第百八十八話 師匠、家族③
熾烈な巨人のなすりつけ合いの末、俺とヴァイスは何故だが揃って先を目指す。
「何でついてくるんだよ、お前はとっとと逃げるんじゃなかったのか?」
「うるせぇ、気が変わったんだよ」
ヴァイスは何もするつもりはなかった。
いかな非道な行為をムスケルが行なっているとしてもそれは正当な報復としか思っていない。
いつか殺した友の顔が頭に浮かぶ。
俺は殺しておいて身内は見逃すのかと恨みがましく睨んでいる。
昔は散々綺麗事を吐いていたがそんなのは奪われていなかったから言えた事だったんだ。
結局自分もそっち側、人間に奪われたから人間全部が敵のように見える、だからムスケルを止める気なんて今のヴァイスにはなかった。
だが、巨人なんてものを実際にその目で見てヴァイスは考えを変えた。
必死に救いを求めているからこそ救いをその手で殺してしまう欠陥、死にたいという理性がお腹を満たしたいという本能に呑まれる不自由、まるで自分が無い生きながらの死。
それを生きているといのはただのエゴなのかも知れない。
終わらせる為にヴァイスはムスケルと向き合うとを決めた。
真っ直ぐ続く廊下、その途中でヴァイスが突然足を止めつられて俺も止まる。
ヴァイスが指を差す、そこには地下へと続く階段が。
「お前の探してる物かは知らないがその先に剣らしきものがあるってよ」
「まじでっ!?」
「ああ、だからお前はそっちに行け」
「なんか怪しいな」
こいつの意地の悪さは良く知っている。もしかしたら聖剣を自分のものとする為に邪魔な俺を騙しているのでは?
訝しむ表情を露骨に表しジャイアニズムの化身が突如劇場版に変化した理由を考える。
「嘘は言ってねぇよ、だから信用してさっさと消えろ」
態度も悪い、言葉も悪い、おまけに性格も悪い、不良三大要素を兼ね備えた奴の言葉の何をどうやって信用しろというのかお聞かせ願いたい。
「いや無理っす。今までの事を考えるととてもじゃないけど無理っす」
「あ〜もう悪かったよ、今までの事は謝る。何だかんだお前が来なきゃ俺は今も無気力なままだっただろうからな、その点では感謝してるんだ」
「い、いきなりどうした!?」
「人間が敵のように見えてたんだ、だからお前にも厳しく当たっちまった」
あれは厳しくというよりも理不尽とか我儘とか自己中お子様ムーブとかそう言った方が適切では?
ここはぐっと言葉を堪え先を聞く。
「でもお前はずっと黙って従った。本音を言うとさ俺は怒って欲しかったんだ。ふざけるなって俺をぶん殴ってそのまま殺してくれても良かった、けど結局最後手を出してきた時も中途半端で呆れたよ」
そうか、こいつは死にたくても自分では死ねなかった、だから俺に‥‥。
そのやり方はどこか師匠を思わせる。
ただその割には俺がやり返してからむしろそっちの方が殺意高めに返してきてくれたがあれは本能的なものだったと解釈しようそうしよう。
「人ってだけであの騎士共を重ねてたけど人間にはお前みたいな奴だっているんだって思い出させられたよ。こんな世界、もう生きていくのもうんざりだって思ってたが前を向く力をお前から貰った」
「おいおい、よせやい」
「本当、ありがとうな」
確かにこいつは不良だが改心するってなら認めてやってもいいだろう。
過去は水に流そう。復讐とかもううんざりだし。
「分かったよ。今のお前なら信じられる。俺はこの道を行くとするよ」
ありがとうとごめんなさいを不良がちゃんと言えるようになったならそれは大きな成長、ならばこちらも大人になってやらねばな。
階段を下り先にあった扉に手をかける、そして別れを告げるため振り返る。
「じゃあな。お前との時間、良いことなんて何一つなかったけどさ実は俺もお前に貰ったものがあるんだ」
伏し目がちに鼻をさする、ベタベタの照れ仕草で別れを感動的空間に持って行き最後の一言で完成というところで邪魔が。
「おうそうか、俺の方は嘘だったんだけどな」
「‥‥‥はい?」
「勘違いすんなよ、その先に剣があるのは事実、ただお前に感謝してる云々は嘘だ。良い感じに言いくるめて消えてもらおうと思ったがやっぱこんな嘘を残しておくのもなんか気持ち悪いから訂正しておく。誰がお前みたいなクソ雑魚野郎に感謝なんてするかよバーカ!」
そうして最後、もしついて来たらまた半殺しにしてやると脅して不良くそ野郎は去って行く。
「お、お前ぇぇぇぇ!!」
怒りと悲しみを含んだ叫びが虚しく木霊する。
「何なんだあいつは‥‥」
少しだけ見直したかと思えばこれだ。
だがもうどうでも良いことか。当初の目的を果たしたら俺はすぐにこんな場所とはおさらばする。
ヴァイスの事は野放しに出来ないと思っていたが色々話を聞いてしまうと考えも変わってしまった。
俺と同じく救う為に人を殺した。だったらこちらは何か言える立場にいない。
嘘を言っている可能性もあるにはあるが正直あんな奴の言葉なのに嘘に聞こえなかった。
理由はきっと似ていたからだろう。
これまで見てきた辛い経験をした人たち、そんな人達と重なって見えたのだ。
どんなに努力しても自分の心は騙せない。
時折見せる虚な表情、言葉の端々に現れる声の震え、本人が自覚しないうちに心の傷が無意識に救いを求めて訴える。
リアも姫様も明るく努めているが隠しきれない本心が滲み出ている。
ヴァイスはそんな二人とどこか似ていた。性格こそまるで違うが痛みに対する反応はみんな同じ。
それにあのムスケルを師匠とする人間が心の底からの悪人であるなんて思えない。
だからもう関わるつもりは無い。
あいつがここから逃げ果せるなら後は自由にすれば良いと思う。
これから先、あの不良くそ野郎がどうなろうと俺には関係のない事だ。