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第3章「天聖神祇」1

挿絵(By みてみん)

 昼下がりの《神輿街(みこしまち)》の中心部にあるショッピングモール。駅に隣接した大型複合商業施設にはレストランやカフェ、アパレルショップ、雑貨店などがずらりと並んでおり、それらを利用する客で賑わっており、若い学生や家族連れが目立つ。燐は友人も恋人も居ないので普段であればこういう人混みには近寄らないのだが、今日は隣に美少女が居るので寧ろ積極的にこういった場所を周っていた。


 祀の勘に従いつつ、燐のその場の思いつきで途中で見かけた施設などに寄り道した結果、水族館や海浜公園などで時間を過ごすことになったが、燐も祀も時間を忘れて楽しんでしまっていた。しかし外に出てから数時間経過してもなお手掛かりは見つからず、ふたりはカフェで一服していた。もっとも、彼女の捜し物がなんなのかすらまずわかっていなかったのだが。


 暖色を基調とした落ち着いた雰囲気のある和洋折衷な趣の店内で、ウェイターさんの制服もミニの丈の和風メイドさんなのが目の保養になる。ピークの時間帯ではないが、ふたりの座っている席以外にもちらほら客の姿は見え、立地的な要因もあるのかそこそこ店の評判は良いらしい。


 テーブルの上には燐も注文した生クリームたっぷりのパンケーキとアイスカフェオレ、祀が注文したミルフィーユとミルクティーが並んでいる。味はまぁまぁといったところだが、値段は割とお高めなのは割と腹が立つ。しかしめちゃくちゃカロリー高そうなパンケーキを貪る燐は目の前の少女の楽しそうな顔を見れたので良しとした。


「色んなところ歩き回ったけど見つからないなぁ、祀の捜し物」


「うん……なんかごめんね、面倒事に付き合わせちゃって」


 祀の笑顔がわずかに翳ったように見えて燐は慌てて訂正する。そういえばずっとこの少女はどこか寂しそうな、何かに焦っているような顔をたびたび見せていた。それが何なのか燐にはわからないが、せっかくの機会だし出来れば祀には笑顔のままで居て欲しかった。


「いいっていいって。これも何かの縁だし俺は祀と一緒で楽しいよ」


「そっか……ありがと。私もすごく楽しいよ」


 祀は内心緊張している燐の心中にを知ってか知らずかちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべた。燐も釣られて笑顔を返そうとしたが、口に近づけたカフェオレが少しズレて服を汚してしまい、燐は乾いた笑いで応じるとそれを拭き取った。……なんだかちょっと空回りしている気がするが、それを祀に察せられる訳にはいかない。


「まだちょっと物足りない気がするし何か頼もうかな……祀はどう――」


 居心地の悪さを誤魔化すようにメニュー表を手にする燐だが、目の前の祀は物憂げに窓の外を眺めており、考え事をしているのか燐の声に気付いていない様子だった。

 燐は不意に、祀の横顔に目が釘付けになってしまい、身体が一瞬硬直する。

 唐突に胸が苦しくなって、息苦しさを覚えた。


「……あのさ、祀」


「ん? どうしたの燐」

 

 やっと燐が声をかけていることに気付いた祀がやけに真剣な彼の目をじっと見る。


「……俺たち、昔どこかで会ったりしたことなんて――無いよね?」


「え……?」


 真面目な顔で尋ねる燐に祀はキョトンと首を傾げる。


「あーごめんね……わかんないや。あんまり昔のことは覚えてなくて……でも多分、会ったことはないと思う」


「……そっそうだよな! ごめんね! なんかいきなりヘンなこと訊いて! ただの勘違いだったよ!」

 

