第四十九話 目を覚ますとそこは・・・2
「おや、起きたか?」
知らない声と頼りない明かりによって照らされるボロボロの天井、分からない事だらけだがあの悪夢から解放されたのだけは確かだ。
あいつの卑しく陰湿な聞くに耐えない声とは対照的に今聞こえたのは比べるのもおこがましいほど綺麗な声、どことなく安心感を与えてくれるその声はまるで母の様。
その誰かの姿を確認すべく身体を起こそうとすると強烈な痛みが胸の辺りを襲う、それでもなんとか耐えた。
「少々手荒い処置を施したのでな、あまり無理はするな」
忠告をくれるその人物の姿を視界に捉える。
一瞬ルナに見間違えそうになる銀色の髪。
「あなたは?」
そこにいるのはこの荒れ果てた小屋には不釣り合いなお姉さん。
少し前の俺なら途端に舞い上がっていただろうが今はそんな気分にもならない。
「名などもう忘れてしまった、どうとでも好きに呼べ」
忘れたということはないだろうし何か名乗りたくない事情でもあるんだろう。
「ではお姉さん、此処はどこですか?」
「此処か? ここは深淵だ」
「・・・・はぁ」
成る程、分からん。
間抜けな顔を晒しているとその人はさらに教えてくれる
「知らなくても無理はない。ここは魔界よりもさらに下に位置し人は当然のこととして魔族ですら近づく者などいないからな」
「それは何でです?」
「危険な場所だと知っているからさ」
「危険ですか・・・」
「ああ、外を見てみろ」
小屋にはちょうど手頃な穴が幾つか空いていたのでそこから外を見てみるとすぐに理解した。
「なんですか、アレ?」
「分からんか? 存在くらいは外でも知れ渡っていた筈だが」
分かる、分かってしまうから簡単に状況を受け入れられないのだ。
「知ってます、知ってますよ! あれドラゴンですよね!?」
「惜しいな、ドラゴンの一種ではあるが正確にはクルという。基本なんでも食べる好き嫌いのない奴だ」
「落ち着いて解説してる場合ですか! それってつまり俺たちも食べ物として見られて今狙われてるってことですよね!」
「まあ、そうだな」
「逃げないんですか?」
聞くと何故だか笑い始める。
「はっはっはっ! 馬鹿な事を言う、高速で空を飛ぶ相手から逃げ切れる筈ないだろうに。真剣な顔してふざけおって、冗談を言う余裕があるならあれの相手もお前に任せるとするか」
それこそ冗談ですよね?
・・・えーと、何故俺の方を黙ってずっと見るんだろう?
えっ、もしかして冗談じゃない!?
「無理ですよ、あんなのの相手なんて」
「何だと?」
声が低くなる。
先生とかに怒られる直前に聞く様な声だ。
「いや、だから俺は逃げましょうって言ってるんですよ! あんなの到底勝ち目ないですから」
「まさか本気で言っていたのか!?」
「当然でしょう!」
頭を抱えている、あれ? 俺そんなおかしな事言っちゃいました。
「成る程、理解した」
その人はやれやれといった様子で小屋の扉に手をかけた。
「何を?」
「何って、あれを始末するに決まっているだろう」
自分よりも遥かに巨大な体躯の相手に素手のまま挑むとでも言うのか!?
無理にも思えるがその人は躊躇いもなくさっさと出て行ってしまった。
あと俺に出来るのはあの人が勝つ様に祈るばかり、負けはすなわち俺の死も意味するから。
俺は穴から勝負の行方を覗くことにした。
開幕、ドラゴンが口を広げて物凄い速さで突進。
対する女の人は突っ立ったまま。
何をしているんだ!と焦る俺。
次の瞬間、起きたことに目を疑った。
猛然と突き進んでいたドラゴンが突如として体制を崩す、直前までの勢いに押されるみたいにしばらく地面を滑り女の人の目の前あたりで静止、それから頭がストンと地面に転がった。
ドラゴンの首は綺麗な断面で切断、誰の仕業かというのは簡単だ。
女の人がいつの間にやら手にしていた刀の様な武器を見れば。