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第百八十七話 師匠、家族②


悲しみに耐えかねて神に縋った。

毎日毎日、自分の心を守る為、神を頼った。

もう元通りにはならないと頭では完全に分かっているのに神に向かって『あの子を生き返らせて』と祈る矛盾をやめられない。

きっと救いを求める事で自分を慰めていたのだ。

毎日祈りを捧げる事で彼女を今も想い続けていると自分に言い聞かせ、あの時、彼女を止めなかった自分の罪を贖った。

それは祈りに託けた懺悔。

だがそんなものでも毎日続けていたある日、奇跡は起こった。

頭に声が響いてきたのだ。

『あなたの願いを聞き入れましょう』と優しく澄んだ声、母親によるものとはまた違う包み込むような柔らかさのある声。

超越的なものに触れた際に湧き上がる疑心や驚き、そんなもの微塵も抱かずすっと心に落ちてくる。何よりも先に喜びによる涙が溢れた。

願ったのはもちろん彼女の命。今この場に呼び戻してと請い願う。

しかし期待は一転失望に。死者の呼び戻しは不可能、全知全能と思えた神は淡々と現実を突きつける。

なら別の方法として時間の巻き戻しは可能か聞くとそれも不可能だと切り捨てられた。

死者とは本来この世に存在してはならぬもの、いくら器を揃え魂を定着させ死んだはずのものを連れ戻してもそれは現世の生き物とは認識されない。

死んだ時点で世界の枠組みから外されている、外された者が戻って来たのならこの世界はそれを異常と判断し自らの浄化能力を持って排除しようとする。

浄化能力とはまさに運命的な死を与えるという事。病死か事故死か過程は分からないが死という結末が近いうちに必ず訪れる。それは神という立場でも介入できない星が独自に持つ機構。

例外があるとすれば死してまだ時間が経っていない状態、それならば可能性はあるかも知れないが今回は当てはまらない。


『生者が死者を想うのは間違いではありません、ですが取り戻そうとする行為は決して許されない。死をなかったことにするというのは終わりを無かったことにすると言うこと。一度完結した彼女の物語にあなたが勝手に書き足す行為。例え終わりに納得出来なくともそれこそが彼女が数多の選択肢の中から最善だと思えるものを選び取って紡ぎ上げた物語なのですよ。友人なら否定するだけで無く一定の理解も示してあげても良いのでは』


「でもあの子だってあんな終わり方で良かっただなんて思ってるはず‥‥‥」


『危険は承知だったはず、それでも彼女は自分の道を突き進んだ。それだけ強い想いがあったということ、であれば表に渡らず生き続けていてもきっと後悔を残し続ける結果となってやっぱり最良の物語は生まれない』


「どちらにせよ不幸になる運命だったと言いたいのですか?」


『不幸になるべく生まれてくる命など悲しすぎます。彼女も祝福を受けて命を得た身、平等に幸福を得られる可能性は存在した。ただ、彼女は他の誰かの幸福の糧とされてしまっただけ』


「‥‥人間」


『彼女の未来は人間に奪われ人間に分配された。彼女の幸福を喰らって人間は今日も嗤っている』


「‥‥‥叶えて欲しい願い事が出来ました」


『何でしょう?』


「人間を皆殺しにする力を私に下さい」


『分かりました』


奪われた親友の幸福を取り戻す為、人間全ての幸福を喰らい尽くすと決意した。

それがクラリスの後悔の始まりだと知らず。




「そもそも失われた命を元に戻す事はできません。それが出来たなら私はそこで踏み止まれた」


そうなれば誰も苦しめずに済んだと現実の非情さに僅かな恨みと後悔を滲ませる。

すると突然、男が床を殴りつけ大きな破壊音を響かせる。

望みが叶わないと知った失望かと思ったけど違う。

男の目には失望からくる濁りが無くかわりに呪いを流し込むかのように真っ直ぐ一点を見つめる眼。

血走ったそれは魔眼を思わせる。しかしそこに魔力は込められていない。あるのは純粋な怒り、でもそれだけでクラリスの身体を硬直させてしまう力を持っている。

近寄ってくる男に浴びせてやろうと思ったとっておきも何もかも忘れてしまうくらいに。


乱暴に引っ張られ連れてこられたのは扉の前。

開けろと指示され抵抗することなく従う。

扉が開かれ視界に映ったのは床一面に並べられた魔族の姿、眠っているのか全員、床に横たわったままで動いている様子はない。

その腕にはクラリスが付けられたのに似た腕輪がある。


「全部死んでいる。お前に付けた腕輪は魔力を吸い上げる物でその吸い上げた魔力をこいつらに流用してどうにか元の状態を維持しているがこいつらはもうとっくの昔に死んじまってる」


「何故そんな‥‥‥」


「神に願った時に肉体が無いと駄目だと言われても困るからな」


ここだけでなく監獄の中にも保管している死体がある。

ここは今や死者の方が数が多い、墓場のような場所だと。

でも全部無駄だったと無力感を漂わせる。


「こいつらがどうして死んだか分かるか?」


聞いてくるその表情は明らかクラリスを批難している、だからその答えは簡単に分かった。

でも眼前にこれだけの数の死をまざまざと突きつけられて「私のせい」だと口に出来るほどクラリスの心は頑丈じゃない。

自分の感じていた罪悪感がどれ程甘いものかを知り口を噤み目を逸らす、出来たのは現実逃避のみ。

けどここにいる男がそれを許さない。

目を背けるなと無理矢理顔をすぐそこで眠っている魔族の誰かに向けられ顔を見せつけられながら死に様を聞かされた。

狩人に遊ばれ殺された、騎士に斬り殺された、同じ村に住んでいた村人に寄ってたかって嬲り殺された。

ここにいるのはまだマシな死に方をした魔族で中には拷問染みた扱いを受けて直視するのも難しい程の凄惨な死を遂げた者もいると。

その全ての死因の先にいるのがお前だと、男はそう言いたいのだ。


「お前に後悔なんて許されない。後ろを振り返り引き返す、それはお前の後ろに築かれた死体の山を、こいつら身体も魂も何もかもを踏み荒らしていくという事だ」


頭の中で想像してしまう。

頭を踏みつけ飛び出す脳髄、胴体を踏み抜き臓物に浸る足。

もう自分の後ろには道と呼べるものが存在していない、あるのは地獄のみ。

ならばいっそ今のまま停滞し続けようかなんて考えて思い至るがすぐに否定、それこそ一番やってはいけないことだと。

停滞は逃げと同じ、ここでの逃げはあらゆる責任の放棄、これまで死んだ者、これから死ぬ者全てから目を背ける行為。


「お前に許されるのはもう進み続けることだけ、始めた者の責任としてちゃんと終わりまで当事者として見届けろ」


男の言葉が深く心に突き刺さる。


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