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中島は興奮で喉が渇いたのか、テーブルのコップの水を一気に飲んだ。
しばらくすると、紅潮していた顔が元に戻ってきた。
「そこからは、お互いに相手をあからさまに避ける生活になった。僕もそのほうが気楽だった。祖父が健在なうちは孫の催促が悩みのタネだったが、他界してからは、それも無くなった。父と母は僕のことをよく理解してくれていたから、あの女との関係は薄々、気づいていたんじゃないかと思う。子供に関しては、何も言ってこなかった。おそらく、あの女も実家からは何か言われていたろうが、僕の耳には入ってこなかった。何せ、僕とあの女には、会話というものが存在しなかったからね」
中島はスーツの上着から、しゃれたハンカチを出すと額の汗を拭いた。
私はその隙に、すっかり冷めてしまったホットコーヒーを口に運んだ。
「それで…とても困ったことというのは、ここから何だが…」
まったく長い道のりだった。
このままだと、話を聞くだけで、1日かかってしまうかと思った。
「あの女との、干渉し合わない生活が続いて…1年前の朝なんだが…急にあの女…いや妻が…」
おや?
私は首を傾げた。
今、中島は「妻」と言ったのではないか?
私の聞き間違いでなければ。
「妻が、出社するために玄関で靴を履いている僕のところへ来て『あなた、行ってらっしゃい』と言ったんだ」
「ほう」
私は思わず、そう言っていた。
私にとっても、それは奇異な出来事に思えたからだ。
「その日から、それは毎日続いた。それどころか妻は、事あるごとに僕に話しかけてくるようになった。ほとんどは他愛もない、どうでも良いことだが…それに何というか…妻の表情が変わった」
中島は、ゴクリと唾を飲んだ。
先ほどまでの「あの女」の話とはまるで違う、穏やかな顔をしている。
「無表情だった前とは違って…その…かわいいのだよ…たまに恥ずかしがったりして…それがまた…」
私は呆れた。
これは、いったい何なのだろうか?




