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メンヘラ令嬢

作者: たなか

「王子…私のこと…嫌いになったんじゃないですか?…いいえ…わざわざ言われなくても分かってるんです…本当はもう婚約破棄したいんですよね…私のこと、捨てたいんですよね…」

「何を言っているんだキャサリーヌ!そんなわけないだろう」


 蒼く輝く大きな目の下に薄く広がる隈、美しさよりも不健康さが際立つ、血管が薄く透けて見える真っ白な肌、抑揚と生気のない声で話しているのはメンヘル公爵家令嬢キャサリーヌ。そして彼女の言葉を慌てて否定しているのが婚約者のクローニン第一王子。本来、女性なら誰でも見惚れてしまうような整った容姿なのだが、婚約者の機嫌を取ろうと必死になっている今、その眉は八の字に垂れ下がり少々情けない三枚目のように見える。


「いつも言っているじゃないか。私は君のことを心から愛しているよ。この気持ちは永遠に変わることはない」

「いいんですよ、誤魔化さなくて…王子…私見てしまったんです…あなたがプリシラさんと楽しそうにお話しているのを…」


 とろけてしまいそうな甘い声音で囁かれる愛の言葉も意に介さず、キャサリーヌはクローニンを淡々と追及する。


「それは勘違いだ。彼女は教科書をどこかに忘れてしまったらしく、私にどこかで見かけなかったか尋ねていただけだ」

「……本当ですか?」


 疑い深そうに尋ねるキャサリーヌ。


「ああ。この命に懸けて誓おう」

「………なあんだ!てっきり私捨てられちゃうかと思いましたよ!ああ、良かった!」


 キャサリーヌの豹変ぶりに思わず肩をビクッと震わすクローニン。まるで二重人格のようにも見えるのだが、どうやらそういうわけではないらしい。彼女と付き合う内に判明したことは、定期的に少々精神が不安定になりがちだということだ。そしてその心を落ち着けるためには先程のように一つ一つ彼女の心配や誤解を解決していかなければならない。何故そこまでしてクローニンが彼女に尽くすかと言えば、それはとことん惚れているからという、ただそれだけの理由である。


 彼女が不安定になるのは、基本的にクローニンの前だけである。普段の彼女はまさに完璧な淑女であり婚約者なのだ。通常5年は掛かると言われている王太子妃教育を僅か1年で終え、学園での成績も常にトップ。周囲の生徒達からの人望も厚い。病んでいない時の彼女は非の打ち所がない可憐な美少女である。「その完璧な彼女が自分の前で弱みを見せてくれている」実際は弱みなどという可愛らしいものではないのだが、クローニンはそのギャップにすっかり篭絡されてしまったのだった。


「ふふ…私、王子のことを心からお慕いしておりますわ」

「ああ、俺もこの命が尽きるまで、お前のことだけを愛し続けるよ」

「本当に安心しました。私、婚約破棄されて、プリシラ様が王子の妃になられるとしたら、いっそのことこの何の価値もない身体を一刻も早く捨てて、生まれ変わってお二人の子供になりたいと思っていたんですよ」

「…ひっ…ああ、そんな心配は二度としなくていいからね…はは…」


 明るい声音から繰り出す重すぎる覚悟に、思わず小さな悲鳴をあげてしまったクローニン。顔色は青ざめ、なんとか引き攣った作り笑いを浮かべたが、じっとりと嫌な汗をかいている。


(ああ…王子…ごめんなさい。でも、私が生き残るためにはこうするしかないのです…)



◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 この世界に転生した私は、メンヘル公爵家長女キャサリーヌとして育った。生まれた時からクローニン第一王子の婚約者に決まっていた。現実世界では有り得ないほどの最高の玉の輿コースだが、全く喜べなかった。なぜなら、このあと私が辿る未来を知っていたから。これは乙女ゲームの世界そのものだ。生まれも名前も見た目も全て設定資料どおり。私は、将来男爵令嬢との恋に落ちた王子から捨てられ、嫉妬して彼女に嫌がらせをしたところを見つかり、婚約破棄された上に国外追放されてしまう。そんな人生、どうやって楽しめばいい


 …結果、私は病んだ。いや、病んだふりをした。私は男性を魅了するテクニックなんて持ち合わせていない。けれど、クローニン王子と接する中、彼がどこまでも優しく相手に合わせようとする性格だと分かった。ゲームでキャサリーヌを断罪するのも全て男爵令嬢に涙ながらに訴えられ懇願されて、唆されてしまったからだった。ならば私が取れる手段は一つだけ。メンヘラは最大の防御。思った通り、彼はどこまでも私を心配し、いたわり、尽くしてくれている。彼に心労を掛けてしまうのは申し訳ないが、ゲームの中とは言え浮気した前科がある以上油断はできない。私だって生き残るためには手段を選べない。



「王子…これからも私のこと捨てないでくださいね…一人にしないでくださいね…不安にさせないでくださいね…」

「…ああ、そんなことは絶対にしないと誓うよ…」



 私は生きるため、今日もメンヘラ令嬢になる。

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