかなってた部分もあったのに、それらがなくなった事で徐々に今までのような実力を発揮できなくなってきて……といった感じで落ちぶれていく。
パッとしなかった能力者を追放した、で済むなら新しく使える人員を入れればいいだけなんだけど、追い出した奴はそれ以外でもパーティに関する雑務をこなしていた。
だが新たに入った新入りに、そんな今までの事など知るはずもなくて、疎かになった雑事の中には経理的なものも含まれていて。
後先考えず財布のひもを緩めまくった結果、肝心な時に必要な物資が調達できず……みたいな、追い出した奴が原因で落ちぶれていったと分かりやすい感じじゃないから、追い出した側もどうしてこうなったんだみたいに仲間たちと責任のなすりつけ合いをして、ギスギスした結果彼らは解散を余儀なくされる。
そしてその時に、かつて追い出した奴がいつの間にやら自分たちより有名になってるし有能と名高くなってるしで、もしかしてあいつを追い出したからこうなったのか……? みたいになるのだ。
あいつを追い出さなきゃ今頃あいつはうちでその才能を開花させて、自分たちはより一層高みへと行けた……? みたいな。
いや、追い出された側はお前らと一緒にいても才能開花とかしなかったと思うぞ、とは当時の読者大半の感想だ。
さて、ここまでくるとまるで自分がその追い出された側の主人公みたいな感じではあるけれど。
違う。
転生した事に気づいたものの、自分はその話の主人公ではない。
むしろ主人公の立ち位置に近いながら、自分の能力を勘違いしまくって彼と同じように自分ものし上がってやる、みたいに暴走しまくった挙句自滅する当て馬というか三下ポジションの悪役というか……
まぁ、主人公がそんな自分の末路を見て、一歩間違ってたら自分もああなってたかもしれないんだなぁ、気を付けよう、って思う程度のキャラだ。
下手なモブよりきっついポジションでは?
主人公は才能を開花させたけど、自分はそんな主人公とは異なり自分はもっと凄い奴なんだと根拠もないままに思い込んで仲間たちに迷惑をかけるキャラである。
やればできる子だと思ってるけど、やってそれ、程度の奴だ。
結果として主人公のように覚醒するような事もなく、仲間たちからも当然の末路だな、とか言われて終わるような奴なのだ。
うわー、きっつーい。
前世の記憶のせいで自分の今後がばっちりすぎて死んだ目で空を眺めるのも仕方ないというもの。
今はまだその仲間たちと組んで冒険者に、とかなってないけど、でも先が見えてるもんな。
下手にその通りに進めば自分に待っているのは惨めな死だ。
流石にそれはちょっと……
どうせ死ぬにしても、仲間庇ってとか、何かの折に巻き込まれたこどもとか美少女守ってとかなら惜しまれるだろうけれど、原作展開通りの死に方したら惜しまれるどころの話ではない。
先んじて走馬灯を見せられた気分だけど、ではさてどうしたものかと考える。
自分はちっぽけな村に生まれてお世辞にも裕福な生活をしているとは言えない。
それもあって、スキルを調べる事ができる年齢になったからこそ早速神殿に行き、そこで自分が冒険者としてやっていけるかどうかの確認をしたのだ。
付与術師。
仲間に炎とか氷とかの属性を付与したりして魔物を倒すの有利に進ませたり、ステータスアップの術を付与したりするアレだ。
自分に付与できなくもないけれど、ぶっちゃけ自分に付与するよりも仲間に付与してサポートした方が効率はいい。つまりは、仲間がいないと活躍の場が少ないというか、ソロで冒険者やるには少々厳しい。
やってやれなくもないとは思うんだけど、その場合相当な実力が必要とされるからな……
前世で何かスポーツとかやってたとか、自衛隊とか軍隊とかそういうのに所属してたとかって経験も特にない挙句、今世でも畑仕事を手伝ったりはしてたけど、それ以外は特に……といった感じの奴がソロで無双できるまでとなると、相当な時間と労力がかかるのは言うまでもない。
しかも主人公じゃないから、覚醒とか以前の話だ。
世界各地に存在するダンジョンの中には、何か知らんがお宝が湧くので冒険者はダンジョンで稼ぐのが常識となってるこの世界。命の危険もあるけれど、その分リターンも大きい事がある。
