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第3話


 俺は普段眼鏡をかけているが、そこまで目が悪いわけではない。

 ただ、眼鏡がないと席替えの際、前のほうの席じゃないと黒板が見えなかった。

 席替えのときに自由がなくなるのは嫌なので、俺は眼鏡をかけていた。


 運動するときは話が別だ。学校の体育程度なら外すことはないが、今は全力で走りこんでいる。

 ああ、最高だ。足へとかかる負荷、段々と息苦しくなっていく体。


 この限界へと追い込んでいる感覚が、俺は好きだった。

 いやいや、余計なことは考えるな。運動をしている最大の理由は、嫌なことを忘れるため。

 走りながら、俺は気晴らしに別のルートへと変える。


 毎日十キロ程度走るようにしているが、そのコースはいつもバラバラだ。

 もう中学の時から走り始めているので、感覚的に十キロが分かるようになっていた。……中学の時から走り始めた理由は特にない。そのときからいじめられているからではないのだ。


 だから俺はいつもと違う道を走り、駅前南口へと来ていた。

 ……ここは失敗だったな、と思う。南口は繁華街のような盛り上がりを見せている。あちこちで客引きが行われ、酔っぱらったようなサラリーマンや柄の悪そうな男たちが大勢いたからだ。


 ただ、カラオケなども集中していることもあり、駅前は学校の生徒たちも結構遊びに来ているのだ。

 ……たまたま、制服を目撃してしまい、とてもとても嫌な気分になってしまったので、俺はすぐに道を変えようと思った。

 だが、その時だった。


「おい、てめぇ! ぶつかっただろ今よぉ!」


 激しい声とともに、一人の男が吠えた。

 うわ、滅茶苦茶柄が悪そうだな……。腕には分かりやすいほどのタトゥーが入っている。

 あれほどあからさまな奴は見たことない。……あれだとまるで、アピールするかのようだな。


 ちらとそちらを見ると、男が四人……俺の学校の生徒に絡んでいたのだ。

 ……俺の学校の生徒――北崎たちだ。

 北崎とその友人の男――名前は分からないが、いつも一緒にいるのは見ている。

 さらに、北崎の彼女だろうか? クラスで滅茶苦茶可愛いと話題の八雲真理やぐもまりも一緒にいた。八雲の友達もいて、合計四人が、四人のチンピラに絡まれている。


 ……ダブルデートって感じだったのだろうか? それまでの楽しい雰囲気などどこかに消えうせたように、北崎たちは顔を青ざめている。


「し、知らねぇよ!」

「あ!? てめぇ、年下のくせになんつー口の利き方してんだ!? あぁ!?」

「ちょっと、こっち来いよ。女もだ!」


 そう言ってチンピラ風の男たちが、北崎を含めた四人を裏へと路地裏へと連れて行った。

 ……先ほどのやり取りを見ていたサラリーマン風の男は、それから無言で立ち去っていく。

 

 この辺りではよくあることなのだろうか。誰も別に触れやしない。

 ……いや、そもそも人間という生き物自体がそんなものだ。

 周りで何かあったとしても助けに入るなんてわけがない。自分に被害が出るかもしれないんだからな。


 助けたからといって、その後の人生が幸福になるほどの報酬があるわけでもない。

 ゲームみたいに、ミッション『高校生四人を救え!』報酬十万円! みたいになれば、誰かが動くかもしれないが――現実はそんなのじゃない。

 俺だって普段いじめられている側だ。ざまぁみろっ! とまでは言わないが、別に助けに入るつもりは……ない。


 俺も素通りして立ち去ろうとしたときだった。

 男子二人が慌てた様子で路地裏から出てきた。


「おい、待てや!」


 北崎とその友人を追いかけるように、顔を赤くしたチンピラも出てくる。

 彼らが鬼ごっこをしているのを見届けたあと、俺はふと思った。

 ――おいおい! おまえらの彼女たちはどうした!?


 まだこの路地裏にいるんじゃないだろうか? 女見捨てて逃げたのか!?

 北崎たちも確かそれなりに運動ができるとかいうので自慢していたことがあったな。

 ……そりゃあ、そんな二人が全力で走れば酔っぱらったチンピラから逃げるのは難しくないと思うが。

 

 つまり、女を見捨てて逃げたというわけで――。

 俺は慌てて路地裏へと入る。すると、まさにちょうど今乱暴されそうになっていた彼女らがいた。


「ちょ、ちょっと! 警察呼びますよ!」

「はは、呼べばいいだろ!? 俺の友達警察なんだよ! むしろ仲間が増える? 的な!?」


 八雲が必死に抵抗するように声をあげていた。

 もう一人の女子は、嗚咽をもらしていた。

 ……最悪な光景だな。


 俺は小さく息を吐き、それから拳を振りぬいた。

 五分も経たず、静かになった。

 ……ゲーセンのパンチングマシーンよりはストレス発散になったか。


 俺は軽く息を吐いてから、その場を後にしようとした。


「た、助けてくれてありがとうございます!」

「……夜は気を付けたほうがいい。バカは何をするか分からないからな」


 それだけを残して、俺はその場を後にした。

 別に彼女らを助けるためにここにいるわけじゃない。

 ただ、俺は自分が傷つきたくなくて割り込んだようなもの。


 もしも、彼女らが明日学校を休んだなんてなったら、精神への負荷で俺が死ぬ。

 だから、助けただけだ。


 喧嘩は得意だ。

 夜の街を走っていると、チンピラに絡まれることがあったからだ。

 最初は敗北して所持金が半分に……いや、ゼロになった。あいつら酷い。ファンタジーゲームだって、全滅しても所持金半分なのに。


 負けたくないと思い、訓練した。そうして今がある。

 

 小さく息を吐きながら、俺は今日のランニングを終えた。

 ……家に戻ると、すぐに芽衣が下りてきた。


「お風呂の準備はしておきましたよ。早く入ってくださいね」

「……あ、ああ」


 芽衣がにこりと微笑み、階段をあがっていった。 

 ……疲れた。


 八雲たちを助けてからは、あまりランニングに集中できなかった。

 せっかく、学校のことを忘れるために走っていたのに、あいつらのせいでまた思い出してしまったからだ。


 はぁ、また明日も学校か。嫌だな……。

 とりあえず風呂に浸かって、一日の嫌なことをすべてお湯で流そうか……。


 




 


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