 強張った苦笑いを浮かべる燐は口元にカフェオレのグラスを近づけるが、ストローを吸っても既に中は空で氷が溶けたことによって溜まった水の味しかしなかった。


「……そっ、そうだ! もう休憩してから大分時間経ったしそろそろ捜し物探し再開しようよ」


「そうだね、じゃあお会計しようか。こんなペースだとあっという間に日が暮れちゃいそうだし」


 今の時間を確認した祀は苦笑しつつ席を立ち、燐も同じく席を立ってちょうど近くを通りがかった和風メイドさんに会計を頼む。

 「実は今日カップルの方は割引なんですよ~」とギャルっぽいメイドさんはにこやかに伝えて慣れた手付きでレジのキーを叩いているが、勿論祀とはつい昨晩出会ったというかまともに会話をしたのは今朝で、言うまでもなくカップルではないし、一体どんな反応をすればいいのかわからないので「ハハそうなんですか~」と適当に相槌を打っておく


(知り合ったばかりのこの子を俺の彼女なんて紹介するのは気が引けるし祀にも悪いよなぁ……取り敢えず友達っていうことにしておこう。お店にもちょっと悪いし)


 我ながらヘタレだと思うものの、ウソをついて心象を悪くするのはどうしても避けたいし、なによりこちらの良心の呵責がある。ただバツが悪く、ちらっと横目で隣の祀を見ると彼女は少し顔を赤らめながら、いきなりぎゅっと燐の右腕に両腕を絡めた。


(なんだか柔らかいものが腕に……ッ!?)


 突然のことに息が詰まり、顔が硬直する。今まで女性と手を繋いだことすらないピュアな燐にとってあまりにもこれは刺激が強すぎて、彼の頭の中は真っ白になる。とにかくどうにかしなければ、と思うものの、緊張で身体は動かない。


「あの~お客様どうされました~?」


 突然彼氏役? が変に強張った笑顔で硬直したのでメイドさんが怪訝な顔を浮かべる。飲食店である以上食中毒などのリスクは常に抱えているのでこういう客の異常事態にはかなり敏感なのだろう。もっとも燐は食中毒以上にある意味かなり重篤な状態であったが。


「恋人です……」


 しかしその時、祀は小声だが大胆にもそんなカミングアウトをメイドさんに伝えた。腕を絡められて冷や汗びっしりの燐は内心で(はあああああ!?)と絶叫し、対するメイドさんは「あら~お似合いです~お幸せに~」と満面の笑顔で祀と燐の払った紙幣を受け取りつつ、ドロワーからお釣りを慣れた手付きで取り出した。


 祀の思わぬ行動に燐は何も言えないが、わざわざ否定するわけにもいかず、そのまま割引価格で浮いたお釣りを貰いつつ、恋人を装ったままカフェを出た。……なんだかさっきまでカフェオレを口にしていたのに一瞬で喉がカラカラになった気がする。祀になんと声を掛ければいいのかわからず燐は途方に暮れそうになるが、往来に出ると彼女はそっと燐の腕を解放した。


「あはは何かごめんね……キミを恋人ってことにして……迷惑だったかな……?」


「いやそんなこと……お金浮いたし……ちょっと嬉しかったし……」


 よくわからない気まずさに燐は思わず祀から目を逸らす。自分でもなんで居心地が悪いと言うか、モヤモヤした気持ちがあるのかわからなかった。付き合ってもないのに祀に勝手に恋人ということにされたからだろうか。それともあのカフェでウソを言って割引分のお金をちょろまかしたからだろうか。


 いや、違う。燐はそうしてなんとなく、この胸中に渦巻くモヤモヤがなんなのか気付いた。それは、彼女の「恋人です」という言葉に即座に肯定も否定も言えなかったことだった。そんなどっちつかずの煮え切らない態度に自分でもムカついていたのだろう。


(――そうか、俺はこの子のことが……)


「ねぇ、まつ――」


 そうして自分の気持ちを自覚した燐は隣の少女に声を掛けようと、そっと右手で彼女の手を握ろうとした。

 しかし祀は燐の方ではなく別の方を見ており、燐も彼女の視線の先を追うと、そこには家電量販店のビルが建っており、その壁面には大型ビジョンが取り付けられている。

 普段はニュース番組やバラエティ番組などを映しているようだが、今はコマーシャル中であり、何やらかわいらしいマスコットキャラクターが画面の中で生き生きとアニメで動いていた。


