第三十八話 裸の付き合い(オヤジ)
どうしてこうなった?
クラリスの父と二人隣り合っている。
相当気まずい。
つい最近まで冴えない高校生だったというのに他人のしかも女の子の父とだなんて俺は一体大人の階段をどれだけすっ飛ばして駆け上がっているのだろう?
それはそうと頭がくらくらしてきた。
火照る身体と視界一杯に広がる白いもや、何で俺はいきなりこんなおっさんと一緒に風呂に入ってるんだ? 男同士の話があるって言ったってこんな所じゃなくても良いのでは?
不満がいくつも湧き出てくるが父の般若を思わせる怖い顔がチラチラと見えるもんだから伝家の宝刀その場しのぎの薄ら笑いで適当に微笑んでいたのだが流石に限界。
というか話があると言いながら腕組んでずっと黙ってるし話ないならもう出ますよ?
若者にこの温度は高すぎる。
「お父さん、そろそろ━━━━」
「貴様にお父さんと言われる筋合いはない」
「・・・・すいません」
面倒くせぇーーーー!!
お手本の様な頑固親父かよ!
こっちだって呼ぶ筋合いはないけどあんたが名乗りもしないでずっとそうしてるからしょうがなく言ったんだろうが!
じゃあ見た目の印象でゴリラとでも呼んでやろうか? あぁん?
なんてこと当然本人には言うはずなく魂の咆哮だけに留めておいてやって円満に事を運ぶとする。
「すいません、でも俺そろそろ限界なんで上がらせてもらいます」
スッと立ち上がるとごつい手が俺の腕を掴んだ。
「待て、よもや貴様私より先に出るつもりでいるのか?」
『その通りですが何か? さっさとその手を離してもらえます』と言ってやりたいのだがちょっと粋がる為だけに命の危険を冒したくはない、だがしかしこのままこのオヤジに付き合って茹で上がるのも勘弁。
「すいません、ちょっと目眩がしたので・・・」
「さっきからやたらすいませんすいませんと言うが何故そんなに謝っている? そういう言葉は取り敢えずでいっておけば良いというものではないぞ」
元いた世界での癖で言っちゃったけどこれっぽっちも悪いなんて思ってないから。そっちがそうしないといけない様な空気を作ってるから言ったんですけど、こいつ面倒なタイプの教師みたいに聞いてきやがる。
「えーとですね・・・はい」
咄嗟に適した言葉が出てこず黙り込む、そのまま元いた場所に戻って何と答えようかと頭をフル回転させていたらオヤジが質問の答えも待たずようやく本題に入った。
「貴様はクラリスをどう思う?」
「とても可愛いと思いますけど」
「そんな当たり前の事を聞いてるのではない、私が聞きたいのは貴様にあの子のために命を差し出す覚悟はあるかと聞いているのだ。眷属たるもの旅に出ると言う主人に従うのは当然の事、つまりクラリスの眷属たる貴様も同行することになる。その旅でもし主人に危険が迫った時貴様は自らの命を顧みず守れるか?」
ああ、そういえばなんかそんな事になってましたっけ。
命をかけて誰かを守る、それこそ俺の憧れる異世界ライフ。
そんなの答えなんて決まりきってるじゃないか。
「ごめんなさい無理です」
こちとら自分の身すら満足に守れないクソ雑魚ですよ。
そんな大役荷が重い重い無理無理無理。
憧れと現実を混同してはいけない、この世界に来て嫌というほど思い知らされましたし。
「守るつもりはない、そう申すか」
ブチ切れ寸前といったところのオヤジ、だが少し勘違いしている。
「守るつもりがないわけじゃありません、もしそんな状況になれば俺は全力で守ります。けど今の俺には力がないんです。そればっかりは思いだけじゃどうすることもできない、だから無責任な事言いたくないんです。後で後悔しないためにも」
完璧だ、完璧すぎる答えだろう。
分不相応の役目を回避しつつオヤジの怒りも受けない完璧な返答だ。
姫様との旅も心惹かれるものはあるがそれよりも俺には大事な仲間がいる。ここに来る直前はなんかどうでもいいかなとか思っちゃってたけど良いわけない、俺が旅に出ようと誘ったくせに放り出すなんて出来ない。
あんまり心配させる前に帰らなきゃだし、だから
「娘さんを大事に思うなら全力で引き止めるのもまた優しさなのかもしれませんよ」
これでオヤジが姫様を説得してお役御免となった俺は元いた場所に戻されるだろう。
完璧な作戦のように思えたのだが事態は思いもよらぬ方向に向かう。
「くっくっくっ、あっはっはっはっ! 気に入ったぞ小僧」
一体どういうことだろう?
「よく考えもせず守れるなどとぬかしおったら実力を見ると称して適当な魔物の巣に放り込んでやろうと思っておったのだが思いの外思慮深い奴の様だのう、考え直してやる」
あの世への片道切符をいつの間にやら握らされていた様だ。
このオヤジ想像以上にヤバイ奴じゃん。