まぁ、命からがらダンジョンから脱出して雀の涙レベルの稼ぎしかない、なんて場合もあるけれど。
でも、若いうちならダンジョンで稼げるならそっちの方が実入りはいいのだ。
だからこそ、多くの人間は冒険者として活動してるわけで。
というかダンジョンの魔物を定期的に倒さないと、ある日突然あふれ出て外に魔物が、とかそういった危険もあるから冒険者は必要な職業の一つでもある。
今その辺の屋台で串焼き売ってるおっちゃんだって、若い頃は冒険者として活動してたと思っていいくらい、若い頃の稼ぎ方は冒険者、というのが当たり前になってるのがこの世界だ。
ちなみに原作を知ってるからってその知識で何かこう、一攫千金とか狙えるかっていうと……微妙なところだ。
どこそこのダンジョンで何かそういうお宝が発見された、とかいう情報はふわっと憶えてるけど、生憎今の自分が仲間募って行ったところで全滅する未来しか見えないしな。
高ランク冒険者とかにどこそこのダンジョンでこういうお宝があるんだけど、とか情報売るにしたって、信憑性がなさすぎて信用されるかも疑わしい。
前世思い出して原作知識が役に立つ部分なんて、自分が思い上がった結果バカみたいな最期を遂げるっていう部分だけだった。
そういうわけで、思い上がったりしないで謙虚に慎ましやかに冒険者として活動していこうと思ったわけなんだが。
なんていうか、仲間に恵まれない。
ギルドで仲間を募集して組んだ相手が、ことごとく自分と相性が悪すぎる。
いやこれ、もし原作でもこの流れで最終的にあいつらの仲間になったんだとしたら、そりゃあ精神的にも鬱屈して歪むわな……って思うような流れだった。
いや、根は悪いやつじゃないかもしれないんだけど、どうにもとことん相性が悪いとしか思えない。
あと、何かする際のタイミングも合わない。
ダンジョンで魔物と戦ってる時はそうでもないんだけど、日常的な面で色々と合わなすぎた。
自分もイラッとする事はあったけど、多分向こうはもっとイラッとしてそうだなっていうのがわかるくらいに合わなかった。
結局穏便にお別れできるうちに脱退して、いくつかのパーティを渡り歩いた。
とはいえ、自分の付与術は正直そこまで凄いわけでもない。
このくらいの付与術師なら探せばゴロゴロしてるだろうと思えるくらいにありふれている。
それもあって、是非ここにいてくれと頼まれるような事もなければ、今はうち人いっぱいだからと断られる事だってよくあった。
その結果、流れ流れて原作のあいつらのところにたどり着いたのかなぁ……なんて思いつつも。
悪あがきになるかもしれないけれど、少しでも自分の付与術を強化させようと、瞑想して魔力上げたりこっそり付与術の練習繰り返したりしてたんだけど。
自分の付与術が、転生した結果何かこう、おかしな方向性に進化したのかもしれないな、と思ったのはそのすぐあとだった。
付与。
それは間違っちゃいない。
いないんだけど……
自分の付与術ちょっとおかしいなと気付いたのは、ある酒場での出来事だった。
仲間もいない今、一人でダンジョンは流石に死なので仲間が見つかるまでの短期間、冒険者ギルドが経営している酒場でバイトしてたんだけどさ。
お酒が入るとやっぱそれなりにトラブルも発生するじゃん?
素面の時はともかくお酒入ると面倒になるタイプとか。
その時もそんな感じで仲間相手に何やら騒がしくしてる相手がいて、そのうち周囲に迷惑かけそうだなって思ったから。
本当に、つい、思いついただけだったんだ。
冷静さとか付与できないかなって。
だってそいつ、酔っぱらって勝手に自分一人でヒートアップしてるだけで、仲間とかにはあまり飲み過ぎない方が、とか言われてたし。
楽しく飲めないなら飲むもんじゃないよな、と思いつつも、酔って暴れられても困るからひっそりこっそり、ちょっとした出来心で試してみただけだったんだ。
結果として、一瞬でそいつは落ち着きを取り戻した。
酔ってるには酔ってるけど、さっきまでとは違って普通にお酒を嗜んでるくらいの範囲におさまってた。
えっ、冷静さとか付与できんの?
