第五十話 1秒クッキング
刹那の出来事。
居合いというやつにも思えるがはっきり言って分からない、というのも目に捉えることができなかったからだ。
刀を抜いてから鞘に納めるまでがすっぽり抜けている、そう錯覚してしまうほど。
だが落ちた頭部を見る限り何かが起きたのだけは確実、状況的に斬ったとしか思えない。
「さて、丁度腹も空く頃合いだろう。ここらで食事にしようじゃないか、お前もこっちに来い」
呼ばれた。
これは行くべきだろうか?
ちょっと抵抗がある、だって食材になりそうなものって一つしかないもん・・。
クルとかいう生き物の肉って食べれんの? 正直ゲテモノ料理に通ずる何かを感じる。
「料理に不得手な私だがこれだけはうまく出来るんだ。振る舞ってやるから早く来い」
そんな事言われて断れるはずもない。
「はい行きます! すぐ行きます!」
料理に大事なのは見た目なんかより心だし、ちょうど腹も減った、肉なんて口に入れて仕舞えば硬いか柔らかいかの違いで大概美味しいだろうしよく分からない生き物って事を考えなければいいだろう。
「よし来たか、さあ食べろ」
目の前で爆発が起きた。
今起きた事をありのまま話すぜ。何を言ってるのか分からないと思う、俺にも分からない。
頭がどうにかなりそうだ、手料理を振る舞ってもらうはずだったんだ。時短、手抜き、そんなチャチなものじゃあ断じてない、もっと適当なものの片鱗を見たぜ。
「うん? どうした、食べないのか? 折角作ったんだ遠慮は不要だ、好き放題堪能するといい」
先生、丸焼きは料理に入りますか?
姿を残したまま黒焦げになった料理。
クルの主張が強すぎる。
引き気味の俺にお姉さんはナイフを投げてよこした。
これで肉を削いで食べろと・・・・ワイルドだぜ。
ナイフを入れるとジュワッと肉汁が溢れて来る、黄金色の輝きと切り口から漂うお肉の香り、案外美味しそうかもなんて思い始めたところでふと視線を感じた、何処からだと探して目があったのは切り落とされたクルの頭の濁った瞳。
まるで恨みをぶつけるように見えて食欲も失せる。
しかし無言の圧力はもう一つ、お姉さんがこちらを見る目。口にするのを今か今かと待ちわびているように見える。
匂いは悪くないんだし不味いことはないだろう。
意を決して口にした。
咀嚼
「どうだ美味いだろう?」
「美味いっ! 美味いですよコレ!」
意外や意外、コレがまー美味しい。これまで異世界特有の食材は極力避けてたが認識を改めさせられた。
次から次へと口に放り込んでしまう、不思議な力に引き寄せられるように病みつきになる。
「そんなに焦らずともまだ充分に残っている、落ち着きたまえ」
「でもこれほんと美味しいですよ、止まらない。食べた事ない味です!」
「まあ一般には出回らんだろうからな、そもそも食べようと思う者もおらんようだしな」
「それはもったいないですね〜」
「ああ本当にな。たかだか毒くらいで食うのを躊躇うとは情けない」
「ほんと毒くらいで・・・・・毒?」
「ああ、毒だ。それも極めて強力な」
ちょっと待って理解が追いつかない。
俺が口にしているものが肉、それは実は美味しい毒、美味しい毒は既に喉を通ってるからつまりは・・・・俺、死ぬんじゃね?
「ヤバくないですか!? 俺、ヤバくないですか!! なんてもの食べさせるんですか!」
「どうしたいきなり騒がしい奴め、食事中は余計なお喋りは禁止だぞ」
「命に関わる事を余計とは言えないと思うんですけ━━━━━━━」
目眩と共に強烈な頭痛、そして吐き気、腹痛、悪寒、倦怠感、やばい症状の盛り合わせが一気にやって来た。
地面に手を突き苦しみ悶えていると済ました声が聞こえて来る。
「ふふっ馬鹿者め」
騙された・・・のか!?
今更気付いても時既に遅し、毒が俺を蝕んでいく。
「命になど関わるものか、ほれっ」
お姉さんの懐から出て来た真っ黒な丸薬を口に放り込まれる。
強烈な苦味に襲われるも瞬く間に回復した。
「どうだ? これで異常はあるまい」
確かになくなった、が、次はあなたへの不信感が湧いて来ましたよ。
人が良さそうだからって気を許しちゃいけないって思い知ったはずなのに馬鹿か俺は、くそ、もう騙されるか。
警戒心を高めて見定めようと試みる、この人はどっちなのか。
「食事を振る舞ってやったというに何をそんなに警戒する?」
「死にかけたんですけど」
「だが死んでない、毒など全身にまわる前に消してしまえば無害。ここで生きていくなら食の選り好みなど止めろ、でないと早々に餓死する事になるぞ。この辺りの動植物は皆よからぬ毒素を有しているからな」
そう言ってお姉さんはさっき俺が食べて死にかけたクルの肉を躊躇なく口に入れた。
なんなんだこの人は!?