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第百八十九話 師匠、家族④

クソ雑魚野郎に別れを告げた。

コツコツと響く一人分の足音は未知の洞窟の様な先を見渡せない、出口があるのかも分からない闇の奥へと向かって行く。


「相変わらず素直じゃないなぁ」


女性らしき声が漂う。当然ヴァイスのものではない。

しかしこの場にある足音は一人分、それなのに追加の一人分の声はどこからなのか。

空中だ。

その少女は空中を漂いながらヴァイスに話しかけている。


「うるさい」


素っ気はないが攻撃的でもない、さっきまでとは違う声質。

裏切りの末に悲劇を味わい他人というものを許容出来なくなったヴァイスがそれでもずっと信用している存在。


「本当はこの先は危険だから彼を遠ざけたんでしょ?」


親しげにからかうように水の妖精ラグはヴァイスの顔の前を浮遊する。


「そんな訳あるか。あんな雑魚どうなろうと俺の知った事じゃない。ただ邪魔だから教えてやっただけだ」


ラグは一部始終を見ていた、どころか全部見ていた。

ずっとヴァイスの側にいて時には人には見られない性質を生かして監獄内を飛び回り見てきた情報をヴァイスに伝えていた。

だから探し物の場所も知っていたのだ。


「言葉は暴力的になっても根の部分は変わってないくせに」


「生憎だが俺は心まで腐ってる、いい加減黙らねえとはたき落とすぞ」


ヴァイスがそんな事するはずないと知っているラグは「怖いこわーい」とふざけた調子で翅をはためかせヴァイスの頭の上に着地する。


「覚悟、決めたんでしょ。だったらそんな顔するのはもうやめなよ」


「決めた、決めたさ。でも━━━━」


「でもなんて言ってたらダメでしょ。そんな中途半端な気持ちで挑んでもきっと届かないし届かせられない、それならいっそ引き返して逃げ出したほうが良いと思う」


これからヴァイスがやろうとしていることは一人の男の執念と希望を粉々にすること。

きっと力尽くでも阻止してくるだろうから戦いは避けられない。

その時が来た時、そもそも力で劣っているヴァイスが迷いを抱えたままのぶれた状態では勝ち目なんてものは存在しない。

精神論的なものは好まないヴァイスだが今回に限っては違う。

馬鹿みたいに熱苦しかった師匠の教えを受け継いでいる。

戦いにおいて必要なのは気合と根性と筋肉と情熱と友情と愛と譲れない意志。見事なまでの熱苦しい単語の羅列、だがあながち間違いじゃないと今にして思う。

両者の間にある圧倒的な力量差、それを埋める為に乗せられるものがあるとすれば相手を遥かに上回る強固な決意しかない。

拳をもって心に訴えかける、本当に馬鹿みたいだがあの師匠にはこれが一番効果的だろう。


「今まで散々逃げてきたからそれはもうやめにするよ」


言われるがままに置き去りにし(逃げ)、生きる為に目を逸らし(逃げ)、罪の意識を紛らわせる為に自傷行為(逃げ)。

どれも仕方ない逃走とも言えるかもしれないが思えば逃げることばかり。

オルキアが言っていた通り逃げること自体は何も間違っていない数ある選択肢の一つだ。

命に関わるような辛い事から逃げたって恥ずべき事じゃない。

ただ今回は違う、今回の逃げは何も生まない。

後悔は多分一生纏わり付くし大事な身内が苦しみ続ける。


「恨みも痛みも全部引き受ける事になっても」


出口のない暗闇をただひたすらに突き進む覚悟を今一度心に刻み付ける。

迷いを断ち、決意を滲ませる立派な顔つきになったヴァイスに頭の上の小さな友人も改めて誓う。


「私達は共犯。あの時何も出来なかった者同士、罪を一緒に背負ってあげる」


その小さくも大きな存在にどれほどヴァイスは救われたことか。

きっと彼女が一緒でなければ今回も逃げ出していた。

空っぽになった器に立ち上がる力を注いでくれたのは彼女で立ち向かう勇気をくれたのも彼女。


「ありがとうな、ラグ」


小さな太陽に心からの感謝を述べた。


「妙に素直だね、本当に感謝してる? さっきみたいに嘘だよバーカって後で言わない? あれ結構傷つくよ」


「言うかっ!‥‥‥‥ていうかあれそんな傷付くか?」


「傷付く傷付く、心ズタボロ。信用させといて掌返しで裏切るなんてひどいひどい。あの子もヴァイスみたいに人間不信になっちゃってもおかしくないね」


「さすがにそこまではならねぇだろ」


「分かんないよ、繊細そうな子だったし」


「あれが繊細!? ないない。あいつは殺しでぶち込まれてんだろ」


「でも私、あの子からは嫌な匂いはしなかった。どこか人間らしくないって言うのかな?」


あの日以来ラグは人間の匂いに敏感で嫌悪を示すようになった。しかし、思い出すとあいつといる間ラグにそんな様子はなかった。


「オルキア達のに似てて寧ろ良い匂いって感じるくらいだもん」


妖精が嗅ぎ取る匂いは魔力の発するもの。

彼女達は魔力の多さと質の高さに惹かれる。

人間はその二つとも低く、魔族は魔力は多いが質が悪い。二つとも高水準なのがエルフ、だから妖精はエルフに惹かれる。


「まさかあいつエルフなのか!?」


「それは違う。似ているけど向こうのほうが格上。オルキア達の香りを一輪の花だとするなら向こうは一面の花園、規模が違う。私みたいに魔力に敏感な生き物からすれば近くにいるだけで咲き乱れる花の中心に居る心地になる。あれだけの魔力を内蔵してたら普通の人間は獣落ちして理性を失くし身体も歪に変わる筈なのに彼は全くの普通だった」


「確かに、恐ろしい程普通だったな」


「器がよっぽど強固なんだろうね。もしかしてとんだ大物かも。次会う機会があったらちゃんと謝っておいた方が良いかも」


「まあ考えといてやるよ。でも今はこっちが先だ」


そう言いヴァイスは足を止める。

他愛無い会話で緊張を紛らわしてたがさすがにここまで来るとそうもいかない。


「この先にあいつがいるんだな?」


「うん」


ヴァイスは進入を歓迎している様にも拒んでいる様にも見える厳かな作りの扉に手を掛ける。

ふぅ、と一息ついて早鐘を打つ心臓が乱してくれた呼吸を整えてから力を込めてそこに足を踏み入れる。


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