マジで……?
自分でやっといてなんだけど、まぁビックリしたよね。
いやでも、冷静さの逆だったなら、バーサーカーみたいにできたかもしれないし、そういう意味でのバフデバフと考えれば、やってできなくもない……のか?
生憎鑑定スキルは持ってないからたまたま、何かすとんと酔いがさめただけかもしれない。
そう思って、その時は流す事にした。
ただ後日、ダンジョンで発見されたアイテムとかが売りに出されてる店を覗いたら、鑑定スキル持ちのメガネが売られてたから。
スキルレベルは低いから、魔物の弱点だとかそういうアレコレまではわからなくても、大まかな相手のレベルとか、そういうのをふわっと鑑定するくらいのやつだけど。
でも魔物じゃなくて周囲の人間のステータスをちらっと見るくらいならできなくもない。
お値段もスキルレベルが低い事でそこまで高いものでもなかったから、試しに買ってみた。
そんでもって、酒場で酔って暴れそうな相手に冷静さを付与してみた。
前の時はたまたまかな? と思ってたけど、どうやら自分がやったらしい。
メガネ越しに見た相手のステータスに、付与 冷静 とか表示されてる。
これ戦闘中だったら、付与 炎属性 とかそういう感じになってたんだと思う。
えっ、えぇ~、できちゃうんだぁ……
その時の驚きは、前世の記憶を思い出して転生してるぅ~と気付いた時と同等だった。
それから先は、自分に一体何ができるのかを模索する日々だった。
冒険者相手に色々と試してみるにしても、変なものを付与するような事になったら大変な事になる。
だから、比較的平和でのどかな村に滞在して、周辺の動物相手に付与術を試していたわけなんだけど。
もしかして自分の付与術は、とんでもないものなんじゃないか……?
色々と試した結果、そう思うようになっていった。
それと同時に、あれこれ仲間探さなくてもソロでいけるんじゃね? という確信も得てしまった。
だからこそ、意気揚々と新たな冒険に出たのだ。
ダンジョンで遭遇した魔物に『忠実なしもべ』を付与した結果、本当に魔物たちは自分の事を守ろうとしたりこちらを狙う敵と戦ったりして、気付けば自分は他の冒険者からテイマーか何かだと思われるようになっていった。
付与術師であることを知っている相手からは、第二のスキルが花開いたと思われたらしく、ちょっとした有名人である。
付与術師にしてテイマーときて、なんだったら組まないか? なんて誘ってくれた人も増えたのだけど。
何となく嫌な予感がしたからそれらについては断った。
いやあの、なんていうか、今まで上手くいかなかったどうにもそりの合わないかつての仲間みたいに、何か嫌な感じがしたからさ……
流石に人間相手に『忠実なしもべ』を付与するのは問題しかないと思うので。
そうやって好きにやらかそうと思えばできる。
でも、それやっちゃったらマズイだろうなぁとも思うわけで。
これはあくまでも付与術なので、永続効果があるわけじゃない。
魔物に関してはダンジョンの中で調達していって、ダンジョンから出る時に穏便にお別れしてるけど人間の場合は下手すると鑑定スキルで自分のやらかしを見破られる可能性がある。
魔物に関しては最初に鑑定されてしまえば、付与術かけた後再度鑑定してくるようなのはいないと思ってるし、実際今のところなんとかなってるけど、人間の場合は状態異常を放置するのは危険極まりないから場合によってはめっちゃチェックされる事もあるので。
なので、街中で見かけたとんでもない美人とかに『恋人』とか『愛人』みたいなものを付与してはいけないのである。『一夜限りの恋人』とかもっとアウト。
バレたら能力封じ処理とかされて殺されるかもしれない。
