第四十七話 死
背中が焼けるように熱い。
でも一度目とは違ってすぐには死ねないようだ。
だから今はまだ痛みもちゃんと伝わるし話し声だって聞こえている。
「キアラなんて事をっ!」
そこで我に返ったのか女騎士は元の口調で姫様に謝る。
「申し訳ございません、姫様に害を為そうとしたのでつい・・」
「だからって殺すのはやり過ぎです。私の身を案じての行いなので咎めることはしませんが今後はもう少し思慮深い行動をお願いしますね」
「姫様のお慈悲ありがたき幸せ! このキアラ、胸にしかと刻み込みます」
「一応の目的も達成しましたし今回はこの辺りで引き上げましょうか。厄介な枷が無くなったと分かれば他の魔族も動き出す事でしょうし次は数を揃えて参りましょう」
そう言って姫様は俺を仰向けにし悲しげにこちらを見つつ柔らかい手で労わるように頬に触れた。
「ごめんなさい、でもあなたの死は無駄にしませんので安心して下さい」
混濁する意識の中で最後に分かったのはそっと俺の胸に添えられた姫様の手の感覚、そしてそれが皮膚を突き破った強烈な痛みが俺の二度目の最後だ。
♢
「さて、貴重な魔力源も回収しましたし帰りましょうか」
幼さを残した少女がその手に握るのは心臓。
主人から切り離されても個別の生き物みたいに健気に鼓動を続けている。
おぞましい描写の中でも一番狂っていたのは胸に穴の開いた死体の脇で心臓を握る手から腕へと滴り落ちる血を舌で舐め取り満足気に微笑む少女の姿。
最後その子はルナの方を向いて一礼してから消えた。
♢
ルナは変わり果てた仲間の傍で崩れ落ちる。
まただ、二度と味わいたくなかった喪失感。
過去に見た火の手に包まれる村の光景が頭で強制的に再生されて鎮痛の面持ちで頭を押さえ「何で?」と繰り返す。
冷たくなった手からはもう人の温もりは感じられない、完全な死を迎えていた。
出会ってから今に至るまでの時間は短くこれといって素晴らしい思い出があるわけじゃない、寧ろロクでもない出来事の方が多かった。
でもようやく出来たちゃんとした仲間。
自分の周りでは死人を出すまいと厳しく当たりそのせいで結局は一人になってしまうことが多かったルナにとってどんなに厳しく接しても次の日には間抜けな顔で何事も無かったかのように声をかけて来るような人間は彼くらいでだからこそ大事な仲間だったのに。
決して慣れる事のない辛さがルナを襲う。
「なんであんな馬鹿なことしたのよ・・・」
あのままいけば死んでいたのは自分、それを止めようとしての行動かもしれないが感謝の言葉なんて出ない。
代わりにあるのは怒り。
余計な事をして勝手に死んでいった馬鹿への怒り、その馬鹿を殺した奴への怒り、そしてそうさせた自分への怒り。
それら全てをぶつけるように地面を力一杯叩いて発散しようとしてもあまり効果が無い。
でもそうでもしていないと気が狂ってしまいそうで血で汚れ始めても尚やめようとしない。
「やめて下さい」
自傷を続けるルナの手を掴んで止めたのはフレイヤ。
「そんな事したって意味がありませんよ」
「わかってる、でもこうでもしていないと自分を許せない」
「あなたに責任はないでしょう」
「私が無茶してあの女に向かっていかなければこうはならなかったかもしれない。あの魔族を、仇を前にして冷静でいられなくなったから・・・」
「とにかくここを離れましょう。近しかった人の遺体の側にいつまでもいても心は晴れません、一度離れて気持ちを整理してからちゃんと向き合いましょう」
「そう、ね。でもこいつをこのままここに置いていくなんて・・」
「ですが街も混乱の最中ですし・・・とりあえず今は街まで移動させておいてそれからどうするかはまた考えましょう」
「うん、分かった」
二人は遺体を運んだ。
他の多くの遺体という括りでまとめられている場所まで。
次の日、再びそこを訪れた時、何故だか一つだけ遺体が消えてしまっていた。