第百九十四話 師匠、家族⑨
不良と別れてから進んだ先、廊下の突き当たりにあった扉に手をかけ開く。
そこからさらに地下へと続く階段を見つけ降って行くこと数十分、ようやく辿り着いた底。
あるのは不可思議な紋様が刻まれた堅牢な扉。
鍵が掛けられてる訳でもなくかと言ってただ力任せに押してみてもびくともしない。
いかにもな扉にゴクリと唾を飲み込みならば扉ごと切り裂いてやろうと魔剣を呼び出し斬りかかる。
しかしすぱっと斬れることもなくがきんと虚しい音を響かせただけ。さてどうしたものか何て思った直後のこと。
無数の魔法陣が現れそこから放たれる光線によってたちまち蜂の巣に。
ちょっと剣で叩いただけなのにこの有り様、余りにも殺意の高すぎる防衛装置を前に一瞬恐れ慄くもすぐさま解決方法を導き出す。
簡単な話、魔法的な仕掛けが働くのなら師匠の刀で全部ぶち壊してやれば良い。
そこに魔力が使用されているなら問答無用で無効にする。
いかに複雑で高性能な術式だろうと魔力が無ければただの落書きにも等しい。鍵穴もドアノブも見当たらない扉の理解不能な魔法的仕掛けもこれ一本あれば万事解決。
そしてもう一度斬りかかると今度もスパッとは切断出来はしないが刀が触れた瞬間に扉の紋様に亀裂が走る、するとどうしてもびくともしなかった扉が押すと僅かに動いた。
こうなればあとは力任せ、数十分重い扉と格闘して遂に俺は扉の先の景色を拝む事が出来た。
「‥‥‥」
率直な意見を言うなら期待外れ。
あれだけの仕掛けが施された扉の先、財宝の数々があったり華美な装飾が施された部屋の中央に剣が、なんてのを想像していたがそこは狭く薄暗く、そして何も無い牢獄の様な部屋。その中央に台が置かれてそこに一つの白骨死体とその白骨死体の胸の辺りを通り抜けて台に突き立てられた金色の剣が一本。
それこそが俺が探し求めていた聖剣なのだろう。
近づき手に取ろうと触れた瞬間にその手を引っ込める。
「聖剣、だよな?」
思わずそんな呟きが口から溢れる。
何故なら、それに触れた瞬間に無数の悲鳴の様なものが聞こえた様な気がしたから。
何処か禍々しい。
その剣が持つ金色の美しい輝きがまるで内に秘めた強大な邪悪を隠している様にすら思える。
しかし俺は既に魔剣に魔刀を所有している身、若干の恐ろしさを感じても聖騎士に抗う力が得られるのならばと再び手を伸ばしそれを引き抜いた。
やはり不快感は拭えないがそれでもこれで目的は達成、さっさと帰ろうとした時に不意に台に刻まれた文字が目に入った。
『災厄の魔女 ━━ヤ』
名前の部分は掠れて読めないがこの死体が魔女であり災厄と名付けられてることからそれなりの事をやらかしたんだろうとは想像出来る。
死して尚、これ程までに厳重な封印が施されたのだからよほど恐れられたのだろう。
つまりこの剣はそんな存在を討ち取った故に聖剣と呼ばれる様になったがその時に何らかの汚染を受けてしまった結果がさっきの禍々しさに繋がった。
まあただの想像に過ぎない、そんな事を考えても仕方がないし帰ろう。
「ただいま!」
「‥‥‥」
誰もいない。
みんなで仲良く出掛けているのだろうか?
俺が監獄にぶち込まれている間にというのは複雑ではあるが仲良くするのは良い事、戻ってくるのを待って驚かせちゃおう。
「‥‥‥」
なかなか帰って来ない。
というか荷物も無くなってる気がする。
え、まさか俺置いてかれた? みんなはとっくに何処かに旅立ったとか?
