第五十六話 求めたのはただ一つ
まさかこんな事が!
このクソ魔法、俺専用ではなかったようだ。
「俺以外にこれを使いこなす人が居たなんて・・・」
「勘違いするな使いこなしてなどいるかこんな失敗作」
「失敗作?」
「ああ、魔力を魔法に変換する過程で異常が生じた結果生まれた失敗作。私たちの魔力は普通じゃない、だから普通の人間と同じ様に魔法を使おうとすれば大抵こうなる。魔導書ではまず確実に、自分で作ろうとしても殆どが、だから私は一つ完成させたところで諦めた」
なんて事だ!
魔法の世界に来ておいて魔法が殆ど使えないとか・・。
物理で殴れと? レベルなんてものがあればそれでもまだ良いがそんなものないからなぁ・・硬そうな敵とかいたらどうすんだよ?
「そう落ち込むな。魔法が使えずとも己の身体と武器があれば存外どうにかなる。お前と同じ私の経験からの言葉だ」
肩を落として落胆しているとお姉さんが励ましてくれる。でも正直あんまり参考にはならない。
俺とお姉さんとでは実力が違い過ぎる、お姉さんが振るう刀は斬鉄剣の如く何でも切り裂くが俺の魔剣は現状木だってまともに切り倒せない。
「そう、ですね」
とりあえず励ましの気持ちだけは頂いておく。
少しだけお姉さんの表情が和らいだ、でも一瞬でまた厳しい顔つきに戻る。
「それでどうする?」
選択肢は二つ、一つ目はこの場で潔く消える、二つ目はお姉さんの望みを叶えて生き続ける。
二つから選ぶのはとても難しい、特に優柔不断な俺にとってはとんでもないものだ。
だからみっともなく男らしくないかもしれないがここは三つ目を選ぶ事に決めた。
「お姉さんの望み通りにします・・っていう気持ちで入るんですけど今の俺は多分まだよく分かってない、お姉さんのいう永遠を生きる事の苦痛がなんなのかも分からないし。そんな状態で決めて後でお姉さんを恨みたくもないから決めるのはまた今度でいいですか?」
「ああ構わない。それと、すまんな、酷な選択を迫って。あのまま終わった方がお前にとっては幸福だったかもしれん、私の身勝手で余計な苦しみを味合わせてしまった」
「確かになかなかに厳しい選択ですけどお姉さんが助けてくれなかったら俺は今頃地獄に落とされてましたから、地獄に比べるとこっちの方がまだマシでしょう」
「地獄?」
「ああ、こっちの話ですのでお気になさらず」
この人に神様がどうとか言っても分からないだろうし。
「それで、これからのことについて俺から一つ要望がありますが良いですか?」
「何だ? 言ってみろ」
にやりと笑みが溢れてしまう。
今の状況は言ってしまえばお姉さんの弱みを握った状態だ、俺に対しての罪悪感がある限り俺に対して強くは出られないだろう。
つまりどんな要求をしても「くっ仕方ない」で聞いてくれるんじゃないだろうかと邪な考えで要望を告げる。
「俺に優しくして下さいお願いします!」
ここで思春期男子が考えるような要求を出来るほど度胸は無い。
一瞬でも頭をよぎらなかったと言えばそんな事はない、俺だって健全な高校生、馬鹿な妄想に胸を膨らませる事もほんの少しだけある、しかしだ、場を弁えろという事だ。
今の俺にまず何が必要か考えろ、俺に必要なのは“優しさ”。
取り敢えず生きるのだからここで簡単に殺されないように強くなるのは必須、しかし強くなるために自殺行為紛いの頭のおかしい特訓をされるのはとても嫌だ。
よって俺が求めたのはお姉さんの“優しさ”ただそれだけだ。
「優しくとな?」
「ええ、優しくです。優しく俺を強くして下さい、俺は褒められてぐいぐい伸びる子なので」
「うむ・・・難しいが努力しよう。他ならぬお前の頼み、断るのも心苦しいしな」
いよっしゃー! 上手くいった。
俺は強くなる、そして・・・・・・。