自分の魅力で美人をおとすならともかく、流石にそれはアウトだとわかる。
前世でいうならアレだろ、年齢制限のあるエッチ系コンテンツで度々見かける、催眠アプリとか。
ああいう感じのやつだろ自分のこの付与術。怖ッ。
永続的に使えて自分が痛い目を見る事がないって確定してるならともかく、魔法系統は相手の魔力の高さではその手の抵抗力があったりするので。
調子に乗ってたら間違いなく痛い目を見るのは自分である。
しかもあれだろ、そういう時って下手に国の権力者とかにやらかしたとかで、言い逃れもできない状況になって処刑とかされるんだ。
大体原作でも自分はロクな死に方をしない。
なのに原作からちょっと離れたところで余計にヤバイ感じの死に方をするようなルート開拓はしたくないわけで。
なので、まぁ。
自分がやらかした付与術は、そこまで大したものではない。
そう。たとえば。
たまたま立ち寄った国で丁度建国祭とかやってて、その祭りの中で明らかお貴族様みたいな男が突然婚約破棄を突きつけたりした時に、『魅了による混乱』がついてたから上書きして『誠実な男』に変えてみたりだとか。
それとは別の国でたまたまお偉いさんに誘われて平民が到底参加できないような豪華なパーティーにいたいかにも気位高そうなご令嬢に『突然のデレ』とかうっかり付与して婚約者との冷えつつあった関係を修復したりだとか。
ツンデレというものに耐性がなかった令嬢の婚約者にはとても衝撃的だったらしい。
まぁ他にも人間関係に亀裂入りそうな相手で、しかもその結果周囲に被害が出そうな相手には率先して色々と付与していった。
どうせ自分の付与術は長時間効果があるわけじゃないから、ある程度時間が経過してから調べられても大丈夫なはずだと信じて。
怒りっぽい人には落ち着きを付与したし、情緒不安定な人には平常心を付与したりもした。
付与術師っていうか、もうやってる事強制的なメンタルコントロールすぎて付与術師とは……? ってなったよね。
そんな感じで行く先々で争いの火種になりそうな人間関係をちょこちょこ修復していって。
ある日、そんなつもりはなかったのに鑑定メガネでうっかりステータスを見てしまった相手が。
魔王だった。
どっからどうみてもそこら辺にいそうなおっさんだったけど、ステータスのところ、自分だったら付与術師って表示されてるだろう部分にデカデカと魔王って記されてた。
つまり、このうだつの上がらなさそうなおっさんは仮の姿で、真の姿は魔王。
ダンジョンの中の魔物を意図的に増やしまくってダンジョンの外へ解き放ってスタンピードとか、魔族を扇動して人々を襲わせたりしている黒幕、魔王。
人間の姿になってまさかこんなところで酒飲んでくだまいてるとか思わなかったけど、流石に放置もしていられない。
注意深く観察しつつ、おっさんが酒場を後にした時に自分もこっそりついていって、人気のないところで『勇者』を付与してみた。
永続的な効果がないから、魔王を『普通のおっさん』に変えたところで効果が切れたらまた魔王に戻るわけで。
だから、勇者を付与してみた。
そしたらどうなるか。
いくら一時的に勇者であっても本来は魔王。
だから、勇者としての使命をもって魔王を殺そうとして自殺とかしちゃうかなー? って思ったんだけど。
目論見は外れて、町の外にいた魔族に攻撃を仕掛け始めた。
どうやら魔王の部下で、人に変身できないタイプだったから町の外で控えていたらしい。そんな相手に襲い掛かるインスタント勇者。
何がなんだかわからないけど、相手が魔王なので勝ち目がないと判断して速やかに逃げた魔王の部下。
おっさんはそのまま更に快進撃を続けた。他にもいた魔族にも攻撃を仕掛けたのである。
魔王様ご乱心!
