第七十七話 勝者の向かう場所
勝手なイメージだが魔族というのは圧倒的な存在というイメージがあった。
さすがに師匠に及ぶとは思わないが今の俺では到底敵わない存在だと思っていたがおやおやおや?
弱いとまでは言わないがこれならば深淵に蔓延るドラゴンの方が面倒だ。
「それで本気?」
別に皮肉のつもりで言ったのではない、まだ俺がただの人間だと思って手を抜いてる可能性だって十分あり得る。
「そうか、そんなにぶち殺されたいか、だったら願いどおりにしてやるよ!!」
野獣のような雄叫びを上げる、やはりこいつまだ本気を出してなかったか!?
一体何が来るんだと構える。
「俺を怒らせた事を後悔しながら死んでいけや!」
大男の身体から溢れ出る黒い何か。
俺には分かる、あれはオーラ、又は闘気と呼ばれる本気になった奴が纏うなんか凄いのだろう。
だがそれがどうした! 相手が本気になったからって俺は逃げない。
オヤジの思いを全部燃やしてくれたこいつには個人的な恨みもある、挙句命まで奪いに来るならこっちも相応の事はするまで。
甘さは捨てろと深淵で師匠に教わったのだ。
それは相手が人の姿をした魔族だろうが関係ない、殺す覚悟で挑むことにする。
そうやって俺がせっかく決意を固めたのだが向こうは急速に人ではなくなっていく、ツノなんかを生やして身体も巨大化、牙と爪が凶悪に発達した猛獣へと変貌してしまった。
これにはさすがに俺もびっくりして立ち尽くす。
「今更謝っても遅いぞ。俺にここまでさせたんだ、せいぜい足掻いて楽しませてくれよ」
これが魔族の本気だというのか!?
人の姿を捨てることによって真価を発揮する、さっきとは比べ物にならない威圧感に押しつぶされそうになる。
「図体がデカくなったぐらいでいい気になるなよ」
どうせもう後には引けそうにないのでこっちも強気に出てみる。
このくらいの大きさの相手なら何度もしてきた、それと同じだろう。
避けて急所を狙う、これまでと同じ事をすればいいだけだろ。
「それだけだったら良かったとすぐに思い知る事になる。俺の本気はそこまで甘くない、その軽口がいつまで続くか見ものだな」
余裕を感じる。
強者だと物語る佇まいに気圧されるも俺だってあの師匠に鍛えられた身、簡単に負けて師匠の顔に泥を塗るような真似はしたくはない。
心を切り替え目の前の相手を殺すことだけに意識を集中させる。
「無駄だ無駄だ、人間と魔族の圧倒的な差は気持ちでどうこうできるもんじゃねぇ。無駄な抵抗はやめてさっさと殺されろや、そうすりゃ少しは楽に逝かしてやるがどうする?」
こいつは何を言っているんだろう? 命のやりとりはとっくに始まっているのにベラベラと。
強者の余裕だというのなら弱者はその隙に付け入らせてもらう。
見下し笑う相手に向かいその心臓目掛けて剣を突き出す。
待っていたのは予想外の結果。
「・・・・は? なんだよこれ?」
不思議そうに呟く大男。
何が起きたか理解できていなさそう。
「馬鹿にして油断しすぎ、だからこうなる」
胸を貫く剣を抜き取り溢れ出る血は止めどなく流れ続け立っている力さえもそいつから消え去る。
大きな音を立て倒れる巨躯、まだかろうじて息はある。
「ありえん・・・この俺が・・」
「人を見下してるから足元を掬われるんだ、殺し合いで隙を見せられたら逃すわけないだろ」
「・・・馬鹿な・・・」
その言葉を最後に絶命した。
思いの外対抗できるとわかった俺は引き返す事に決めた。