「あーなんだっけ? 最近テレビとかネットでよく見かけるんだけど名前が出てこない……」


 ソイツは白いローブを羽織った黒くて丸っこい見た目をしていて頭には二本の触覚を生やしている。


「『タマしぃ』」


「ああ、それそれ。結構女の子とか小学生に人気みたいだよね。グッズもたくさん出てるし……好きなの?」


「うん。なんか訳もなく心惹かれて……ほらこれ」


 すると祀はポケットの中を漁り、そこからたくさんの『タマしぃ』のキーホルダーを取り出した。カラーリングやコスチューム、ポージングは様々だ。何故あれほど大量のキーホルダーが小さなポケットに収納できるのかよくわからないがなんかの手品だろうか。


「めちゃくちゃいっぱいあるね……」


「うん、でもレアの『ゴールデンタマしぃ』だけは全然入手できなくて……噂によるとガチャガチャ二〇台につき一個しか無いらしいの」


 祀は残念そうに肩を落とす。


「景品表示法的にどうなんだそれ……んで『タマしぃ』についてはよく知らないけどどういうキャラクターなんだ?」


「『タマしぃ』はね、こんなカワイイ見た目だけど『ゾンビくん』と『オバケちゃん』が『墓場町三丁目』の曲がり角で正面衝突したことで生み出された設定があってね――」


 すると祀はだんだんとヒートアップし早口で『タマしぃ』についての説明を始める。彼女の話はとてもわかりやすく、燐も『タマしぃ』の理解が深まっていくがそれにしてもちょっとボリュームが多い。


「ううごめん……ちょっとトイレ行きたいんだけど……」


「あっごめんね! 夢中になって話しすぎてたよね!」


 気まずそうにもじもじしている燐に気付いた祀は顔を真っ赤にしてあたふたと手を振る。それだけ彼女の『タマしぃ』への情熱は強いのだろう。

 燐は慌てて最寄りの公衆トイレへ向かった。


「……はぁなんとか間に合った……」


 ギリギリ用を足せた燐はハンカチで手を拭いながらトイレを出るが、向かいの個人営業らしい小さなオモチャ屋が目に入った。店の前にはカプセルトイのベンダーがずらりと並んでおり、その中には祀がご執心の『タマしぃ』のものもあった。

 

「あーこれか。シークレットは黒塗りされてるけど多分『ゴールデンタマしぃ』のことだよな……試しにちょっと引いてみるか」


 燐は財布からお金を取り出し、ベンダーに入れてハンドルを回し、転がり出たカプセルを取り出して中を開ける。


「――おおっ!? 『ゴールデンタマしぃ』じゃん!」


 燐はわなわなと手を震わせてビニールの袋に入った金色のメッキ塗装が施された『タマしぃ』のキーホルダーを間近で見つめた。

 慌ててスマホを取り出し、検索にかけてみるとどうやら『ゴールデンタマしぃ』の価値は一〇万円は下らないようだ。

 一〇万など彼にとっては大金であり、燐はガタガタと身体を震わせて周囲を確認するとすぐさまポケットに『ゴールデンタマしぃ』を忍ばせてそそくさとその場を去る。


「やぁごめんお待たせ~」


 燐はできるだけ動揺を隠すように努めて祀のもとへ向かう。

 しかし祀は手を振る燐に気付いていないようでじっとどこか一点を見つめている。不思議に思った燐も祀と同じ方へ顔を向けると、数多の灯籠が川を流れているのが見えた。

 目の前を流れているものだけでもざっと一〇〇以上はあるだろうか。灯籠が流れている先に目を向けると、川下の広い河原では、黒山の人だかりが出来ており、何やら花束を手向けている。


「《終焉災》……」


「……そういえば一〇年前の今頃だったっけ。最近は大分風化してきたような感じだったけどまだ完全に傷は癒えてないんだよな」


 いや、忘れていたというよりも敢えて燐は意識的に目を背けていたのかもしれない。それだけあの災厄は彼の人生にとって大きな影響を与えている。それは彼だけでなく、隣の祀にとっても、この街の住人にとっても、地球上の全人類にとっても同じことだろう。《終焉災》という大災害はそれだけの悲劇を引き起こした。


