第八十四話 疑り
今の俺には目の前にいる人たちが悪人には見えなかった。
ついさっきまであんなに嫌悪感を抱いていたというのにそれが信じられないほど消えてしまっている。
「ようやく目が覚めたか」
「どうして、今まで見てたのは一体?」
「お前の目には今も俺達が殺さないといけないとんでもない悪人の様に見えるか?」
首を横に振る。確かにそうだ、顔も服装も自分が想像する悪人そのものだったしそもそも事前にそう言われていたから疑う事をしなかった。
「お前みたいな奴が他にもいたんだ」
それはつい最近の事、とある男に襲撃されたらしい。
どうにか返り討ちにし襲撃の訳を問いただしたがその男が残した言葉は『魔族の手先に堕ちた外道が』だった。
「俺達のどこを見てそう判断したのか分からないがそいつは本気で殺しに来てた、誤解だと何度も伝えたがそいつは俺達が魔族と繋がってると言って聞かずやむを得ず・・・」
濁した言葉に隠されたのはおそらく“殺した”だろう。
「言動からしてそいつも俺たちと同じく魔族を憎んでいるみたいだった、多分同じ様な事をしている奴だったんだろうがどうして同じ人間の俺たちを狙ったのか不思議でしょうがなかったがお前のおかげでようやく分かった」
そう言って仲間の方に顔を向け自信が至った結論を伝える。
「この前の男もこいつも多分魔法か何かで操られてたんだ」
「証拠でもあるのか?」
「無い、だがこれ以上仲間同士で殺し合うのはごめんだ。こいつは正気に戻ったみたいだし話を聞けば元凶に辿り着くかもしれない、ここで殺すなんて間違いだ、違うか?」
しかし肝心な部分が不明瞭のままでは誰も同意できないようだった。
「じゃあさっきのは何だ? 魔法を使用しない治癒、魔族ならまだしも人間に出来ることではあるまい」
「あれは・・・」
答えに困る男は俺の方を見る、代わりに説明しろと言うことなのだろうがどうするべきか?
『英雄さんから不死を引き継いだからです』と馬鹿正直に答える、そうするとおそらく余計に怪しまれるに決まってる。
「そういう体質としか言えません」
「体質?」
「ええ、怪我をしても治ってしまう変な体質です。普通の人からすれば気味が悪いかもしれませんがこれが自分という人間が持った一つの個性、同じ人間でも全部が全部同じじゃないというだけです」
「そ、そうだ! ちょっと違いがあるだけで仲間じゃないってのは間違った判断だ」
牢獄で知り合っただけの人だがここまで味方してくれるとはなんてありがたいのだろう、顔が怖いとか思って本当申し訳ない、無事解放されたら今度こそちゃんと感謝を告げよう。
「駄目だ、やはり生かしておくのには反対だ」
「本気か? さっきまでならともかく今はもう危険はないだろっ!」
「それが演技なら?」
「演技じゃなかったら?」
「魔族に利用された己を恨み果てるが良い、一度でもこちらに刃を向けた以上それは敵だ」
「そんな風に魔族に利用され苦しめられる人を助けるのが俺達の役目だろうが」
「勘違いしているようだな、我らの存在意義は魔族が二度と表に来られないよう徹底的に叩き潰す事、その障害となるなら例え同じ人間だとしても容赦はしない、違うか?」
その問いかけに意を唱える者はおらず空気は完全に俺を殺す方に傾いているようだった。
「おかしな言葉で我らを惑わすのならお前も敵とみなすが?」
不味い流れだ。このままでは俺を庇ってくれた男の人まで巻き添えになりかねない、なのでここは素直に殺されておきますか。
「分かりました殺してください。色々とおかしな状態だったにしろ貴方たちに危害を加えようとしたのは事実、一歩間違えれば殺していたかもしれないんだから文句は言えません」
そう言って諦めたかのように目を閉じた。
「すまんな、我々も目的の為少しの不安要素も残しておくわけにはいかない故、せめてあまり苦しまないように殺してやる」
剣を抜く音、「止めろ」という声、そして数秒後には首が刎ねられた。