第六十話 かくれんぼ
来る日も来る日も血の滲む様な特訓が続いた。
もちろん比喩ではなく本当に何度も何度も血反吐を吐きながら或いは軽く斬られて血を流したりの特訓に明け暮れる。
生身では到底堪えきれない地獄を見せられた。
何度も俺の硝子の心を粉微塵にされ逃亡を試みること十数回、その度に捕獲され泣きじゃくる子供とその手を引く母が如く構図で連れ戻される。
そんな出来事も今じゃすっかり日常茶飯事、今日も絶賛俺は逃亡中だ。
「どこだ出て来い」
落ち着き払った声が岩陰に隠れた俺を探している。
「どうせすぐに見つけるんだ、あまり私の機嫌を損ねないうちにそっちから先に出てきた方が賢明だぞ、さもないと・・・・」
先を濁して恐怖を煽る。
その先に続く言葉が次々と頭の中で生まれては爆弾のように弾け俺の降伏に応じない不屈の意思を壊しにくる。
しかしそんなことで屈するような俺じゃない、ここで積んだ経験が俺の自信に、勇気に変わっているんだ! 決して降伏などするものか。
その時だった!
師匠が目を閉じ耳を傾ける。
俺が出す音を聞き取ろうとしているんだろうがそれが分かって音を立てる程間抜けじゃない、一歩も動かない、ほんの僅かの物音でさえ立てるものか。
石像のように固まっていた・・・・筈なのに、どうしてだか師匠の視線は一直線に俺の方向に向いた。
「甘いよお前は、それだけ呼吸が荒ければ私の耳は聞き取ってしまう。残念だが隠れんぼは終わりのようだ」
何だと!? 普通の話し声でさえ聞き取るのは難しそうな距離だぞ!
いやっ、驚くのは後だ! 今は向かってくる脅威に対してどう対応するか考えろ。
頭に三つの選択肢が浮かぶ。
1 平謝り
「ごめんなさい許してくださいもうしませんから!」
予測される結果
「そうか、では殺し合いといこうか」
2 言い訳する
「別に逃げたわけじゃ━━━━━」
予測される結果
「そうか、では殺し合いといこうか」
3 口答えする
「俺はもっと優━━━━━━」
予測される結果
「そうか、では殺し合いといこうか」
駄目だ、何をどうやっても結果は一つに収束する。
考えろ! 考えるんだっ!
定められた運命から逃れる方法を、第四の選択肢をっ!
・・・・・・・・はっ!
息を飲む。
妙案が閃いた・・・違う、これは閃きではなく純粋な驚き。
だって俺の身を隠してくれていた岩が切り刻まれて崩れたんだぜ。
大きく強固な偉大なる自然の盾が見るも無残な姿に変わり果てる、出来上がった残骸の山の先にその人は立っていた。
薄らと微笑みを浮かべている、しかし何故だろう? その笑みが持つのは本来とは真逆の効果。
言いようの無い不安感や恐れといった負の感情を呼び起こす。
見たものの動きを瞬間封じてしまう魔性を帯びた微笑だった。
「遊びは終わりだ」
刀の切っ先が俺の鼻先に触れている、冷たく鋭利な感覚。
石をも切り裂いた魔刀、俺の鼻などたやすく削いでしまえるだろう。
「気分転換も済んだだろう? 鍛錬に戻るぞ」
「・・・・だ」
「何だと」
呟きにも満たない小さな声、師匠の耳はそんなものでさえ拾い上げているだろう。
しかし意思を示すようにもう一度、次ははっきり言葉にする。
「もう嫌だっ! 全然優しくないじゃん!」
「何を言う、お前が強くなれるよう最短の道を用意し一日中付きっきりで指導しているというのにまだ足りんと言うか? 分かった、ならばこれからはさらに厳しく━━━━━」
「いや優しくって言ってるのに厳しくしちゃダメでしょ! もしかして敢えて厳しくする事が優しさだなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「それが何か問題か? 変に甘やかして痛い目に合わせるより鍛錬の段階で厳しくして何事も自分で対処できるように育て上げるのが真の優しさというものだろう」
うっわどこかで聞いたようなすごい正論、だが間違いはある。
「それは忍耐力のある奴に限ってで俺のような奴は優しくしてくれないと心が折れて鍛錬自体が嫌になっちゃうんですよ!」
人に怒られ慣れてない現代的で模範囚のような高校生してたんですからこっちは。
「うむ・・・出来る限りはお前の要望は聞いてやりたいがこればかりは無理だ。手を抜いた指導など児戯と同じ、全くもって無意味。教える者としてそんな無責任な事はできん諦めろ。というわけで、始めようか」
師匠は一旦距離を取り何かを待つようにこちらを見ている。
その視線は武器を取れと訴えてくる。
畜生! 結局こうなるのかよっ!
俺は歴戦のこんぼう・・・いや違う、地味呪いの魔剣をその手に呼び出した。