第二十八話 お屋敷探索 終 歓喜と嘆きと虚無
眼下に広がるのは信じがたい光景だった。
「な、何じゃこりゃ〜〜〜!!」
自然とそんな叫び声が出るのも仕方ない。これを見てしまえば如何なる人も俺と同じ反応をするはずだ。
ティオとリアだって空いた口が塞がらないといった様子だ。
こんな展開誰が想像しただろう。
虫の一匹も通さない厳重な扉に守られているこの部屋にあるのは篭って淀んだ空気と空っぽの宝箱。
というのを正直俺は想像していた。
よくある小説とかじゃ間違いなくそんなパターンだぜ。
だってここ卑猥な魔物と卑猥な罠しかないんだもん絶対ロクなものなんてあるはずないって思うよ普通。
正直途中からほとんど期待なんてしておらず資料館のおっさんになんて文句を言ってやろうかとばかり考えていた。
だがしかし!
俺の予想は完璧なまでに裏切られる。
そこには宝箱が三つとその周りを取り囲むようにして金銀財宝が山積みになっていた。
「くっくっくっくっ・・あっはっはっは!」
俺は歓喜の笑い声を恥ずかし気もなく上げる。
だって仕方ない、異世界に来てこれまで良いことなんてロクになかったんだから。
俺をここに連れてきた自称神が適当なせいでどれだけ苦労したか・・・思い出すだけで泣けてくる。
やっぱり最後に笑うのはひたむきに頑張った奴なんだな。
どこぞの自称神と違って本当の神様は俺の頑張りを見ていてくれたんだ。
感動に震えながらもしっかりとした足取りで金色の輝きを放ついかにもな宝箱に近づく。
大、中、小、大きさの違う宝箱がそれぞれ一つ置かれている。
「ちょうど三つだな、どうする?」
「わしらが三人で宝も三つ、ならば決まっておろう」
「だなっ」
俺とリアは互いに顔を見合わせる。
お互い考えていることは同じらしい。
「あの一体どういう・・・」
ただ一人理解出来ていないティオ。
すまん説明してやりたいが今はそんな時間はない、何故なら、もう勝負は始まっているからだ。
俺とリアはほぼ同じタイミングで駆け出した。
目指すところは同じ、そう、一番大きな宝箱。
その結果は当然俺の負けだ。
「わしの勝ちじゃ、この一番大きなのは貰うぞ!」
リアははしゃぎながら大きな宝箱に飛びついた。
「ああっ! ちょっと待て! 俺もそれが良い!」
「ダメじゃ、早い者勝ちじゃ」
俺の抗議を聞き入れることなく宝箱に張り付いて是が非でも離れない構え。
全くとんだ我が侭っ子だ、困ったヤツだぜ・・・・だが、計画通り。
「分かったよ、だけどあとでやっぱりそっちが良いってのは無しだからな」
「当たり前じゃ、でかいのが一番いいに決まっておる。それはこっちのセリフじゃ」
それが聞ければ十分だ。
「じゃあ残りは中と小の二つか、なら当然選ぶのはこっちだな」
そう言って俺が選んだのは小の宝箱。
これにはティオも驚きを隠せないでいる。
当たり前だ、大の宝箱を巡って熾烈な争いを見せていた人間が急にこんなしおらしくなってしまうなんて洗脳でもされたんじゃないかと疑うレベルだろう。
「良いんですか? 私は別に小さいのでも━━━━━━━」
「ティオ、何でも遠慮することないんだ。俺たちは仲間だろう? みんな対等で誰が偉いとかないんだ、そこに遠慮を挟むのは俺たちを仲間と思っていないみたいで悲しいぜ☆」
とびきり爽やかに決まった。
「そう、ですね。分かりました! もう遠慮はしません、私だって仲間ですから!」
弾ける笑顔でそう言うとティオは中の宝箱の所へとすたすたと歩いて行った。
だが全て計画通りなのだ。
この二人は知らないだろうが異世界日本出身の俺は知っている。
こういうのは大抵小さい方に良い物が入っているのだということを。
欲張り物は損をする、貴様のことだリア!
せいぜい後悔するがいい自身の傲慢さを。
「なんじゃこれは?」
ふふっさっそく開けて中を見たようだ。
そして残念賞に気の抜けた声を上げているな。
「そ、それは・・・・」
ティオの様子がなんだかおかしい。
わなわなと震えてまるで有り得ないものでも見たかのようだ。
その理由は今リアがキョトンとした顔で持っている物が原因だ。
「そ、それは究極の魔導書です!」
普段のティオならおよそ出さないであろう声量だ。
つまりそれだけ凄いってことなんだろう。
「なるほど魔導書か・・・で、何がいいんじゃ?」
興奮を抑えるように一呼吸いれてから話始める。
「それは望む魔法が覚えられるんです」
神妙な顔つきでティオは言うが魔導書って大体そんなもんじゃなかったっけ?
確か魔導書を読んでいる時頭に思い描いた種類の魔法が覚えられるとかだった。俺という例外はいたけど一般的にはそうなっている。
それと何が違うの?
