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大減税

作者: 村崎羯諦

 お金が減っていくより増えていくほうがみんな嬉しいので、民主主義思想に則り、消費税を10%から-110%へと引き下げるという大減税政策が施行された。


「税抜き価格3260万円なので、これに消費税が加わって……えーっと合計がマイナス326万円になります」


 スーパーの店員がレジに金額を打ち込むと、キャッシャーがすざまじい音を立てながら大量の札束を吐き出していく。私は店員が両手いっぱいに抱えた札束をバックの中に入れていく。重みを増したバッグと購入したトイレットペーパー一袋を手に持ち、私は店を後にする。お札と硬貨で数キロの重さにもなったバッグを持ち替えながら、私はゼエゼエと息を切らして自宅へと戻っていく。


 玄関を開け、買ってきたトイレットペーパーを床に置き、部屋の電源を入れる。照明が灯った部屋の中は天井の高さまで積み上げられた札束がスペースを占領し、心なしか床がお金の重みでしなっているような気もする。私はバックをひっくり返し、今日の買い物でさらに増えたお金を部屋の開いているスペースへと乱暴にぶちまける。そして、腕を組み、お金で覆い尽くされた部屋を見渡す。


「なんとかしないと……このままだと生活ができないじゃないか」


 大減税政策が施行されてからというもの、私のような状況に追いやられている人間は少なくない。お金を互いに奪い合う時代は確かに過ぎ去った。その代わりに今は、お金を互いに押し付け合う時代となった。自分のお金を押し付け合おうとする中で、結局倉庫に眠る現金の量を減らすことのできない電子マネーは店側が使いたがらない。金を貸すという行為自体が存在意味を失い、銀行は一つ残らず倒産してしまった。その結果、私のような経済弱者が何も考えずに買い物を行い、気がつけば部屋の中がお金で埋もれてしまうという事になってしまう。お金の保管のためにコンテナを借りるとしても、レンタル料金を支払わなくてはならず、そこには当然消費税が適用される。すなわち、お金を保管するコンテナを借りることで、さらに私は抱え込むお金を増やすことになる。


「眠るところくらいは確保しないと……こうなったら、最後の手段しかない」


 私はマイナス3億円もした大きめのバックに入るだけのお札を詰め込み、周りを警戒しながら部屋の外へ出る。そして、ばれないようにばれないようにと祈りの言葉をつぶやきながら、人気のない道へと向かっていく。私は辺りを見渡し、人がいないことを確認する。そして、そっとバッグの中に入れていたお札の束を道端に投棄していく。バッグの中身をすべてを捨て終わると、私は手早くバッグを閉め、足早に現場を立ち去ろうとした。しかし、その時。


「君! 待ちなさい!!」


 その言葉に私はビクリと肩を震わせる。振り返るとそこには屈強な警察官が立っていた。警察官は私が先程捨てた札束へと視線を向け、私に冷たい視線を投げかける。


「現金の不法投棄は違法だってことは当然知ってるよね?」

「わ、私じゃありません。私が来た時にはもうすでに……!!」

「ここには監視カメラが設置されている。それでもまだ自分は違うと言い切れるのかい?」


 警察官の言葉に私はぐうの根もでない。警察官が小さくため息を尽き、ポケットから数枚のチケットを取り出し、何やら記入を始める。


「すいません、お巡りさん。ほんの出来心なんです。もう、私の部屋じゃ、私が寝るスペースもないんです」

「気持ちはわかるけどね、犯罪をしちゃいけないのは常識なんだよ。未遂ということで罰金で済ますけど、既遂なら本当にタダじゃな済まないからね。ほら、免許証を出して、住所をここに記入して」


 警察官がぴっと用紙を切り取り、私にそれを提示する。


「不法投棄のチケット。罰金はマイナス十億円。後でお金は署から君の住所に届けることに成るから。結局悪いことしたら巡り巡って損しちゃうわけだからさ、今後はこういう行為は慎むこと!」