 燐と祀は無言のまま川沿いを進んでいき、橋を渡り、新たに定めた目的地へと進んでいく。お互い言葉は交わさないが行き先はもう既にわかっている。そこは燐と祀にとってとても馴染み深い場所だった。


「……ここ、か」


 目的地に到着した燐はぽつりと呟く。うんざりするほど長い、人気のない山道を登った先にある薄暗い森の中。《境界神社》を取り囲む参道、その奥にひっそりと広がっている霊園。《境界神社》が管理しているこの霊園は、多くの死者が眠っている。そしてその死者はみな……


「……『《終焉災》の犠牲者ここに眠る』」


 目の前の石碑に刻まれた銘文をそっと祀が指先でなぞり、唱える。鎮座している墓石の数は数百は下らないだろう。更にふたりが今居るのは霊園の一角に過ぎず、他の区画にもこれと同じかそれ以上の墓石が並んでいる。


 鳥のさえずりや獣の気配も無く、静寂が一体に張り詰めており、ふたりの心にずっしりと重い何かがのしかかる。耳を澄ませば今にも死者たちの無念の呻きが聞こえてきそうで、燐はわずかにふらつきそうになった。


「……花は供えられたりしていないんだね」


「一家丸ごと犠牲になったところが多かったらしい。それに遺体の見つかっていない行方不明者の墓地はまた別のところにあるからこの辺りのお墓はみんな無縁仏みたいなものなんだ。一応ウチの神社が管理しているんだけど」


 そばの手水舎から水を汲み、柄杓で掬い、次々に墓石を濡らしていく燐はふと空を仰ぎ見た。いつの間にか雲が空に立ち込めており、若干日差しが遮られて薄暗くなっている。気温も大分下がり、肌寒さを感じるほどだ。それが気候的なものなのか、この霊園という異質な空間によるものなのか、ただの気のせいなのかはいまいちわからない。


「……この山には昔、何も無かったんだ。正確には巨大な施設かなんかがあって、たくさんの人が生活していたんだけどあの大災害で全部無くなった。だからここで生まれたたくさんの犠牲者を弔う《境界神社》が建立したんだ。ここからでも見えるだろ、あの巨大なクレーターみたいな窪地。あそこが発生源だったらしい」


 燐は祀の手を引いて、森の奥へ向かう。視界を遮る草木をかき分けるようにして進み、闇へと近づく。視界はだんだん暗くなっていくが、燐の足取りは止まらず、祀も何も言わずに彼に付いていく。実際の時間としてはそうでもないが、ふたりにはとてつもなく長い時間に感じられた。だがしばらく森の中を歩いているとやがてふたりの前には一条の光が差し込んだ。どうやら外が近いらしい。


「ほら、ここだよ」


「これが《終焉災》の起きた場所……」


 燐が指差す先を見て祀ははっと息を呑んだ。

 ふたりの前に広がっているのは《境界神社》の裏に広がる巨大な空洞だった。直径で数百メートル、深さはわからないが底はかなり暗く、どうなっているのかわからない。こちらの森とは違って厳重に張り巡らされた金網のフェンスから先は草木一本も生えておらず、あらゆる生物が死に絶えた完全なる不毛の大地に成り果てている。


 異様な光景だった。まるで山の中に突如として荒廃した大地が一部だけ切り取られて転送されてきたかのような、そんな違和感がある。いや、正確には異常なのは穴そのものではなく、その奥だ。真っ暗で何も見えないが、その先には何かが秘められている。それが何なのかはわからないが、異世界かどこかに繋がっていてもおかしくないと考えてしまうほどに本能的に危険を感じてしまうのだ。


「――ねぇ燐あの穴は……」


「……そろそろ引き返そう」


 金網にくっつき、その奥をじっと覗き込む祀に対し、燐は巨大な穴から目を背けた。これ以上あの場所に近づくとロクなことにならないという予感があるし、さっさとこの場所から離れたかったのだ。しかし燐の背中に付いてくる祀もどこか納得していない様子で何度も背後を振り返っている。彼女もあの場所に何かがあると感じているらしい。それが祀の捜し物なのかまではわかっていないようだが……それでも燐は祀が大人しく諦めてくれたようで安心していた。

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