その疑問をぶつけると怒られた。
「何言ってるんですか! 全然違いますよ! いいですかよーく聞いておいて下さい・・・・」
それからしばらく熱血講義を受けて分かってことはこの手の話題になるとティオが怖いってこと・・・じゃなくて要するにあの魔導書は奇跡と言っても過言ではない程の魔法を習得できるらしい。
それこそ不可能に思える事も可能にしてしまう程の魔法。
例えば天候を操ったり、病を治したり、死に至る程の重傷を綺麗さっぱり治したりと上手く使えば崇め奉られるような存在になれる凄い魔法を望むだけで取得出来るらしくティオが探し求めたいた物でもある。
見れただけ存在を確認出来ただけで満足らしい。
そして次はすっかり蕩けた顔をしているティオの宝箱だ。
さて一体何が入っているのやら。
「そ、それは!」
今度はリアの驚きの声が響いてくる。
「魔の宝珠ではないか!」
何ですかそれ? とでも言いたげな顔をしている俺にまたしてもティオの熱血講義が展開された。
それによるとあれは身につけておくだけで魔力の消費をかなり抑えることが出来るらしい。
つまりかなり魔力に余裕が出来てこれまで以上に魔法を連発できる。
それに今度はリアが目を輝かせて食い付いた。
そして、自分の魔導書を差し出して「これと交換してくれんか!」なんて言い出した。
ティオとしては願ったり叶ったりのはずなのに少し迷っている。
「いいんですか!? そっちの方が価値で言えば断然上ですよ?」
ティオなんていい子!
交換したいって言うんだから黙って交換しちゃえばいいのに。
「良いんじゃ、それはかねてより父上から聞かされてきた魔王家に伝わりし秘宝。父上がいつのまにかうっかり無くしてしまいそれ以来行方知れずとなっていたがまさかこんな所に眠っていたとは、だからお願いじゃ交換してくれ!」
「そういう事でしたら私は全然構いませんよ」
なんだか収まるべき所に収まったという感じだな。
そして残すはこの俺の宝箱。
手のひらにすっぽり収まるくらいの大きさでかなり小さい。
と言ってもリアとティオのは宝箱の大きさに比べると小さい物が入っていてつまりは大きさよりも質で勝負しているということがよく分かった。
さぁ開けるぞ!
ゆっくりと開いて中を確認する。
そこにあるのは黒くて丸くてすべすべな何か。
「何だこれ?」
リアそしてティオでさえ何だかわからないといった表情だ。
振っても叩いても擦ってみてもうんともすんともいわない、でも何か凄まじい能力を秘めているに違いない。
半ば確信めいた自信があった。
二人が得たものを見てしまえばそんな期待は拭えない。
きっとこれには何かある、そう感じてならないんだ。
そこでティオが何かに気付いた。
「これは・・?」
地面に転がる俺の宝箱を拾い上げ中からハガキほどの大きさの紙を取り出し中に目を通してまるで俺に見られてはまずいものを隠す勢いでそれを後ろに回した。
しかしながら俺はもうその紙の存在を知ってるわけで今更隠されても無駄なのだが・・・。
「なんて書いてあったんだ?」
「知りたいですか?」
「それは、まぁ」
「分かりました、でも、どうか気を落とさないでくださいね」
・・・・・・なにそれ不吉!
もう絶対いい事ないじゃん! というかもうなんとなく予想がつくよ!
嫌な予感いっぱいに読んでみた。
『これはワシが丹精込めて作り上げた究極の一品だ。来る日も来る日も磨き上げたその結晶、後世に残すべき至高の品。その肌触りはうら若き乙女のごとき滑らかさを誇りその強度は金剛石にも勝る・・・かもしれん。それこそが究極の泥団子だ! いいか、決して捨てるなよ! 絶対だからな!』
これは突っ込みどころがたくさんあるな。
でもそんな気も起こらないほどに脱力した。
俺がつかまされたのは見知らぬジジイが丹精込めて作ったただの泥団子。
泣けるぜ。
「誰か交換━━━━━」
「嫌じゃ」
「ごめんなさい」
一抹の希望を胸に尋ねてみたら食い気味に断られた。
「ふざけるなぁぁ!!」
そう叫びながら泥団子を地面に投げつけると軽くバウンドしてからコロコロと転がる。
割れもせず目的もなく転がり続ける泥団子。
誰にも求められていないのにまるで背負った使命かのように転がる。
その姿にひどく虚しさを感じた。
ヤケクソになって周りの金目のものを全部かっさらって行こうとして重さに耐えてようよう屋敷から出た瞬間にスッと消えた。
瞬間、全てが幻だったかのように思えたが違う。
リアとティオの嬉しさで輝いている顔が陽光のように差してきてジリジリと現実だと伝えてくる。
二人が太陽ならさながら俺は砂漠だな。
日差しに焼かれてしまったこの心はすっかり干からびちまった。
もう乾いた笑いしか出ないや・・・ははっ。