第五十九話 俺、覚醒?
巨大な体躯、硬質なのが見て取れる赤き鱗、一振りで突風を巻き起こす大いなる翼、鼓膜を激しく揺らす咆哮。
視覚と聴覚から得られるあらゆる情報が俺に認識させてくる、今目の前にいるのがまさしく神話に詠われる竜という存在であることを。
「赤竜か、まさかこう目の前で対峙する事になるなんてな」
口の中が渇いている。
相手が強大な事を知っているからだろう。
これまで数多く屠ってきたというのに全然心は穏やかじゃない、重ねた経験も役には立たないらしい。
ま、ゲームの話だからね、役に立つわけないか。
こうして相対したことで分かる、ゲームはやっぱりゲームだわ。
いくら伝説の勇者の血を引いているとしてもこんなのに立ち向かっていこうと思う人間はどうかしてる。
全てにおいて人より遥かに上回っているのに一体どこを見て勝ち目があるなどという幻想を抱けるのか理解に苦しむ。
この世には絶対に埋められない差というものがあってだね、師匠のような稀有な存在は一握り、天才なんかと無縁なんですよ俺は。
さて、こうしてあれこれ思いを巡らせている間も奴は近づいて来ている。
空気を読んで待つなんてことが出来ないいけない敵役、猪突猛進で向かってくる巨体はさながらトラックの如し、このまま吹き飛ばされて死んだらまた異世界に転生でもしてしまいそうじゃないか。
こんな馬鹿な事を考えていられるくらい他に何か出来ることが見当たらない状況。
心の奥ではいざとなったら師匠が来てくれるんじゃないかと希望的観測をしている自分がいる。
迫ってくる赤竜。
師匠はまだ来ない。
更に迫る、それでも師匠は来てくれない。
奴が口を開いて食する準備に入る距離、師匠には来ていただけない!
おいおい、これはシャレにならない!
後ろを振り返ると欠伸をする師匠の姿。
助ける気がまるでない。
なら自分で━━━━━えっ・・・。
現実はとことん容赦がない。
立ち向かうにしろ逃げるにしろすぐさま行動しなければいけなかった。
そうすればこんな風に何も出来ないまま牙を突き立てられるという結果は避けられたかもしれない。
腹部から背中にかけて赤竜の牙が貫通しているのが分かる。
おかしい。
痛い、とても痛いのは間違いない。
当然だ、身体に穴が空いているんだから。
背中を斬られるより遥かに酷い致命傷、しかし意識を失ったりはしなかった。
師匠の刀を力強く握り締め何処でもいいから突き立てる。
幸運だったのはそれが赤竜の目に突き刺さった事だ、目を潰されるのはこの巨大なドラゴンでも堪えるらしく獲物の俺を口から離して痛みに吠え暴れ回る。
どさりと地面に叩きつけられて血液を辺りに撒き散らしながらでも刀を杖代わりに立ち上がる、立ち上がれてしまう。
おかしいと感じたのはそれだ。
これで女騎士に殺された時よりも遥かに痛みが少ないなんておかしいとしか言いようがない。
だが今はそんな事気にしてる場合じゃない。
俺は師匠の姿を思い出す、たった一振りでクルの首を刎ねた時の動きを。
あれが俺にもできれば・・・。
「くたばれぇぇっ!!」
今俺がこの一撃に乗せられる物があるとすれば気迫くらい、全身全霊を込めて振り切ってあの時の師匠のような斬撃をもって決着をつける!
刀を抜く速度は師匠に遠く及ばない、それでも手応えがあった。
空間を切り裂くような不思議な感覚、きっとこれだ。
俺の渾身の一撃は赤竜の首元に擦り傷を付ける程度に終わった。
脱力感が襲う、あれで無理ならもう為す術がない。
片目を潰された赤竜が次に取る行動は食べる為ではなく殺す為の行動、その口からは炎が漏れ出していた。
勢いをつけるように頭を上に逸らし口一杯に炎を溜め込んで吐き出した。
「良くやった、今回はそれで充分だ」
背後からの声、振り返るより先に刀をするりと手から奪われ一瞬の間に振るわれた。
向かってくる炎を切り裂く斬撃がそのまま赤竜までもを真っ二つにしてしまった。