第六十四話 師
師匠の刀を装備した俺と素手の師匠、互いに向かい合う。
「今更ですけど傷をつけるだけで良いんですか? そんな事でいいなら師匠は今頃・・・」
師匠は何度も俺をこの刀で突き刺してるしそれに自分自身を斬り付けた事だってある、その時は何ともなかったのに俺が使えば何か変わるのか疑問だった。
「慣れれば力を抑えるくらいの制御はできる。何でもかんでも斬った物から魔力を吸い上げていては自我を無くす恐れもあるからな。力を得た人間が人が変わったようになってしまうのは自分の容量以上のものを手にして呑まれたから、理性を無くしもはや魔物に近い存在にまで成り果てた人間を何人も私は斬り殺した。お前もそうなりたくなければ余計なものを取り込み過ぎぬ事だ。取り込んだもので自分の身体に馴染まないものは時間の経過で体外に放出される、計画的に休息を取れば問題ないはずだ」
いや待て、師匠みたいなとんでもない相手の魔力を吸収してしまえばアウトなのでは?
「もしですよ、もし俺が師匠に一太刀入れられたとしてその時は一体・・・?」
「忘れたのか? 今のお前は一度死んで私と同じ方法で生き返ったんだ。私達を構成する魔力にさほど違いなどない、つまり、いくら取り込んだところでお前の糧にしかならないさ」
「なる程」と納得して見せると師匠の雰囲気が変わった。
時間だとでも言うように厳しい顔つきになり戦いの構えに。
だから俺も同じ様に師匠に武器を向けた。
「では最後の特訓を始めようか」
そんな言葉と同時に師匠が消え驚く間もないうちに懐に入り込んでくる、そして腹部に強力な拳を叩き込まれ吹き飛ばされた。
内臓がやられてしまったのか咳き込むと同時に血の飛沫が飛び散る。
いつもの様に容赦がない、心配して手を差し伸ばしてくれることもなく早く起き上がれと急かす様な目、それに応えて身体を起こす。
大した痛みじゃないし負った傷はすぐに治る、とんでもない能力に感謝して次は俺から仕掛ける。
全力疾走から横薙ぎ、しかし後ろにひらりと躱され細く長い、それでいて力強い蹴りが放たれかろうじて腕で受ける事には成功したが鈍い音が聞こえた。
だらりと力なくぶら下がる腕は明らかに骨が折れている。
素手であることがハンデとなっていない、この人はただの腕や足が武器ともいえる破壊力を持っている。
勝ち目がなさ過ぎる。
「あの、師匠・・・やっぱりまだ早かったみたいです。今の俺じゃどうやっても━━━━━っ!」
俺の言葉を遮って再びの蹴り、今度は直撃だ。
「この私を前にして無駄話とは余裕だな」
師匠の目はいつにも増して厳しいもので嫌な予感がして変な汗が額を流れた。