異世界の魔族の国を亡ぼしたのは、日本の医薬会社とバター製造メーカーと料理人でした
それは双方の国家にとって、当に青天の霹靂だった。日本とタンゲア帝国。突然に、互いにとって異世界である両国間を繋げるゲートが開いたのである。
日本側はドローンを、相手の国は妖精のような謎の生命体を互いに飛ばし、ゲートの先にある国の様子を観察、どうやら十分な文明を持っているようだと互いに判断する。もちろん、両国とも文明を築けているのだからいきなり相手の国に攻め入るような愚かで野蛮な行為はするはずがない。否、仮に攻め入るにしても威力偵察をして勝機を見出した後だろう。
互いに手探りをするように交渉を開始し、お互いにとって取引をする価値が充分にあると考えると両国は交流をし始めた。
タンゲア帝国は、日本の娯楽作品に登場するようなファンタジックな世界に在り、グレーの肌に角を生やした魔族とも形容すべき種族が支配していた。彼らは人間によく似た種族と対立しており、強力な戦闘能力を誇るオーク兵団を主戦力として戦争を繰り広げていた。
ただ、そのオーク兵団は現在大きな問題を抱えていた。感染症が広がり、兵力が急速に衰えていたのだ。日本に高度に発達をした医療技術があると分かると、タンゲア帝国はオーク兵団の治療を日本に依頼した。代わりに、彼らは彼らの国で豊富に採掘できる天然ガスを渡すと約束をした。
日本側はその取引を了承した。
人間によく似た種族が、それによって戦争に負ける懸念があったが、異世界の戦争に口出しをするのは越権行為であると判断し、感知しない事とした。
つまり、「全く違う世界の何者が苦しもうが知ったこっちゃねー。エネルギー資源の方が重要なんじゃ」と考えたのである。
オーク兵団に広がる感染症を研究すると、日本の医薬会社は抗生物質を開発し、取引を開始した。抗生物質の効果は著しく、オーク兵団に広まっていた病気は瞬く間に鎮静化していった。
タンゲア帝国は大いに喜び、それからも抗生物質の輸入をし続けた。どうやら彼らの国で天然ガス資源は非常に安価であるらしい。それを認めると、日本側は更に天然ガスの輸入量を増やそうと、取引する商品として彼らの好物に目を付けた。
脂身である。
オーク達はどうやら脂身を大変に好むらしいのだ。交渉をすれば、容易に応じてくれそうだった。
もっとも、日本でも脂身がそれほど多くある訳ではない。そこで日本政府が考えたのがバターだった。
タンゲア帝国には、どうやらバターに相当する食材が存在しないようなのだった。これは決して彼らの文明が劣っている事を意味しない。日本だって西洋社会から学ばなければ、バターを製造できていたかどうかは分からないのだから。
日本ではバターは生乳の調整弁として製造されている。飲用牛乳の需要が低くなり、生乳が余るとそれでバターが製造されるのだ。その為、バター不足に陥り易い。ただし、それにはバターが酪農家にとっては利益率が低く、あまり生乳をバター製造に回したくないという事情もあった。
つまり、天然ガスという見返りがあるのなら話は別なのだ。バターの生産量を増やす事ができる。
日本政府はバターを高額で買い入れると、タンゲア帝国と貿易をし、天然ガスを大量に輸入し始めた。そしてそれと同時に、日本政府はタンゲア帝国にバターの輸入を促す為、バターを使った料理をタンゲア帝国に普及させるよう料理人達に命じたのだった。
料理人達はその指示を受けて、その料理は“フライドバター”が適切だろうと考えた。
フライドバターとは、その名の通り、揚げたバターのことだ。揚げ衣やパン粉に包んだバターを油で揚げる料理である。常識的に判断すれば分かるだろうが、凄まじい高カロリー食品である。ジャンクフード大国のアメリカにおいてすら“最悪の料理”と恐れられている程だ。
ただし、この料理が普及すれば間違いなくバターの消費量は跳ね上がる。脂身が好物であるのなら、人気料理になる可能性は充分に高いだろうと思われた。そして、料理人達の目論見は見事に当たり、タンゲア帝国のオーク達の間でフライドバターは大流行したのだった。
オーク達は毎日のようにフライドバターを求め、一度に大量に摂取した。それにより、元々肥えていた彼らの体型は更に丸く太くなっていった。
そして、やがては、限度を超えるレベルにまで達するように……
――アメリカ人に極端な肥満体型が多いのを知っているだろうか?
実はその原因は抗生物質ではないかという仮説が存在する。脂身を食べ過ぎると気分が悪くなるが、それは腸内細菌の機能の一つで、実は腸内細菌は体重調節の役割を果たしているというのだ。
が、抗生物質はその腸内細菌を殺してしまうのである。
違法としている国も多いのだが、実際、家畜を効率良く肥らせる手段として、抗生物質を投与する場合もあるのだ。
オーク達の体重調節機能は、抗生物質によって破壊されていた。そして、そこにカロリー爆弾、悪魔の料理とも言えるフライドバターを大量に摂取するようになったのである。
オーク兵団は丸々と肥っていった。戦闘どころか、歩くのも困難になる程に。もちろん、そんな状態で戦争になどなるはずがなかった。結果として、タンゲア帝国は人間に似た種族との戦争に敗れて亡びてしまったのだった……
戦争に勝ち、タンゲア帝国を亡ぼした人間によく似た種族は、魔族達の失敗を受け、「あっちの世界の人間とは二度と取引をしてはならない」と、二つの世界を繋ぐゲートを封鎖してしまった。
「連中は、相手の国のことなど考えず、自分らの都合だけでとんでもない物を売りつけて来るぞ」
と。
もちろん、「あんたらもそれは同じなんじゃないの?」って話なのだけど……