「はい……」


 私は消え入りそうな声で返事をする。どうやら今日は部屋で寝ることはできないようなので、玄関で寝るしかない。でも、果たしてそれもいつまで続くかはわかならない。私は鬱々とした気持ちで警察官が切ったチケットに自分の住所を記入していった。


*****


 こうなったら働いてお金を減らしていくしかない。震度三の地震でお札の塔が崩れ、あやうく部屋の中で生き埋めにされかけた後でようやくそう決心した。少しでも働いて、それでこの部屋の中のお金を少しづつ減らしていくしかない。私は美大の出身だ。路上で似顔絵でもかけばきっと誰かが買ってくれるはずだ。私はお札の山をかき分けてようやく大学時代の画材道具を掘り出すと、スーツケースいっぱいにお金を詰め込み、下北沢へと向かった。


 路上にシートを敷き、即興でデコレーションしたカンバンを建てる。すると、幸先よく一組のカップルが私の目の前で足を止める。出身大学をそれとなくほのめかし、似顔絵を書きますよと私はセールスを行う。


「いくらですか?」


 女性の方が聞いてくる。


「えっと、それじゃあ……十億円でどうでしょう?」

「高すぎるよ、そこらへんの似顔絵師の十倍近いじゃないか。行こう」

「ま、待ってください! じゃ、じゃあ一億円で描きますから!」


 その言葉に二人が足を止め、それならお願いしようかなと互いに頷きあう。私はありがとうございますと頭を下げ、一億円から消費税を考慮し、マイナス一千万円。百万円札の束を十個お客さんに手渡すと、男がバックを開け、その中にうけとったお金を入れる。 


 ぱぱっと似顔絵を描き、二人に手渡す。二人は可もなく不可もなくといった表情でありがとうとお礼を言って、この場から立ち去っていく。私はまだまだお札がパンパンに詰まったバックを見て、げんなりしてしまう。一人の客を相手して、たったのマイナス一千万円。私は足を伸ばして眠れるように成るまで、私はどれだけの絵を書かなければならないのだろうか。


「ひょっとして、お金に困ってらっしゃるのですか?」


 私がふと顔を上げると、そこには人の良さそうな成人男性が立っていた。髪を整髪料で整え、ビシッとスーツを着こなし、満面の笑顔で私を見ている。私が恐る恐る頷くと、男はそうですよね、大変ですよねとねぎらいの言葉をかけ、そしてこういった。


「いえね、私は政府の政策で苦しんでおられる方々を助けるNPO法人の代表なんです。特に、大減税政策はひどい。あの悪政のせいでどれだけの人間が住居を失い、増え続けるお金の管理に困っているか。誠に心を痛めます」 


 そうだそうだと私は男の言葉に頷く。


「で、ですね。我々NPO法人はお金を持ちすぎて困ってらっしゃる方々からお金を受け取ろうという慈善活動を行っているんです。つまり、言い換えるなら、あなたの家を占領しているお金を私達が受け取ろうというです。ほら、手始めにあなたのブルーシート上に置かれているお金を私達に贈与してもらえませんか? それだけでも、随分と身軽になるでしょう?」


 神様が現れた。私は目の前のサングラス姿の男性に後光が指しているような錯覚さえし始める。ありがとうございます。ありがとうございます。私は何度も彼にそういって頭を下げる。男は困ったときはお互い様ですよと優しくほほえみながら、カバンから一枚の紙を取り出す。


「とりあえず、ここの一番下にサインをしていただけますか? これであなたから私への贈与が完了することになります」


 私は男から数枚に閉じられた紙を受け取り、難しい言葉が羅列された最後の箇所に自分の名前を書き込み、男に返す。しかし、その瞬間、男は先程私に見せたような優しげな表情から一変、私を嘲笑するような表情へと移り変わっていた。


「まんまと引っかかりましたね……」


 男がぼそりとつぶやく。それと同時に、後ろに駐車されていた車から何個ものスーツケースを抱えた男が現れた。そして、男は私のブルーシートに置いてあった二つのスーツケースを開き、中身を確認した後、それをひょいと持ち上げ、その代わりに、自分が車から持ち出してきた倍以上の個数のスーツケースを置いていく。