そんな感じで最初魔族たちも困惑していたけれど、多分部下にあまり好かれるタイプではなかったようで。
いい加減にしろこの酔っ払い! とばかりに部下だった魔族たちは一気に団結しておっさんに襲い掛かったのだ。
こっそり隠れて見ていたけれど、ふと思いついておっさんに新たに付与したのは『見習い勇者』だ。勇者よりさらに弱そうな感じにした事で、恐らくおっさんの能力も下がったらしい。
結果としておっさんは部下たちに殺される結果となった。
魔王が死んで、部下たちも最初ぽかーんとしていた。
なんだかんだあっても、彼が負けると思ってなかったのだろう。
ただ、このまま部下たちを放置しておくのも問題だと思ったので。
こっそりと『忠実なしもべ』を付与した。
魔族相手ならもしかしたら失敗するかもなぁ、と思ったけどそもそも魔王にも付与できたんだから、こっちを完全に警戒してる時ならともかくそうじゃなければ案外呆気なく成功した。
そうして忠実にこっちの命令を聞く状態になったところで。
「自害せよ」
と指示を出せば。
彼らは一斉に自らの首を掻っ切ったのである。
冒険者としてのレベルが突然馬鹿みたいに上がった。魔王に関しては自分が倒したと言えなかったけど、魔王を倒した魔族は倒した扱いだったからか、馬鹿みたいな勢いでレベルがピコンピコン上がっていく。怖ッ。
こんなことがうっかり周囲にバレたら、とんでもない事になってしまう。
こんな方法で魔王を殺すような事ができるやつ、普通に考えたら周囲は安全だと思うだろうか?
むしろ危険人物扱いじゃないだろうか。
考えたら考えただけ、原作とは異なるバッドエンドが見えてきたのでそそくさとその場から逃げ出して。
――魔王がいた大陸から遠く離れた大陸で、新たな第一歩を踏み出す事にした。
原作の舞台からも随分遠ざかったので、自分が何か失態をやらかさなければ平穏に暮らせるだろうと信じて。
結果として、自分はそこで一人の少女と出会った。
彼女はとある劇団の花形スターを目指しているらしいのだが、いかんせん才能らしい才能がない。
自分がアイドルとかそういうのを付与すれば簡単に夢は叶うかもしれないけれど、しかしそんな一時的なものでは夢が叶ったところですぐさま転落していくだけだ。
だからこそ、自分に『プロデューサー』を付与して、少女に指導をする事にした。
ところで自分は前世、アイドルを育成するゲームをこよなく愛しやりこんでいた。
だからだろうか。プロデューサーを付与したものの、その効果はとても長く続いたのである。
向き不向きがあるって事だったのかもしれない。
その人の苦手な属性だとかは付与したところで短時間で切れてしまうけれど、得意属性は長続きする事もあったしな、と今更のように思い出した。
熱心な指導に少女も必死についてきてくれた事もあって。
数年後彼女は目標だった劇団のトップスターにのぼりつめたのである。
最初は才能らしい才能もなく、磨けば光る原石だとは思ったけれどいつ輝くかもわからないくらいだったのに。けれど今は誰もが認める花形スターで。
多くの観客をこれからも魅了し続けていくはずだ。
一つの目標にたどり着いてしまったので、さて自分はこれからどうしようか。
新たな原石を見つけにいこうか。それもいいかもしれない。
でも、もう少しだけ彼女の行く末を見守ってからでもいいかもしれない。
そんな風に考えて、気付けばすっかり原作から遠のいた自分の人生に笑みを零す。
ところで風の噂で勇者が魔王を倒すための旅に出るってニュースを聞いたんだけど。
……魔王、とっくに死んでますけど。
新しい魔王でも誕生したんだろうか。
それならいいけど、もしそうじゃないのなら。
既にいない魔王を探す勇者はちょっと不憫かもしれない。
魔王がいなくても魔物は勝手に暴れるし他の魔族もいるから完全に平和になったわけではない。ただし新しい魔王はまだ生まれていない。だって魔王が死んだって事実を知ってるのって、転生者くんだけだからね。あとは作者と読者だけっていうとてもメタなやつ。
新しい魔王が生まれるにも条件とかあるけど、まず前の魔王が死んでる事実を知らないと難しい感じのやつ。
なので多分勇者くんはそこそこ強い魔族を見つけては魔王だと思って倒しにいくから、魔族側も下手に強さで名を馳せると勇者くんがやってくるよ。なまはげかな?
次回短編予告
王子とその婚約者の令嬢と、身分の低い令嬢っていうよくあるテンプレ。