第七話 ときめき肉体改造
武器と防具を手に入れ、次はどうしようかと町をぶらぶらしていた。
今日は雲ひとつ無いきれいな青空だ。照りつける太陽が何とも心地いい。セロトニンが分泌され、異世界で摩耗していた俺の精神が安定していく。太陽とはなんて偉大なんだろう。
でも俺はインドア派だからこんな日は家の中にこもって一日中未攻略ゲームを攻略するか漫画を読むかアニメを見るかして充実した一日を満喫していたいものだ。
しかし、この世界にはゲームも漫画もテレビすら無い、無い、無い、無い、何も無い。
何もやる事が無いというのはなんて暇なんだろう。仕事をバリバリ頑張っていた人が定年退職したらこういった気持ちを抱くのだろうか? 依頼に行こうにも今日はルナが用事らしく欠席だ、かといって一人で行くのはしんどい・・・どうする?
よし、今日はとりあえず散歩でもするか! なにか新しい発見があるかもしれないし、それにもしかしたら曲がり角でパンを咥えた可愛い女の子にぶつかってその子を『大丈夫かい?』とかっこよく受け止め、その後どこかで運命の再会を果たしてその子の好感度を上げることに全力を注ぎ、最終的に桜の木の下で告白され恋愛に至るという出来事が無いとは言えない。
そんな妄想をしつつ今日は普段は通らない路地に入ってみると特に何も起こらずで代わりにふとある場所の前で足が止まった。
そこの看板には『鍛練所-君も簡単に最強の肉体を手に入れよう☆』などとなんとも胡散臭い文字が書かれている木造の建物だった。
最強の肉体などまるで興味がない、休日に疲れる事などやってられるか。
というわけでスルー、見なかったことにして通り過ぎようとしたがなんか気になる。
ゲームで言うならこういうところで重要な奥義的な何かを会得する事もある、この世界で生き抜くには強くならないといけない、けど簡単に最強の肉体などという謳い文句は怪しさ全開、最後の☆が拍車をかけている。
そこまで思いながらも好奇心に負けた俺は恐る恐る中に入ってみた。
中の様子は日本の道場みたいな感じで床も壁も板張りで木造ならではの木の匂いが漂っている好きな匂いだ。誰もいないのだろうか? やけに静かだ、しばらく中を歩き回っていると突然奥の部屋から男が現れた。その男は柔道着を着た全身筋肉で武装したかのようなマッチョマン、歳は20代半ばといったところで髪はショートヘア、顔は、まぁ・・イケメンといってやってもいいだろう・・・というような男だった。
その男は俺に気がつくと顔に爽やかな笑顔を浮かべ近づいてきた。
「よう、お客さんか?」
「あ・・いえ・・ちょっと見てただけです」
圧倒的陽の波動におどおどしながら答える俺の頭に、ぽんっ、と手をやり言った。
「そんなに怖がるなよ、別に取って食ったりなんてしねえからよ」
優しさオーラが漂っている。
「俺はムスケル、ここの師範をしている。よろしくな!!」
「ユウタです・・・・」
「そうか、で・・お前はここに最強の肉体を手に入れに来たんだな!」
「・・・・・」
確かに“最強の肉体を手に入れよう”などという文字に怪しさを感じつつも多少の興味はあった。しかし、実際に特訓しようなどという気持ちは全く無い、ただ気になっただけだ。なので面倒なことになる前に否定して早く帰ろう。
「い・・いえ・・・ちょっと覗いてみただけなので、失礼します」
と愛想笑いで頭を下げそそくさと出口に向かおうとする俺の服が背後からガシッと掴まれた。
「え~と、なんでしょうか?」
振り返り、ひきつった笑顔と共に聞いてみた。
ムスケルはにっこりとして、
「そんなに遠慮する事は無い、最強の肉体が欲しいのだろう? 今回は初回特別サービスだ。無償スペシャルメニューにしてやるからこっちに来い!」
ズルズルと俺を引きずっていく。
「すいません、この後大事な約束があるんです!」
聞こえていないようだ。
何だスペシャルメニューとは、嫌な予感しかしない。
こうして俺は逃走に失敗し、柔道着らしき動きやすい服を無理やり着せられた・・・。
「よし!! じゃあまずは筋トレだ、腕立て、腹筋、背筋、スクワットそれぞれ100回3セットから、始め!!」
何だ、この男は! いきなり無茶苦茶すぎる、普段筋トレなんか一回もしない俺にそんなのいきなり出来るわけないだろうが! 言いたい事は山ほどあったが漢の圧を受けて逃げ出す事もできず我慢してただひたすら体を動かした。
「はぁ、はぁ、きつい、死ぬ」
さすがに貧弱な俺にはハード過ぎた、全身に纏わりつく汗が気持ち悪い、汗をかくのは好きじゃない、ああ、額から汗が流れる。
あれ、なんだか目の前が霞んでくる、あれれ、輪郭がグニャグニャだ、力が入らない。
ドサッ、いつのまにかムスケルが倒れそうになった俺を受け止めて「大丈夫か?」と心配している。
「すまんな、少し無理をさせちまったようだな、ゆっくり休め」
床の上にそっと寝かせてくれ、水で濡らしたタオルを額に乗せる、少ししてほとんど回復し体を動かそうとする俺を止めて優しげな表情で言う。
「そんなに頑張ろうとしなくていい、疲れたら精一杯休んで頑張れるときに精一杯頑張れば良いんだよ」
甘い声の囁き、それは今の弱った心にスッと染み渡る。
さっきまであんなに無茶させておいてこんな時だけ優しい言葉をかけられたって別に何とも思わないんだから!
・・・でもなんだろう?
心臓がドキドキする。
きっと疲れてるだけ、そうに決まってる。
しばらく休憩してから、再び筋トレを始めた。
筋トレの最中、ムスケルは「頑張れ!!」、「お前なら出来る!!」、「あきらめるな!!」
と筋トレをしながら熱血コーチのごとくこちらを応援してくれた。そうこうしている間に・・・・なぜだろう・・・・体を動かすことに気持ち良さを感じていた、汗をかくのが清々しい、こんな気持ち初めてだ。
限界の向こう側、俺はその場所に至ったのかもしれない。
筋トレが終わり次のランニングを行おうとした時には俺はムスケルのことを先生と呼んでいた。
そうして時間はあっという間に過ぎていった。
すべてのメニューを終え、帰ろうとしていた俺にムスケルは額の汗を拭いながら言った。
「今日は良く頑張ったな、またいつでも来てくれよ! 歓迎するぜ!!」
なんて充実した一日を過ごせたんだろう、そんな感動の余韻に浸りつつ、
「はい! また来ます先生」
と帰路についた。
体全身が痛んでくる、だがこの痛みは俺の努力の証だ、汗をかいた体に夜の冷たい風が当たり少し肌寒さを感じる、今日俺は可愛い女の子に出会って攻略することは出来なかったが、普段使わない道で偶然鍛練所を見つけ先生に出会い、かっこよく受け止められて先生の男気に触れあっさり攻略されちまったぜ、なんてな! そんな一日だった・・・。
ユウタはHP、攻撃力、防御力が上がった・・・・気がする、いや、たぶん上がっただろう・・・。
第七話END