「ちょ、ちょっと待ってください。何をやってるんですか!?」

「何って、実際にあなたから私への贈与を行っているだけですよ。あれ? ひょっとしてつい先月、贈与税に関する規定が変わったのをご存じないのですか? 法律の改正とともに、無償贈与にも消費税が適用されることになったんですよ?」

「そんな馬鹿な!」


 男が高笑いをする。そしてそのまま自分の車に乗り込み、男を乗せた車が発進していった。私は大声で叫びながら車を追いかけたが、当然追いつけるはずもなく、そのまま車は走り去っていく。手持ちのお金を増やされ、プライドも傷つけられた私は呆然としたまま元いた場所まで戻っていく。そして、数十秒だけ離れただけのブルーシートの上に、明らかに自分のものではない数個の札束がぶちまけられていることに気がつく。


「ちくしょう! 誰だ、お金を置き逃げしたヤツは!!」


 たららったったったったったったと着信音が鳴る。苛立たしさを押さえながら携帯を確認すると、私が借りているアパートの管理会社からだった。不吉な予感を覚えながら私は恐る恐る電話に出る。


「はい、〇〇ですが……」

「〇〇さん? 今どこにいらっしゃるんですか!?」


 男の切羽詰まった声に胸のざわめきが強くなる。


「えっと、今は外出中でして……」

「たった今、〇〇さんの部屋の底が抜けて大惨事になっているところなんですよ! 損害賠償の件も含めて一刻も早くこちらに戻って……」


 男の言葉を最後まで聞くことなく、私は反射的に電話を切る。冷たい汗が全身から溢れ出してくる。再び携帯の着信音が鳴り始めるが、その電話に出る勇気も、家に帰る勇気もない。あれだけのお金を抱えている身で、そのうえ損害賠償なんて抱え込めるはずがないじゃないか。


 絵を描く気力もなくなった私はブルーシートを片付け、最初よりも増えてしまったお金を手にこの場を立ち去った。行く宛もないまま私は街をさまよい続ける。強い木枯らしが吹き、私の身体を凍え上がらせる。そして、気がつけば私は街から少しだけ離れた河川敷へとたどり着いていた。身体を縮こませながら階段を降りていくと、架線の下にいくつものテントが張られていることに気がつく。導かれるようにそのテントへと近づいていくと、ちょうどテントの中から私と同じくらいの年齢の男が現れた。無精髭を生やし、髪は何年も洗っていないかのようにボサボサ。よれたジャンパーはシワだらけで、色の抜けたジーンズは所々擦り切れていた。


「ああ、そういうことね」


 男は私が両手に持ったスーツケースを見てそうポツリとつぶやいた。


「住む場所がなくなって困ってるんだろ。いいよ、ここはあんなみたいな人間の集まりだからな。歓迎するよ」

「あの……そうやって受け入れていただけるのは大変うれしいんですが……どうしてそのような格好をしているんですか? お金は増えますが、手ぶらで言ってもお店で服とかを買えると思うんですが」

「ホームレスであろうとなんだろうと、お金を捨てることは重罪だ。もしお金を捨てるような真似をすれば、俺たちにも警官は容赦しないだろうな。逆に、お金を不法投棄さえしなければ条例で禁止されている路上生活に目をつぶってくれるということなんだ。だからな、俺達はよほどのことじゃない限り、お金を増やすわけには行かない。それはお前も身をもって学んだことだろう?」


 男は暗く陰った表情を変えることなく淡々と説明する。ついてこい。男は私に背中を向け、テントの中へとゆっくりと入っていく。私は男の言葉を噛み締めた。不条理に対する怒りも湧いてこなければ、政治に対する憤りも感じない。私はお金の使い方を知らなかったただの敗北者に過ぎなかった。無気力で、怠惰なお馬鹿さん。冷たい風がもう一度吹き、私の身体がぶるりと震えた。そして、私は鉛のように重たい足を上げ、男が待つテントの中へと入っていった。

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