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第百九十一話 師匠、家族⑥

魔族の姿に戻った師匠の武器は鋭く尖った爪。盾だろうと鎧だろうと容易く両断する恐るべき切れ味。対してヴァイスの武器は道中拾った剣が一つ、しかしこれは使わない。

手から唯一の武器を放り出す。


「武器も持たず俺に勝つつもりか? 随分と舐めた真似してくれるじゃねぇか」


「あんたにこんなもん通らない、持ってるだけ無駄だろ。こんなもんより俺にはこれがある」


とっておき、とでも言う様に拳を突き出す。


「心から尊敬する師匠に鍛えられた一撃の重み、一対一の真剣勝負でその体に教えてやるよ。そんで思い出せ、鬱陶しくて熱苦しくてお節介、けれど誰も不幸にしなかったあんたの漢としての生き方を!」


先に仕掛けたのはヴァイス。ただ正面から真っ直ぐ向かっていく愚直な猛進。

しかしそこは弟子と師匠、ヴァイスが正面から来るのならこちらもとムスケルも正面から迎え撃つ。

ヴァイスが拳を放つならムスケルも拳で応戦、爪を使えば多彩な攻めで簡単に制圧できると分かっていたが目の前にいるのは敵と認めてもやはり一人の弟子、その成長を肌で感じたい思いで対等な方法、素手での決着をつける事に決めた。

だが勝負はヴァイスの劣勢。

拳を放てど放てどムスケルに防がれ、逆にヴァイスは躱しきれず既に数発直撃を貰いそれだけで痛々しい姿に。

誰が見たってヴァイスに勝ち目は無かった。


「大口叩いてその程度か?」


期待外れだと呆れているのが声で分かる。


「お前じゃ俺を超えるのは無理だ、今からでも立ち去るって言うなら見逃してやる。死なないうちに現実を見ろ」


「現実を見ないといけないのはあんたの方だろ。こんなのいつまでも続くはずない、いつか必ずあいつらが嗅ぎつけて来る、そうなった時、あんた一人でどうにか出来ると思ってるのか?」


アルセリアはいつか気付く、聖騎士共が一堂に会すれば勝ち目なんてあるはずない。そして今度はムスケルが死ぬ。

そうなればオルキアは一人取り残される。


「あんたが死んだらオルキアはどうなる? また実験道具にされるかも知れない、散々痛めつけられ殺されるかも知れないあんたはそれで良いのかよ?」


「傷つかない為に、相手が願っているから命を奪う、それはオルキアがお前にとって恩人だから出来るんだ。誰かを愛するとそういう風には割り切れなくなる。たとえどんなに苦しんでいようが死にたいと願っていようが我慢してくれとしか言えないんだ。どれほど身勝手で残酷な願いかは分かってる、でも完全な別れが怖くて怖くて堪らなくなる、どんな姿であろうと手の届く場所にいて欲しい」


そういう執着が生まれてしまった、と辛そうに顔を歪める。

愛しているからこそ今の苦しみが嫌というほど伝わってくる、でも愛しているからこそ解放してあげられない。

抱えたジレンマ、次第に心は蝕まれお伽話の様な希望にですら縋るようになった。

ムスケルもまたヴァイスと同じ臆病者だったという事だ。

愛する者との別れが怖くて逃げた果てがここ。


問答に意味はない。

これには正解がない。

もし奇跡が存在するならヴァイスの行いは間違いになるが奇跡が存在しないなら正しい。

もし奇跡が存在するならムスケルは正しいが奇跡が存在しないなら間違い。

奇跡なんていうどうしようもない不確定要素に左右される。

あるならある、無いならないではっきりして欲しい。どっちつかずな奇跡というものが今この瞬間は憎らしくもある。

そうすればこんな争いは生まれなかった。


「俺もあんたも想いは同じなのにな」


「想いは同じでも考えが違う」


人と魔族だからでは無い、これは一人の漢としての在り方の違い。

あれほど分かり合えていた二人でも命を巡る争いにお互い妥協は無い。言葉で揺り動かされるほど容易くなく、なればもう違う意見を持つ相手を排除するしか無い。

二人は再び拳を構える。

単純な打ち合いでは先に音をあげるのは間違いなくヴァイスの方、中途半端な攻撃を幾ら続けたってムスケルの強靭な肉体には殆どダメージなどないだろう。

結果、導き出された選択肢はただ一つ。

全身全霊の一撃を顔面にお見舞いする。

目的は殺す事ではなく倒す事、為すべきことを為すまで邪魔させない様にすれば良い。要するに暫く気絶でもして貰ってればいい。

人も魔族も身体の構造は同じ、なら頭を殴っての脳震盪も狙える。

ただ問題はムスケルもそれを警戒してるのか頭部だけはしっかりと守っている事。さっきの殴り合いでも軽く狙ってみたが悉くを避けられた、軽くでもそれなら全力なんて言うまでもない。

一見不可能の様に思えるがヴァイスの目には諦めの色は無かった。


散々打ち込まれもはや立っているのもやっとと言える状態のヴァイス。

完全に勝負は付いているのに倒れ込もうとはしないかつての弟子を前に懐かしさが胸を襲う。

いつもこうだった。

どれだけボロボロになろうとも這い上がって来る。決して負けを認めようとしない諦めの悪さ。どれだけ『終わり』だと言っても『終わってない』と立ち向かってくるもんだから最後にキツめの一撃で立てない様にして終わらせてそれをオルキアにやり過ぎだと叱られる。

何気ない一日の光景は今となっては夢の景色となり果てた。


「終わりだ」


幸福だとも気付かなかった日常を再現する様に癖付いた言葉を口にする。

それが終わりの合図。

諦めの悪い弟子に『お前はよく頑張った』と伝える最後の一撃の。


ムスケルはいつかと同じように満身創痍のヴァイスに拳を放つ。

避けられるはずもなくこれで決着が付く、これまでの経験からそうなる事を信じて疑わなかった。

だが、ムスケルは見えていなかった。

あらゆる苦難に晒されたヴァイスがただ愚直に諦めないという想いで立ち上がるだけでない事。

師匠の教えにない生きる為の狡猾さというものを得ている事を。


「今だラグっ!」


突如ムスケルとヴァイスの間に壁が形成される。

その正体は頭上高くから降り注ぐ滝の如き水、それが壁となり二人の間に割り込んだ。

最後と決めて大振りの一撃でとどめに入ったムスケルはそのまま水の壁に突っ込む、妖精が生み出す降り注ぐ水の勢いはあまりに強くムスケルと言えど体制を維持する事が出来ず崩され膝をつく。

ヴァイスはその一瞬を見逃さない。

目の前で膝をつくムスケルに向けて残った魔力全てを乗せた渾身の一撃を放った。


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