第六十六話 別れ
致命傷、再生、致命傷、再生、この繰り返し。
痛みを感じづらい身体のおかげでどうにかまだ耐えられているがもし痛覚が普通だったならおそらく気が触れてしまっていただろう。
だってこれはもはや拷問だ。
「いい加減分かったでしょうっ! 俺にはまだ無理ですって」
中止を求め悲痛な叫びを上げる。
それに対する答えとして返ってくるのは拳か足かが目にも止まらぬ早さで飛んでくる。
もう何十回も経験しているが俺にはこれ以外方法が無い、実力で満足させる事なんて出来ないし。
「無理でもやるんだ」
何という無茶を言ってくれるのだろう。
こんなものは厳しいとかいうレベルのものではなくただの理不尽、大人しく聞いてやるのも馬鹿らしい・・・・のだが、反抗したところで結局待っているのは致命傷、再生の無限ループ。
終わらせるには師匠に一太刀入れるしか無い、それはつまり師匠を・・・・。
「・・出来ない、し、やりたくない」
師匠の為だと思って一度は決心したけど一人取り残されることを考えると怖くなったのだ。
師匠の願いを知って覚悟は出来ていたつもりだったがいざ目の前まで迫ると俺の心は自分勝手に別れを拒んでいた。
だからいい加減諦めて欲しかった、少しでも別れを先延ばししたかった。
そんな俺の弱さを師匠は見透かしていたのだろう。
「お前は先に進むと決めたんだろ、こんな別れの一つくらい自分の糧に出来なくてこの先やっていけるのか?」
「それは・・・」
何も言い返せない情けない俺の姿に失望したのだろうか、次に出る師匠の言葉は耳を疑うものだった。
「私が間違っていたようだ。お前は弱い、弱すぎる。お前みたいに弱い人間に永遠の地獄を与えるのは酷だな、勝手に生かしておいて申し訳ないがお前はここで消えてしまった方が良いだろう」
俺の手から師匠の刀が消えて元の主人の手に戻る。
それを目の前で振り上げられて「安らかに眠れ」と告げられた直後に刀身が落ちてくる。
師匠の言う通りここで終わってしまう方が良いのかもしれない。
こんなに強い師匠ですら不死を地獄と言うのだからそんなもの俺に耐えられるはずがない。
でも、俺にはそんな先の絶望よりも今消えてしまう事が堪らなく怖い。
それにやるべき事もある。
咄嗟に俺の魔剣を呼び出し師匠の刀を全力で払う。
「すいません師匠、俺が甘かったです」
師匠の苦痛も知っている。
俺にはおいてきてしまった仲間がいる。
今尚悪用されているであろう心臓を回収するという目的もある。
それなのに俺は今のここでの暮らしも壊したくないと思ってしまっていた。
師匠に消えて欲しくない、その想いが強過ぎて甘ったれていた。
全部が上手い事どうにかなるハッピーエンドを待ち望んでいた。
ふぅと一息付く、それが俺が本当に覚悟を決めた瞬間だ。
「師匠、今まで有り難うございました。この先は俺一人で進みます」
一足早い勝利宣言、勝算なんてないが力の限りをぶつけてどうにかしてやる! 俺はもうその結果以外要らないから。
「いい眼をしている、ようやく覚悟が決まったか」
師匠は再び刀を投げてよこした。
「来い」
師匠に向かって迷いなく踏み込み刀を振るうが楽々避けられる、やはり速さでは圧倒的に負けていて勝負にもならない。
すかさず顔面に拳を入れられ地面に叩きつけられる。
「げほっ・・」
普通に戦えば絶望的な差、しかしこの戦いにおいて俺の勝利条件は刀で素手の師匠に傷を付けること。
相手が素手なら方法はある。
立ち上がり再び構えまたも向かって行く。
「お前の速さでは私を捉えられん」
師匠の言葉通りまた同じ様に避けられそして今度は蹴りが飛んでくる。
とても速いが師匠の戦いの癖を知っている、師匠の位置、体勢、視線、それらを考慮して狙う先は腹部と分かった。
とはいえ避けるつもりは無い、待ち受けるのだ。
蹴りがくる場所に刀を構え待ち受ける、若干卑怯な気もするが勝つ為だ。
しかし師匠は直前で足を止める。
「無駄だ、お前の考えは分かる」
そしていつもみたく俺の身体なんて簡単に吹き飛ばす拳を顔面に叩き込んできた。
俺が師匠に勝つには師匠の予想を超えるしか無い。
お互い何度も手合わせして相手の事は把握している、だから俺は師匠の蹴りの位置も分かったし師匠も俺が武器で受けようとするのも予測していた。
予想通りの動きをしていたらまず俺に勝ち目はない、だから今日ここで俺はいつもみたくを乗り越える事に全力を注いだ。
とんでもない威力の拳、体が持っていかれそうになるそこを意地で踏ん張る。
これまではあっさり吹き飛ばされる地面に叩きつけられていた、ただの手合わせで勝ちに拘っていなかったから。
でも今回は違う、勝たないといけない。何が何でも踏ん張って勝機をもぎ取ってやる。
「何っ!?」
師匠はいつもみたく俺が飛んでいくと疑わなかったらしく驚きを口に。
二人でずっと特訓していたが故に生まれた隙、師匠の一撃を踏ん張るという成長を見せつけると共に俺はすかさず刀を振るいそれはようやく師匠に届いた。
「はは、やる様になった」
師匠は満足げに笑う。
とはいえ俺が付けた傷なんてほんと大したことない刀傷、隙をついても結局その程度だったがそれで十分だったらしい。
「良くやったな・・」
師匠の身体から溢れる眩い光の粒子は刀を通じて俺の中に流れ込んでいく。
今俺の身体を駆け巡るものは師匠の魔力であり命でもある。
その重みに身体が押し潰されそうだ。
「し、師匠!」
崩れ落ちそうになる師匠を支えると身体は驚くほどに軽い、手で分かる重さの変化がすぐそこに迫ったであろう別れを意識させてきて思った通り俺は耐えられなかった。
みっともない姿を見せたくないが両手は師匠を支えて塞がっている、隠す事も拭う事も出来ずくしゃくしゃの顔から涙を落とし続けた。
「苦しみを押し付けて一人楽になろうとしている私に対して涙など勿体無い、それよりも散々お前を痛めつけた私に恨みをぶつけておくと良い、もうあまり時間が無いからな」
「そう、ですね。あれだけやってくれたんですから言うことは言っとくべきですね」
どんな罵詈雑言も受け入れる、そんな穏やかな顔をしている。
少し腹が立った、人にとんでもない苦痛を与えておいてなんだその表情は!
苦痛で歪めてやりたくなった。
「師匠」と低く怒った様な声で切り出して伝える。
「ありがとうございましたっ! 俺、師匠と出会えて良かったです。それと、師匠は苦しみを押し付けたとか言いますけど俺はそう思ってませんから。あのまま死んでたら地獄行きでしたし、だから、安らかに眠って下さい」
驚きに目を剥く師匠の顔、それから一筋の涙を流す。
仕返しは成功だ、俺だけが別れの苦しみを味わっているなんて不平等だしなんか悲しい。
師匠にも少しくらいは別れに心を痛めて欲しかった、とは言ってもさっきの言葉に嘘はなく思った事をそのまま伝えてあんな表情が引き出せたのだから満足だ。
「私も最後に楽しい時間を過ごすことが出来た、感謝する」
その言葉の後すぐに師匠の重みが俺の手から消えていった。