第五十八話 弱さとの別れをしようと思う
ここに来てもうかなりの時間が過ぎた。
俺は今やこの凶悪な地を一人でうろつくまでに至っていた。
周囲に蔓延する殺気にももう慣れた、怯えるだけの情けない俺はもういない。
そんな俺に向かって今日も一匹馬鹿なドラゴンが群れから飛び出して向かってくる。
「なんで学習しないかな」
辟易しながら呟いて多くの同胞を屠ったそれに手を掛ける。
飾り気のない無骨な刀、師匠が振い無双の強さを誇ったその刀が今は俺の手の中にある。
鞘から抜き刀身が露わになると敵の動きが止まった。
野生の感だろうか、ただの獣にしては賢い判断をする。
これがどれほど危険な物かその身で味わう前に尻尾を巻いて逃げていってしまった。
余計な戦闘が避けられた事にほっとして胸を撫で下ろす。
「やっぱりとんでもないな」
獣の殺気をいとも容易くねじ伏せる。
あらゆる物を切り裂いて遂には概念的なものにも影響を及ぼし始めた呪いの刀。
もはやこれは神器の域に至っているのかもしれない。
そんな反則級の武器を腰に従えまた一人深淵を歩き始める。
見慣れた小屋の扉を開くと静寂。
何かしら声を掛けてくれていた師匠の姿はそこにはなく代わりにムスッとした表情の師匠がいる。
その現実から逃げるように開いた扉をまた閉じた。
しかし現実というのは目を背けたからと言って変わる物でもない、向き合う事によって変化する物なのだ。
俺は覚悟を決めた、その時、俺が行動を起こす前に扉が開いた。
「入れ」
低い声、怒ってると露骨に表現している。
「その前に少し良いでしょうか?・・・」
「駄目だ」
終わった。
師匠と向かい合って座り嫌な沈黙がしばし流れる。
「私はお前になんと言った?」
突如破壊された沈黙にびくっと肩を鳴らす。
「食料を調達してこい、と・・」
「それで成果を見せてもらえるか?」
「はい、これです」
俺が出したのは野草、野草、野草、草のオンパレード。
それを見て師匠の目はさらに鋭さを増した。
「何だこれは?」
「草・・・ですね」
「草だ、外をうろついて見つけた食料がこれだけとは言うまいな?」
「実はそうなんです。信じられないと思いますがそうなんです! あちこち動き回って探してみたんですけど何故だか今日はどこかに隠れているみたいで非常に残念な事に一匹たりとも発見することが出来ませんでした!」
嘘です。
何度も遭遇しその度に師匠の刀というアイテムを使って戦闘を回避しておりました。
ヤバそうなのが怯えて逃げていく様が実に滑稽で日頃怯えさせられている腹いせにここぞとばかりにやり返してましたごめんなさい。
と素直に謝れば何かしら制裁を受けるので嘘をつく他ない。
俺は嘘なんてつきたくないのに状況がそうさせる、素直に謝ったらそこで終了にしてくれたらこんなクソみたいな嘘付かずに白状するのに。
「そうか、見つからなかったか。そんなお前に朗報だ、窓の外を見てみろ」
おずおずと近づいて外を確認、でっかいドラゴンタイプのそれはそれはヤバそうなのがいた。
「良かったな見つかって」
ポンと師匠の手が肩に乗る。
「素直にまだ怖くて立ち向かえなかったと言えば許してやったものをくだらぬ嘘などついて馬鹿者め。一度根性を叩き直してこい」
俺はすぐさま額を地面に擦り付けて謝罪する。
「ごめんなさい許してくださいもうしませんから! あんなのとてもじゃないけど勝てっこありません!」
師匠はやれやれと俺の頭を両手で優しく持ち上げまじまじとこちらの目を見つめる。
顔が触れそうな距離、状況も考えずドギマギする胸の鼓動。
「大丈夫だ、その刀があればやれる」
「確かにこれ凄いですけどそもそもの話使えないから意味なく無いです?」
すると師匠は見覚えのある剣を取り出した。
「この魔剣、お前のものだろう?」
「そうですけど、それクソの役にも立ちませんよ。地味に不運にしてくるだけで」
「魔剣の名を冠する物がそんな程度の能力しか持っていないはずないだろう、しかも運などというものに干渉するなら尚更だ、とまあそれはさておき、重要なのはお前が魔に魅入られるという事、私がお前に渡した刀それも魔に連なる道具だ、つまりどういう事か分かるな?」
「それじゃあもしかして・・・・使える?」
「おそらくな」
「でも、使えたとしたって経験はどうにもなりませんよ。今の俺じゃあ・・・」
「経験がないからそれを圧倒的な武具で補うのだ、その刀は少し扱いづらいところもあるが故に受ける恩恵も破格だ、素人程度の実力しか持たぬお前でもどうにかなると言えるくらいにはな」
拳をぎゅっと握りしめて自らを奮い立たせる。
師匠の言葉が俺の背中を押してくれた。
もうそろそろ弱い自分とお別れする時間なのかもしれない。
俺は恐怖を押し殺し一人立ち向かっていく。