英雄譚 1
レンフィーリスはこの世に生を受けた時点で違っていた。
赤子らしく泣き叫びもしないでただ力強い呼吸音だけを発する。
両親もおかしく感じたがやはり困難を乗り越え生まれてきた我が子、その可愛さの前では霞んでしまった。
彼女がおかしいと思われ始めたのはもう少し成長して一人で考え、言葉も発し、行動するようになってから。
彼女が住んでいたのは比較的小さな村、それでも小さないざこざは起こるもの。例えば子供が複数集まっての虐めの現場、非道な光景を見かけた彼女は迷わず止めに入り次の瞬間には終わらせる。
そして、助けた子に手を伸ばすとその子は顔面蒼白で礼も告げずに去って行く。
別に礼を期待して助けたのではないから構いはしないがまるで化け物でも見るように逃げていかれたのは少しだけ悲しく感じる。
肩を落としてレンフィーリスもそこを離れる、と、その前に近くを流れる小川に寄って行く。
汚れてしまった手と服を水で洗い流そうとしたのだが服の方に付いたシミは落ちそうもない。
白い服に赤色の汚れは目立って仕方ない、だがどうしようもないので諦めてそのまま家に帰る事にした。
彼女の去った後に残されたのは数人の男子の姿。
レンフィーリスより明らかに年上なその子達は皆一様に地面にひれ伏している。
ある者は鼻や口から血を流し、またある者は腕が変な方向に曲がっている。この現状を作り上げたのがあんな幼い少女だとは誰も思わない酷い惨状が放置されていた。
誰の仕業かはすぐに特定された。
血の付いた服を人前でも隠そうともせず家まで戻った事が原因、ただ赤いシミをすぐ血だと結びつけるのは些か飛躍し過ぎているのだがそこはレンフィーリスの名が村人全てを納得させていた。
この村で彼女は有名だったのだ。
そのきっかけは盗賊が村を襲ってきた時。ちっぽけな村、こんな場所を狙う人間なんておらずその日もただの旅人複数人が訪れたとしか思わなかった。
しかし、旅人だと思った人間達は突如牙を剥く。
初めに邪魔な若い男を数人殺して恐怖を与え反撃の危険性を排除する、次に家中を回って金目の物と女、子供を集める。
そこから奴隷として高く売れそうな者を吟味、その中にレンフィーリスも選ばれていた。
馬車に乗せられ連れていかれる事になったのだが女子供と侮ったのか盗賊は拘束まではしなかった。
レンフィーリスは馬車の小窓から外の様子を伺う、彼女達の乗せられた馬車は一団の後方らしく両隣りに人間はいない。
出入り口を仕切る暗幕から外を覗くと最後尾の様子も窺える。
馬に乗った盗賊が三人見て取れる。
大まかに状況を確認してレンフィーリスは行動を開始する。
「どうしたの?」
怯えた様子でずっとすすり泣いていた女の子の一人が突然立ち上がるレンフィーリスに訊ねる。
それに対してさも当然のように返す。
「ここから逃げる」
「逃げるって、どうやって?」
「私が出て行って邪魔な敵を殺してくる、それが終わるまで皆んなはここを動かないで」
「相手は全員大人の男だし武器も持ってる、そんなの無理に決まってるじゃない!」
「出来る」
根拠も何も示していない。あるのは自信に満ちた言葉と目、たったそれだけではあるがそれ以上の追求を封じる力を持っていた。