第五十七話 現実はいつだって俺に不親切だ
「うおおおおー!!」
雄叫びを上げこん棒片手に師匠へと果敢に突撃する。
力一杯フルスイング、しかし攻撃は当たらなかった。
軽く刀の鞘で防がれてそのまま流れるように柄頭でお腹を強打、そして悶絶する俺。
涙目になりながら優しさとは一体何なのかと考える。
優しくとお願いしてすぐこんなスパルタ、当然俺は苦情を唱える。しかし、師匠曰く「優しくしているつもりだが?」と小首を傾げる。
なので俺は優しさとは一体何なのかというのを説いてあげたのだが師匠曰く「甘やかす事と優しさは別ではないか? 私は甘やかされて育った兵士が戦場で惨たらしく死んでいく様を幾度も目撃したことがある。真に思うなら痛みだけで済む今のうちに自分で自分の命を守る術をしっかりと叩き込むべきだと思うが」との事。
相手のことを思っているからこそ叱る、それと同じ事なんだろう。
しかし生憎こちらはクソガキ、ただいま絶賛叱られても素直に反省しない反抗期真っ只中。
とにかく優しくされたいお年頃。
「でもこれだけ痛いのはどうかと思うんですけど? 言葉でも充分伝わることってあると思うんですよ。身体に教え込むみたいな教育方針って倫理的にどうなのかな〜って思ったりして・・・」
変に口答えして怒られるのも嫌なので謙って顔色を伺いながらそれとなく改善を求める。
「言葉であれこれ教えられる程私は器用ではない、これが私のやり方だ。すまんが諦めてくれ」
仕方ないがこれで妥協するしかないのかもしれない。
凶悪な魔物の前に放り出されるのに比べたら天と地ほどの差があるし。
俺が必死に納得しようとしていると「ところでだ」と切り出し師匠が聞いてくる。
「何故お前はいつまでもそんな棒きれを振り回している? 魔剣以外でも戦える様にというのは良い心がけだと思うがそれならもっとまともなのがそこらに落ちているだろう、使い古しにはなるが別にそれを使っても構わんのだぞ、一応使えるはずだ」
周りには様々な種類の武器が転がっている。
まるで戦場の跡地の様に地面に突き刺さったり半分に折れてたりしたりしている物も多いがよく見れば全然使えそうな物だって沢山ある。そしてそれはどれもそれなりの価値がありそうなものばかりで正直放っておくのが勿体無いくらい。
「前から思ってたんですけど深淵って誰も寄り付かないんですよね、なのに何で武器がこんなに沢山そこらかしこに落ちてるんです?」
「ああ、それは私を殺そうと時たま顔を出す馬鹿者の忘れ物だ。姿を見せるたびに遊んでやっているんだがその度に散らかしていって困った奴だ。ここにある武器は全て其奴の物だが取りに来るなんてしない廃棄された物だ。好きに使って構わないだろう」
いやいや自分を殺そうとしてくる相手をまるで親戚の子供みたいに。
「何で命を狙われてるんです?」
「さあな?」
「訳も分からず自分を殺そうとする相手なのに殺さないんですか?」
姿を見せるたび、と言う事は何度もやってきていると言うこと。つまり師匠はそいつを殺さず見逃している。
「人や魔族は殺したく無い、それをしてしまうともう・・・」
師匠はそこで言葉を切って頭痛に耐えるかの様に頭を手で抑える。
「どうかしました?」
心配し声をかけるとハッと我に戻って「何でもない」といつもの調子に戻った。
「それよりも特訓だ。どれでも良いからまともな武器を取って来い」
「・・・」
「どうした、黙りこくって?」
「・・・・えないんです」
「何と言った? よく聞き取れんかった」
「使えないんですよこん棒以外!」
「馬鹿を言うな、そんな人間いるものか。それではゴブリンい━━━━━」
「ゴブリン以下だって言いたいんですか? 師匠も俺をゴブリン以下のかわいそうな奴だって言うんですか!?」
「落ち着け、たしかにこん棒しか扱えないと言うのはゴブリン以下だ」
あ、この人言い切った。
悪びれる様子もなく言い切った。
「しかしだ、お前はもう以前のお前ではないだろう?」
ハッと息を飲む。
そうだ! 俺は生まれ変わったんだ。
普通と引き換えに変わってしまった俺ならばもしかしたら・・・。
「試してみる価値はあるんじゃないか?」
師匠に促され落ちていた剣を手に取る、そして来いとでも言わんばかりの師匠に向かって振るった。
ただ力によって振る雑なこん棒とは違う繊細でそれでいて鋭さをも必要とする武器を今俺は使っている。
空を切り、俺が抱いていた劣等感という闇を切り裂くような一閃を放つ。
だがしかし振り切った俺の一撃は本当に空を斬っただけだった。
・・・・あれ? 外しちゃったかな。
ならばもう一度・・・・・外れた。
薄々気付いてきてはいたが認めたくない俺は何度も何度も振るって何度も何度も攻撃は外れたを繰り返す。
「ははっ・・何も変わってねぇや」
渇いた笑いが漏れた、ついでに涙も溢れそうになる。
「まあそう気を落とすな、武器なら他にも沢山あるだろう」
師匠がそう言ってくれるが、そうですよね! と明るくはなれない。
だって、それで前にどうなったのかよく覚えているんだから。
結果は思った通り、全ての武器に俺は嫌われていた。