第八十六話 疑う心を忘れない
バラックへと再び辿り着いた。
「ようやくか」
アレウスがやる気満々と言った様子で腕を回している。
ここに来るまでに彼の実力は充分に見せてもらえた。得物は背中で凄まじい存在感を放つ大剣、それを易々と振るい魔獣を圧倒する、そしてド派手な爆発を巻き起こす魔法も使える。正直魔族とも普通にやり合えそうなとんでもない人だ。
俺は師匠と何度も死にながら無茶な特訓をこなした結果今がある、それに師匠の魔力をこの身に帯びた反則みたいな状態だからこそ魔族にも立ち向かえるがこの人は正真正銘人の身でそれをする事を恐れない、もしかしたらこれから戦いになるかも知れないのに。
「敵が潜んでるかもなので警戒して行きましょう」
敵は俺をいいように使ってくれた奴だけとは限らない、人と魔族の違いだってそれなりに近づかないと分からない、今遠くに見えるのが離れたこの場所では人としか思えないが近づけば実は魔族なんて事があるかも知れない。とにかく不意を突かれないように気を付ける必要がある。
足を踏み入れ前回と同じようにどこか監視されているかのような鋭い視線があちらこちらから向けられる。
前回はただ余所者だと警戒されているだけなんだとそこまで気にしなかったがこのどれかに敵意が含まれているのかも知れないと思えば一見して普通に見える人にだって気が抜けない。
そもそも人か魔族か判断する方法も確実じゃない、保有する魔力の大きさで判断しているのだがあくまでそれは体感、魔族と人の魔力量の差から近づいてなんとなく肌がピリつく様な感覚がすればそれはその者の持つ魔力が普通の人よりも遥かに多いということで魔族だと疑う。
だが疑うだけで確定とまではいかないせいですぐにどうこうすることも出来ない。
例外的な存在だっているからだ。俺のすぐ隣にいるアレウスの様に人でありながら魔力が異常に多い者も存在している。
なので判別というよりは警戒を促す程度で正直いまいち、結局は全員に注意しておけということだ。
問題無いだろうと少し気を抜いた結果がこれだ。
「何だお前ら?」
目の前には人溜り、そこへアレウスが背中の大剣に手をかけ町の住人へ威圧するかの様な態度を見せつつ聞く、どう考えても質問する側の態度ではないのだが態度がおかしいのは向こうも同じだった。
今までずっと離れて見ているだけだったのに突然こちらの進路上にやって来て「お話があります」と積極的に関わってくる変貌ぶり。
変だなと思いながらも流されるままに近くの家の中へと案内され席についた俺たちの前に現れたのはおそらく人間である一人の老人。
「私はこの町の町長をしている者です。いきなりではありましたがお時間を頂き感謝します、旅のお方」
「いやそれは構わねえが一体どういう心境の変化だ? ずっと俺たちを避けてたくせにいきなり話があるなんて」
アレウスがさっそく一番気になるところに切り込んで行く。
先程までの威圧感のある怖い表情ではないが警戒は緩めていない、視線がひっきりなしに動いて周囲の状況に常に目を向けている。
なのでそちらは任せて俺は目の前の町長に意識を向ける。
「申し訳ない、こちらにも事情があったです」
「どういった事情ですか?」
「実は現在この町は魔族の手に落ちている状況なのです」
「そんな風には見えなかったがな」
疑うアレウスに町長は慌てた様子で続ける。
「そういう風に振る舞えと命令されているのです、いつもの暮らしを続けながらも町を訪れる者とは必要以上に関わるなと、従わなければ死人が出る事になると脅されていたのです」
それであんな素っ気無い態度だったのか。
「じゃあ今ここでこんな話をしているのが知れたら・・・」
「幸い今は何処かに行っており戻るのは明日の朝になるでしょうから知られる事はないかと、ただ万が一知れれば奴は言葉通りにするでしょう。ですが死の恐怖に常時晒され怯えながら生きるのはもう耐えられない、あなた方がこの町を訪れたのがいい機会なのかも知れない今こそ立ち上がろうと皆で話し合って協力する事に決めたのです」
「そいつは有り難いがあんた達は何もしなくて良い。荒事は若い奴の役目、魔族の相手は俺達でするからよ」
「なっ!」と同意を求めて力強く背中を叩かれたので俺も肯定する。
「はい、見たところこの町には自分達と同じ年頃の人は居ないみたいですし」
「申し訳ない、若者は皆魔族打倒を掲げ出て行ってしまいこの町にはもう年寄りしか残っておらんのです。我々では役不足と仰られるのならせめてもの手伝いとしてお食事でもいかがですかな? 宿の用意もしておきますのでしっかりと休息し明日に備えてはどうでしょう?」
件の魔族が戻ってくるのが明日の朝ならそれも悪くない、というかアレウスはもうすっかりその気のようだし。
「ではお言葉に甘えさせて頂きます」
というわけで町長の家でしばらくくつろぎながら食事の完成を待つ。
その途中お手洗いに行くと見せかけ少しだけ家の中を調べてみる。やはりまだ完全には信用し切れていなかった。さっきまでのこちらを見る目、嫌々やらされているにしてはやけに迫力があった。
変に関わりを持たないようにこちらを遠ざける為じゃない獲物を狙う狩り人の様な鋭い目。
気のせいかも知れないが一応探っておくべきだろうと動く俺はとある部屋の前で足を止めていた。
中から漏れ出してくる濃い魔力に引き止められるかのように。