いや、そんなはずは無い。
他の奴はともかくリアが俺を裏切るなんてあるはずないというか考えたく無い。
「出来ればこれは使いたくなかったのだが仕方ない」
実はお守りと称してリアには魔剣を持たせている。そちらに転移すればリアの側にはいつでも向かえるのだ。
いつでも君の元へ向かえる、なんて若干気持ち悪いと思われそうだから御守りと偽っておいたのだがもしかしたら何かトラブルに巻き込まれているという可能性もあるでは無いか、気にしている場合では無い。
「今行くぞ!」
リアの身の安全、ただそれだけの為に。
そうして転移した俺の目に映ったのは見覚えのある場所。そこはちょうど数日前に俺が放り込まれた監獄への門があった場所なのだが現在その門は何故だか瓦礫の山と化していた。
「お主、何故ここに!?」
暫く不良の嫌味ったらしい声ばかり聞いていたからか久しぶりに聞くリアの声がまるで美しいピアノの旋律の様で心が洗われ涙が出そうになる。
「何故って、やっと任務を終えて帰ったら誰もいないし帰ってくる気配も無さそうだったから心配で心配で、だから急いで探したんだ」
「よく私達の向かった場所がお分かりになりましたね」
フレイヤが優しい笑みで的確に嫌なところを突いてくる。
「そ、それは、魔力を辿ってだな‥‥今の俺にはそんな事も可能なのだ」
「町からかなり離れているのに辿れるのですか流石ですね。ではリアが首から下げているものは何の関係もないと? あの中には一体何が入っているんでしょうね?」
「これは御守りという奴じゃ。中を見てしまえば御利益が無くなってしまうから見てはならんと言われておる」
「私達が居る場所が分かって更に幸運な事にその場所にちょうど印を残していたと?」
「うぐぐ‥‥」
もう殆ど真実を言っている様なもの、だが幸いな事にちょっと頭の弱いリアはぽかんとした顔で俺が渡した御守りを眺めている。何も分かっていない様子。
「要するにそのゴキブリ野郎が気持ちの悪いストーカーだという事だろう」
女騎士が一体自分自身のことをどう思っているのか聞いてみたくなるまとめをしてくれた。
お前にだけは言われたくないしこれは離れている間心配だからでお前みたいに歪んだ愛からの行いでは断じてないので許される‥‥はず。
「だが今はそんな事はどうでも良い。今は姫様を助ける事が先だ。こんな場所でぐずぐずしてられない」
言われて気付いた。この場に姫様がいない事に。
それからある程度の事情を聞く。
筋肉質な大きな男に拐われた、それを聞いて思い浮かんだのはムスケルだ。
彼が居るとすればおそらく考えられるのはヴァイスが向かった先。
本音を言えば今の先生には会いたくない、だがリアはどうしても姫を助けに行くと言って譲らない。
「分かった、俺が行ってくる。転移すればすぐだろうしそのヤバい奴に出くわしても俺なら何とか人間で押し通せるだろう、だからリアはここで待っててくれ」
見捨てろとも言えないので自分が行くと告げるが「わしだけ安全な場所で待っていられるか!」と反論。
「でも危険なんだ。その男もだけど中には巨人みたいなのがうろついてるし」
「あれらは獣落ちした人間、簡単に言えば過剰な魔力を注がれた事によって肉体が変質し理性を失った者」
まるで見た事があるかの様な物言い。
実際フレイヤは知っていたのだろう、あそこで行われていた事も。
「人間の欲望が産んだ怪物。まあもっとも今は魔族のお方が利用されてる様ですが」
訂正し終えた後、フレイヤがすっと前に出てきてその顔を耳元に寄せて囁いた。
「それで、戻って来たという事は例の物は手に入れたのでしょうか?」
悪魔の囁きめいた艶美な音色。その視線が腰に携えられた物に向かっているのでどうやら見せろと言っているのだろう。
腰から抜いて手渡そうとする、しかし彼女は受け取ろうとはせず一瞥しただけで視線をこちらに移し言った。
「これはいけませんね‥‥‥」
フレイヤは残念そうに首を横に振る、そしてとんでもない事を言い出す。
「壊しちゃいましょう」
せっかく手に入れたものを壊せと言うが納得出来るはずはない。
こちらだって戦力になると思ってわざわざこんな場所まで苦労して取りに来たのだ。
当然拒否しようとしたのだがどうやらちゃんと理由があるらしい。
「手に取って何か感じませんでしたか?」
問われてすぐ思い出す。
手にした瞬間のあのおぞましさを。
「残念ながらその剣は穢れています、もはや何の価値も無いどころか存在自体が空間を汚染するに至ってしまっている。こうなってしまえば寧ろ破壊してしまった方が良いでしょう」
確かにこれを身に付けてからどことなく身体がピリピリする様な感覚がある。
しかし苦労して手に入れた物をそうもあっさりと捨てられるほど思い切りの良い性格じゃ無い。いつかなんかの役に立ちそう、そんな思いが捨て去れない性分なのである。
そんな風に悩んでいると痺れを切らした女騎士が苛立った声を響かせた。
「そんな物後でいいだろ! 今は姫様が最優先だ」
女騎士は瓦礫の山を乗り越え一人奥へ向かおうとするがフレイヤの言葉に動きを止める。
「あなたが今踏みつけているこの瓦礫の山、どうしてこんなものがあるのか分かりますか?」
確かに、俺がぶち込まれた時はこうじゃなかった。
「彼女が一足先に到着した証拠ですよ。そして既に戦闘行為を始めている。いくら鈍いと言ってもそれは日常生活での話、頭を切り替え感覚を研ぎ澄ませた戦闘中にあっては貴方とリアが魔族である事がバレる可能性が出て来ます」
「だから諦めろとでも?」
「そんな事を言って何の意味があります? 貴方もリアもそれが出来ないからこんな場所まで来たんでしょう。私が言いたいのは少し時間が欲しいという事です。この剣こそが穢れの元凶、これさえ無くなればこの私もそれなりに力を出せます、と言っても監獄内に穢れは滞留しているでしょうから万全とは言えませんがそれでもそれなりの時間を稼ぐくらいは出来るはずですよ」
「分かった、そいつをぶっ壊せば良いんだな?」
「ええ、出来れば粉々に。貴方の力の見せ所ですよ」
「得意分野だ」
女騎士が自らの剣を呼び出し力を溜める。
いつか見たことのある赤黒い閃光が迸り周囲の空気を震わせていた。
臨界に至り振り下ろされた時、強烈な爆発音と爆風が巻き起こって数十メートル先まで大地を抉る衝撃が放たれた。
片手一本でもこの威力、すっかり姫様大好きポンコツキャラに成り下がっていたが改めてとんでもない力を持っている事を思い知らされた。
「どうだ?」
「完璧です。跡形も無く消え去りました」
「じゃあ行くぞ、姫様の身が心配だ」
「ええ、承知してます。この御恩に報いるべく微力を尽くさせて頂きますよ」




