第四十話 不穏
魔界から元いた場所に戻るのは転移で一瞬、瞬きの間に見る景色は馴染みある平穏なものに変わっていた。
お日様が空に燦々と輝いているのがこんなにもありがたいことだと実感したよ。
「さて、それではこれからどこに行きましょうか?」
どうやら姫様には何の目的もないらしい、それなら何故あれ程までに旅に出たがったのか不明だが年頃の女の子だし外の世界に憧れるものなのかな? この世界の常識とか知らないしそこら辺は気にしない。
「それじゃあ俺がいた街に行きませんか? あそこ結構大きい街だし行ってみる価値はあると思いますよ」
「そうですか、だったらまずはそこを目指しましょう!」
よし! これでようやく皆んなに会える。
心配かけちまったから謝らないとな、無事戻れたらちゃんとごめんなって伝えるんだ。
待っててくれよな・・・・待っててくれてるよな?・・・待っててくださいお願いします!
♢
「着いた〜」
魔界を出て数日ほど経て見た久しぶりの街の外観に涙が溢れる、ここに来るまで本当に辛かった。
転移で一瞬で行ければ良かったのだがどうやら姫様たちは魔界を出てから移動の足、つまり馬車を手に入れる為だけに一度小さな村に寄っただけで他には街や村に入らなかったせいで目的地への転移は不可能。
転移とは記憶を頼りに行うもの、なので使用する際は平原や森みたいな何処にでもありふれた場所ではなくそれぞれで特徴を有している町や村を目的地とする。
ただ、遠くから見ただけの曖昧な記憶で行うと思いもよらぬ場所に飛ばされる危険があるのでちゃんと中に入ってその場所をちゃんと見て、記憶して初めて転移候補として成り立つ。
だから転移出来ないので歩くしかありません。
それだけでも大変だというのに俺にはさらに苦難が待ち受けていた。
幾度と無い女騎士の嫌がらせ、例えば少し俺が用を足しに行けばその隙に俺を置き去りにしようと姫様を唆す。
食事にと寄った店では俺に選択権はなく店で一番安い物を問答無用で注文される。
その他にも色々とやられた事で精神はすり減っていたからこその涙。
「人がいっぱいで何だか目眩がしてきそうです。この規模の街はやはり私には少し大きすぎる気がします、これなら道中にあった村の方が良かったかもしれませんね」
地方から出てきた田舎娘のような事を言う。
あんな豪邸に住みなんかヤバそうなのを多数配下に従えているならこの程度どうという事ないと思うのだが?
「いえ、姫様にはこれくらいが相応しいかと」
「そうでしょうか?」
女騎士の言葉を受けても不安を拭いきれないようなので俺も、
「そうですよこんな街すぐに姫様の庭になりますよ」
そう言うと途端に晴れやかになる顔に素直で可愛いなぁなんて酔っているとすぐさま女騎士の殺意の篭った視線を向けられる。
俺が俺の言葉が姫様を勇気づけたことが気に食わないようだ。
これまでのことを思い出して“やってやったぜ!”という優越感が湧いてくる。
「どうだ見たか女騎士、姫様はお前じゃなく俺の言葉の方が心に響いたようだ、つまりお前よりも俺の方が姫様にとって大事だと言うことだ! ざまぁみやがれ!」
と心の中でほくそ笑んで怖いのですぐに目を逸らす。
「それでどうしますか、買い物でもします?」
初めての街に来たらまずは観光がてらのお買い物だろうと提案してみる。
しかしこの姫様は違っていた。
「いいえ、まずはこの街を仕切っている人のところに行きましょう」
それが貴族の常識なのだろうか?
お偉い方同士話でもあるのかなとごく普通の平民出身の俺は考える。
そんなこと考えていると唐突に唇を奪われた。
「これで準備は出来ました。行きましょうか」
「へっ? 準備って何の準備ですか?」
姫様は今まで同様屈託の無い笑顔を見せてそれから、
「この街を支配する準備ですよ」
変わる事のない優しげな口調でそう答えた。