第八十八話 罠
「おや? もう一人のお方はどうされましたかな?」
アレウスと俺の二人で一旦席を外したはずなのに帰ってきたのが俺だけだったので町長が不思議そうにしている。
「ちょっと気になることがあるみたいで一旦用意して頂いた宿の方に戻ってます。後にしたらと言ったんですけど気になった事はすぐに取りかからないといられない質らしいので、すいません」
「気になること、ですか?」
「僕も詳しくは聞いてないので良く分かりませんが多分明日に備えての準備関連で何かあるんだと思います」
「・・そうですか。ならば邪魔をするわけにもいけませんな、私達だけで先に頂きましょう」
「はい」
並べられていたのは目を見張る程の豪勢な料理の数々。
久しぶりに見たちゃんとした料理だった。
深淵から出てから行き着く街は全部が苦しい生活を強いられて食べれるだけで幸福とでも言うようなあまり手が加えられていない簡素なものばかり。
「良いんですか、こんなに豪華なもの?」
「ええ構いません、我々にはこれくらいしか出来ませんから遠慮せず」
「ではお言葉に甘えて」
活気を失った今の町の状況とは不釣り合いな食事を用意してもらい残すのも失礼になるので遠慮なくご馳走になる。
色々と種類がある中で一番存在感を放つのはやはり肉、深淵でのクル以来口にしていない貴重なタンパク源、この気に大量に摂取しておかなければ。
口に入れるとほのかな苦味の後に懐かしさすら感じる肉々しさが口一杯に広がる。
この風味、大分薄まってはいるが本当に懐かしい。
だが思い出に浸っている場合では無い。
「うぐっ!」
突如身体を襲う痺れ、俺は苦しみを見せながら床で呻き、もがく。
その最中町長の方を見るとそいつはそうなる事を知っていたかの様に顔色一つ変えない。
「これは、一体?」
町長は何も答えないまま先に俺の意識が途絶えた。
運ばれてきたのは町から少し離れた所、この辺りには何も無かったはずだが・・なんて疑問に思っていると肩に担がれていた俺は乱暴に地面に放り投げられた。
雑に扱いやがって!と心の内で吠えて怒りを鎮める。ここで暴れる訳にはいかない、最終的にどこへ連れて行かれ何をされるのかは確認する必要がある。
町長はてっきり俺が意識を失ったと思っていた様だが生憎俺にとってあの程度の毒は効果が無い、それよりも師匠の事を思い出すことによる寂しさとそれから師匠に無理やり口に突っ込まれた毒混じりの食材の味が蘇り受ける精神的ダメージの方が深刻だ。
とにかくこのまま大人しくしておこうと寝たふりを続けていると突然俺を運んできた男が一人何も無い場所で声を上げる。
「おい、連れてきたぞ」
どこへ向けての言葉なのかさっぱり分からないが薄目で様子を伺っているとすぐにその疑問は解消された。
木々で埋め尽くされていたはずの場所に突如大きな建物が姿を現した。
重そうな鉄の扉が音を立てながらゆっくり開く、その中から出て来たのは思った通りあいつだった。
「あら、ありがとう。じゃあもう一人もお願いね」
見た目と言葉使いの差が凄まじいあの男。