4話
「はあ、はあ、はあ・・・」
森ノ宮ダンジョンの3階層。
小倉 麻里は薄暗いダンジョンの中でひとりうずくまって荒い息を吐いている。
その右手が押さえているのは自身の足首。赤黒く変色し、膨れ上がったそこの回復を、息をひそめながら待っていた。
実力不足?慢心?運が悪かった?
いずれにしろたったの3階層。こんなところで立ち止まるなどというのは中級程度以上のハンターからすれば失笑ものだ。
小倉さんの顔は歪んいているが、それは怪我の痛みによるものだけではない。
情けなかった。悔しかった。
自分の無力さに打ちひしがれていた。
この階層に現れるモンスターの危険度は相当に低い。
しかも一角ラビット、黒ネズミの2種類しか出てこない。このクラスのモンスターはハンターでなくても、男性ならば高校生にでもなれば倒すことが可能なほどの強さしかない。
「・・・・・・」
それほどにレベルの低い場所で怪我をしてしまった自分にどうしようもないほど無力感を感じていた。
小倉さんも普段であれば問題なかった。この森ノ宮ダンジョンは家から一番近く、低い階層は初心者用であるというのがよく知られているので、何度か来ていたが、怪我をしたのは今日が初めてだった。
狭い通路を歩いている時に襲われてしまった。しかも挟み撃ちのように前後から3匹も一度に現れた。ゴルフクラブでの一撃を外してしまい、黒ネズミの体当たりを足首に受けてしまった。
撃退には成功したものの、時間が経つほどに足首は腫れ、一人では歩くことが厳しいほどの状態になっている。だから小倉さんは行き止まりの通路にしゃがみ込んでいる。そして壁を背に前方だけを確認すればいい状態で静かに足首を押さえている。
彼女の首には緊急用の笛が下げられている。
これはダンジョンで危機に陥った時に使用するもの。
ハンターになった時、全員に支給される物だ。命の危険を感じた時にこれを吹く。そうすれば地上から助けを呼ぶことが出来る。まさに命綱と呼ぶべきもので、これによって命が助かったハンターの数は多い。
しかし彼女はこれを使うことを躊躇っていた。これを使いたくない事情があった。だからこうしてうずくまりじっと回復を待っている。
こんな所で、たったの3階層で、その思いが決断を鈍らせる。
ダンジョン内に変化を感じた。
カツ、カツ、カツ、カツ
ダンジョン内に響く人間の足音。
小倉さんにとっては長らく待ち望んだ音色であった。
お願い・・・小倉さんは祈った。
この足音、複数人の感じはしない。多分一人だろう。もし歩いてくるハンターが良い人そうなら、地上までの救護を依頼しよう。
できるのであれば同じ女性がいい。
そして怪我をした自分を連れて行ってくれる位の、強いハンターであってほしかった。動けない人間を連れながらモンスターが徘徊するダンジョンを戻るには、その負担を補って余りある実力が必要だからだ。
息をひそめしゃがみ込み、けがの回復を待っていた小倉さんは、助かるかもしれない、その期待を胸に、痛む足に負担をかけないように、けがをしたのとは逆の足と両手を使い起き上がると、足音のするほうへとゆっくりと歩き始めた。
しかし目に入ったその足音の主、その姿は想像とは違っていた。
「っ!」
禿げ上がった頭部に脂ぎった顔。
スケベそうな細い目。
丸みを帯びた体に出っ張った腹。
鼻息は荒い。
そして一人だというのにニヤニヤと笑っている。
その男はどっからどう見ても正真正銘のスケベ親父完全体。
小倉さんの本能が警笛を鳴らした。




